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第六章 ラクリ解放編
第152話 制勝に離去る
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獣王国ラクリの首都イシスの奪還、ラプラタ川決戦の勝報は皇帝ウィンザルフの元へと届けられる。都市間通信魔法陣が設置されているのは最寄りで地人の街であるドルムンド。数日のタイムラグはあるものの、この勝報はドルムンドに滞在している軍務大臣であり、帝国軍本営を預かるカーライルによりもたらされた。
司令官ヒューブレスト擁するミトレス解放軍は、当面はイシスを拠点とし、次の指令が下るまで獣王国ラクリ全土に哨戒作戦が展開される旨も伝えられた。
ここからは皇城にて情報戦、政治戦が繰り広げられる。ミトレス連邦の奪還および防衛はほぼ成したと言える。次なる帝国軍の戦いは、ジオルディーネ王国への血の制裁である。
ドルムンド攻略戦に失敗して以降、徐々に帝国軍の勢いに傾きかけていたジオルディーネ王国の各地を治める貴族達。ラプラタ川の自国の敗戦を聞き及び、その情勢は揺れに揺れていた。
「報告します。ユリエフ卿、コカール卿、共に恭順の意を示しました。両卿は直ちに妻子をこちらに送る手筈を整えると申しております」
「うむ」
ジオルディーネ王国北部一帯を治める有力貴族である両名が帝国に恭順する事は殊更に大きい。なにせこの2領主は、帝国がジオルディーネ王国に進軍を開始すれば真っ先に標的となる地を治めているのだ。ラプラタ川の敗戦の報を聞き早々に降参したのも仕方のない事だった。
一度できたこの流れは簡単に覆るものでは無い。この2人の貴族が口火となり、有力、弱小問わず次々とジオルディーネ王国の貴族たちが帝国に寝返る可能性は非常に大きかった。
それもこれも、事前にウィンザルフが貴族達に示していた条件があまりにも破格だったからだ。
まずウィンザルフが告げたのがジオルディーネ王家は必ず滅ぼすという宣言である。その上で帝国へ降伏すれば、処刑はもちろん追放も拘束も無し。さらには失った爵位を再度与えるというもので、一代限りの騎士爵ではなくその一つ上の準男爵に任じるという驚くべきもの。つまり領地替えはあるが、小さいながらも領地を与えるというものだった。
本来なら王家が滅ぼされ、国が無くなれば爵位など領地と共に消え失せる。国の中枢たる貴族達も処刑されてもおかしくは無いのだ。
しかし、帝国の皇帝はそうはしないという。国の存続が危ぶまれる中、誰も王家を守ろうと兵を挙げたがらないのは当然と言えた。それほどに帝国軍の強さは身に染みており、抗う術などない。
加えて重い戦費を賄うための度重なる増税により民心が離れ、領内では暴動が起きつつある中、最早ジオルディーネ王国貴族に帝国への降伏以外の選択肢は残されていないと言える状況だった。
玉座の間にいる各部署の責任者である大臣らは、真っ当な判断だとしつつも安堵の笑みを浮かべ、来る制裁戦への準備を着々と進めている。
そんな中、玉座近くに座したのは隠者の目の構成員。
「陛下。お耳に入れたき儀が」
「申せ」
「はっ。現在我が軍より先んじ、各方面から複数の冒険者達がジオルディーネ王国内部に潜入を果たしておりますが、これから潜入を果たさんとする冒険者の中に、かの魔人をも討ち果たす一騎当千の者がおります」
「ほう。して?」
「はっ。その者、風人の姫、雪人の長、加えて聖獣を従えており、真っ直ぐに王都イシュドルへ向かっております。恐らく、獣人国女王ルイの元へ向かうものかと」
「なっ!?」
この報にウィンザルフはつい驚き、玉座の間に一瞬の静寂をもたらした。すぐに平静を取り戻して気にするな場を濁し、視線を浴びる前にその場から身を引いていた隠者の目の構成員に続ける。
「…その者の目的を今一度見定め、真に女王の救出とあらば助勢せよ。この戦役に関する事なら情報をくれてやってもよい。ただし相手は冒険者。下手に取り入ろうとはするな。思わぬ波風が立ってもつまらん」
「仰せのままに」
拝命と同時にフッと姿をくらます隠者。ウィンザルフは玉座の背もたれに身を預け、女王ルイと冒険者の事を想う。
(風人の姫に雪人の長。それに聖獣か…その者が女王を救うに相応しいのやも知れぬな)
◇ ◇ ◇ ◇
ラプラタ川決戦を制した帝国軍。ジオルディーネ軍の背をことごとく討ち、戻った追撃軍も合わせてイシスの街は飲めや騒げやのお祭り状態となっていた。
月夜の晩に煌々と焚かれる松明群。
笛に太鼓に鈴が鳴り、ある者は鳴子を持って踊り出す。ある者は唄い、またある者は武器を片手に己が武勇を物語る。
お調子者が貴重な紙を細かに破って櫓から吹雪かせ、あちこちで松明に燃え移りあわや火事かと大慌て。それでもなお止まぬ歓喜の渦は死者を想い、弔い、連れ去られた獣人達の無事を祈る儀式でもあった。
拘束されていた獣人達は解放の喜びを今一度噛みしめ、帝国兵は魔人の脅威にさらされ一度は諦めた命が長らえた事、そして此度の完全勝利を大いに喜んだ。ここには人間と亜人の別は無く、皆が皆肩を組み盃を交わす。
「お前さんデケー図体してるクセに何でそんな臆病なんだよ!」
兵士の一人が象の獣人に冗談交じりに居丈高に言う。
「え、だってコワいじゃないですか…戦うとか…ニンゲンいっぱいいるし武器もってるし…」
「わかる~。野蛮だよね~。血とか見たらもう死んじゃう」
自身より遥かに小さい兵士に向かって象の獣人がそう答えると、同じく巨体を持つヘラジカの獣人が角を撫でながら加わった。
「マジかよ…いや、でも獣人隊に兎の獣人がいたぞ? 種族的にお前さんらよりよっぽどアレなんじゃないか?」
「せ、戦士に種族は関係ないよぅ…乗り越えた人だけがなれるんだ」
「その代わりあたしら畑仕事は得意だからね! 戦士は野菜も育てらんないんだからね!」
「そ、そんなもんか? …まぁ、よく考えたら人間もおんなじかもしんねぇ。臆病とか言ってすまん。忘れてくれ」
獣人は生まれ持っての危機意識が強く、本来は全員が臆病な性格なのである。だが家族を、友人を、ひいては種を守る為に戦う事を選んだ獣人は、訓練し、外敵を葬る覚悟を持つ事が出来た者だけが戦士として選ばれ、里を守る者となれる。
それ以外の者も戦士を支え、糧を生む事によってその使命を得るのだ。
互いに交流を持たない者同士、どうしても自分達の価値観で物を考えてしまう。こうして共に盃を酌み交わし、膝を突き合わせる事により分かる事は非常に多い。相手の価値観に触れ、互いに共有する事が良き隣人となれる第一歩。
争いがきっかけとなった事は皮肉としか言いようがないが、アルバート帝国皇帝にのみ代々受け継がれている『隣人たる亜人を大事にせよ』という教えは、こうして民草から広まっていくのかもしれない。
一方で街の中心部に集まっている指揮官クラスの主なメンバー達。こちらもテーブルを囲み、互いを労いながら酒を酌み交わしている。その表情は兵士達と解放された獣人と何ら変わりのない晴れやかな表情。交戦中は近寄りがたい雰囲気を醸し出す猛者ばかりだが、今に至ってはただの人である。
だが、この中にあって意気消沈、地獄の底にいるかのような表情と雰囲気で酒の味を曇らせている者が2名いる。
ペトラ騎士団長のヴィスコンティと竜人の長ギダーダルである。
互いにシリュウが出て行ったのは自分のせいだと思い、未だ失意の最中にある。
「あ゛ぁ~っ…やっちまったなぁ…」
「ヴィス。あの魔人に止めを刺さなかったのは私です。気配が消えていたので結局死んだと思っていましたが、まさか戦闘の最中に腕輪で気配を眩ませて逃げ出していたとは思いませんでした。申し訳ありません」
「…姐さんのせいじゃありませんよ。俺が…あの子の気持ちを汲まずに一方的に…っ!」
「その不敬な呼び方をやめろと言ってるだろ! しかし全くその通りだ、ヴィスコンティ。大いに反省するがいい。これに懲りたら少しは騎士団長らしく真摯に仕えることだ。奥方様には一切の責はございません。どころか戦を決された大立役者。我ら帝国の英雄であらせられます」
「はっ。敵を前にして姐さんに怒鳴られて目ぇ覚ましたヤツに言われたかねぇなぁ」
「あなた達は…相変わらず仲がいいのですね」
「お戯れを」
「冗談じゃねぇっす」
アスケリノとコーデリアのお陰で少しは気を取り直したヴィスコンティ。グイッと盃をあおり、傲慢だった自分自身を飲み込んだ。
片やギダーダル。
竜人族の掟には、次の長となるものは外の世界を知り、己を知る為の旅に出るというものがある。実は他の竜人の戦士達はそれが早まっただけとさほどの悲観はしていないのだが、実の娘の様に目を掛けていたシリュウに去られてしまい、ギダーダルの落ち込み様はヴィスコンティの比ではない。
「ギ、ギダーダル殿も…その、シリュウという少女。手負いとは言え魔人ベルダインに止めを刺した強者なのでしょう? 旅路でそのような子を害せるものがそういるとは思えません。我が軍も哨戒中にお見かけすれば知らせます故、そう気を落とされぬよう」
「ああ…すまぬな…」
司令官ヒューブレストが戸惑いながら支援の手を差し伸べるが、竜人の長は力無く謝意を示すので精一杯。
(不意打ちとは言えワシは魔人を前に気は張っておった。それを只の一撃で気絶させられるとは…シリュウめが、いつの間にそんなに力を付けておったのか。それを見抜けなかったのが何よりも情けないわい)
ギダーダルは気を取り直すのに数日を要したが、戦士として、長として、故郷ドラゴニアにてシリュウのいつかの帰還を待つ覚悟を決めた。
◇
翌日。
哨戒作戦を展開するための隊の振り分けが行われ、ゾロゾロと帝国兵達がイシスの街の門をくぐってゆく。その中に、此度の勝利に大いに貢献したコーデリアと、回復部隊にて使命を全うしたアリアの姿もあった。
コーデリアは帝都アルバニアで皇帝ウィンザルフへの謁見と此度の戦勝報告を行うため、アリアはアルバニアにある騎士学院と魔法師学院の入学が控えているため、そのまま別邸にて数年は過ごす事となる。
「貴方と轡を並べられて光栄でした。ミトレス方面軍司令官として御礼申し上げます。道中の安全を祈念しております」
「こちらこそ。皆さんまだ戦は続きますが、勝利と無事を祈っております」
ヒューブレスト以下指揮官クラスが次々と謝意と別れを告げ、それに応えたコーデリアは馬車ではなく颯爽と騎上の人となる。
「アリア。帝都の騎士学院を出ればガーランド騎士団への志願も可能になります。よろしければ候補に入れておいて下さいね」
「ふふっ、ありがとうございますブレイアム隊長様。そのお言葉だけで励みになります」
「アリア嬢。ワシの葬式でまたドルムンドに来るんじゃぞぃ」
「またそのような事を…長老様、また元気なお姿を拝見させてくださいませ。必ずまたドルムンドに参ります」
「アリア殿。次はどれほど強くなったのか手合わせ願う。その時は手加減無用だ」
「お手柔らかにジャック様。私も驚かせられるよう、精一杯鍛錬しますね!」
こうしてアリアも回復部隊長だったブレイアム、地人の長ワジル、加えて犀の獣人ジャックに見送られ、車中の人となった。
騎士団長アスケリノを筆頭に、コーデリアとアリアを連れたスウィンズウェル騎士団900名は、獣王国ラクリ首都イシスを離れ帰路に就く。
―――再会はお預けですね、ジン
馬上の母は想う。
―――学院を出るまでに、ジン様のお隣に立つに相応しい力をつけて見せます
車中の娘は想う。
母娘二人の戦いは、ここに幕を閉じた。
司令官ヒューブレスト擁するミトレス解放軍は、当面はイシスを拠点とし、次の指令が下るまで獣王国ラクリ全土に哨戒作戦が展開される旨も伝えられた。
ここからは皇城にて情報戦、政治戦が繰り広げられる。ミトレス連邦の奪還および防衛はほぼ成したと言える。次なる帝国軍の戦いは、ジオルディーネ王国への血の制裁である。
ドルムンド攻略戦に失敗して以降、徐々に帝国軍の勢いに傾きかけていたジオルディーネ王国の各地を治める貴族達。ラプラタ川の自国の敗戦を聞き及び、その情勢は揺れに揺れていた。
「報告します。ユリエフ卿、コカール卿、共に恭順の意を示しました。両卿は直ちに妻子をこちらに送る手筈を整えると申しております」
「うむ」
ジオルディーネ王国北部一帯を治める有力貴族である両名が帝国に恭順する事は殊更に大きい。なにせこの2領主は、帝国がジオルディーネ王国に進軍を開始すれば真っ先に標的となる地を治めているのだ。ラプラタ川の敗戦の報を聞き早々に降参したのも仕方のない事だった。
一度できたこの流れは簡単に覆るものでは無い。この2人の貴族が口火となり、有力、弱小問わず次々とジオルディーネ王国の貴族たちが帝国に寝返る可能性は非常に大きかった。
それもこれも、事前にウィンザルフが貴族達に示していた条件があまりにも破格だったからだ。
まずウィンザルフが告げたのがジオルディーネ王家は必ず滅ぼすという宣言である。その上で帝国へ降伏すれば、処刑はもちろん追放も拘束も無し。さらには失った爵位を再度与えるというもので、一代限りの騎士爵ではなくその一つ上の準男爵に任じるという驚くべきもの。つまり領地替えはあるが、小さいながらも領地を与えるというものだった。
本来なら王家が滅ぼされ、国が無くなれば爵位など領地と共に消え失せる。国の中枢たる貴族達も処刑されてもおかしくは無いのだ。
しかし、帝国の皇帝はそうはしないという。国の存続が危ぶまれる中、誰も王家を守ろうと兵を挙げたがらないのは当然と言えた。それほどに帝国軍の強さは身に染みており、抗う術などない。
加えて重い戦費を賄うための度重なる増税により民心が離れ、領内では暴動が起きつつある中、最早ジオルディーネ王国貴族に帝国への降伏以外の選択肢は残されていないと言える状況だった。
玉座の間にいる各部署の責任者である大臣らは、真っ当な判断だとしつつも安堵の笑みを浮かべ、来る制裁戦への準備を着々と進めている。
そんな中、玉座近くに座したのは隠者の目の構成員。
「陛下。お耳に入れたき儀が」
「申せ」
「はっ。現在我が軍より先んじ、各方面から複数の冒険者達がジオルディーネ王国内部に潜入を果たしておりますが、これから潜入を果たさんとする冒険者の中に、かの魔人をも討ち果たす一騎当千の者がおります」
「ほう。して?」
「はっ。その者、風人の姫、雪人の長、加えて聖獣を従えており、真っ直ぐに王都イシュドルへ向かっております。恐らく、獣人国女王ルイの元へ向かうものかと」
「なっ!?」
この報にウィンザルフはつい驚き、玉座の間に一瞬の静寂をもたらした。すぐに平静を取り戻して気にするな場を濁し、視線を浴びる前にその場から身を引いていた隠者の目の構成員に続ける。
「…その者の目的を今一度見定め、真に女王の救出とあらば助勢せよ。この戦役に関する事なら情報をくれてやってもよい。ただし相手は冒険者。下手に取り入ろうとはするな。思わぬ波風が立ってもつまらん」
「仰せのままに」
拝命と同時にフッと姿をくらます隠者。ウィンザルフは玉座の背もたれに身を預け、女王ルイと冒険者の事を想う。
(風人の姫に雪人の長。それに聖獣か…その者が女王を救うに相応しいのやも知れぬな)
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笛に太鼓に鈴が鳴り、ある者は鳴子を持って踊り出す。ある者は唄い、またある者は武器を片手に己が武勇を物語る。
お調子者が貴重な紙を細かに破って櫓から吹雪かせ、あちこちで松明に燃え移りあわや火事かと大慌て。それでもなお止まぬ歓喜の渦は死者を想い、弔い、連れ去られた獣人達の無事を祈る儀式でもあった。
拘束されていた獣人達は解放の喜びを今一度噛みしめ、帝国兵は魔人の脅威にさらされ一度は諦めた命が長らえた事、そして此度の完全勝利を大いに喜んだ。ここには人間と亜人の別は無く、皆が皆肩を組み盃を交わす。
「お前さんデケー図体してるクセに何でそんな臆病なんだよ!」
兵士の一人が象の獣人に冗談交じりに居丈高に言う。
「え、だってコワいじゃないですか…戦うとか…ニンゲンいっぱいいるし武器もってるし…」
「わかる~。野蛮だよね~。血とか見たらもう死んじゃう」
自身より遥かに小さい兵士に向かって象の獣人がそう答えると、同じく巨体を持つヘラジカの獣人が角を撫でながら加わった。
「マジかよ…いや、でも獣人隊に兎の獣人がいたぞ? 種族的にお前さんらよりよっぽどアレなんじゃないか?」
「せ、戦士に種族は関係ないよぅ…乗り越えた人だけがなれるんだ」
「その代わりあたしら畑仕事は得意だからね! 戦士は野菜も育てらんないんだからね!」
「そ、そんなもんか? …まぁ、よく考えたら人間もおんなじかもしんねぇ。臆病とか言ってすまん。忘れてくれ」
獣人は生まれ持っての危機意識が強く、本来は全員が臆病な性格なのである。だが家族を、友人を、ひいては種を守る為に戦う事を選んだ獣人は、訓練し、外敵を葬る覚悟を持つ事が出来た者だけが戦士として選ばれ、里を守る者となれる。
それ以外の者も戦士を支え、糧を生む事によってその使命を得るのだ。
互いに交流を持たない者同士、どうしても自分達の価値観で物を考えてしまう。こうして共に盃を酌み交わし、膝を突き合わせる事により分かる事は非常に多い。相手の価値観に触れ、互いに共有する事が良き隣人となれる第一歩。
争いがきっかけとなった事は皮肉としか言いようがないが、アルバート帝国皇帝にのみ代々受け継がれている『隣人たる亜人を大事にせよ』という教えは、こうして民草から広まっていくのかもしれない。
一方で街の中心部に集まっている指揮官クラスの主なメンバー達。こちらもテーブルを囲み、互いを労いながら酒を酌み交わしている。その表情は兵士達と解放された獣人と何ら変わりのない晴れやかな表情。交戦中は近寄りがたい雰囲気を醸し出す猛者ばかりだが、今に至ってはただの人である。
だが、この中にあって意気消沈、地獄の底にいるかのような表情と雰囲気で酒の味を曇らせている者が2名いる。
ペトラ騎士団長のヴィスコンティと竜人の長ギダーダルである。
互いにシリュウが出て行ったのは自分のせいだと思い、未だ失意の最中にある。
「あ゛ぁ~っ…やっちまったなぁ…」
「ヴィス。あの魔人に止めを刺さなかったのは私です。気配が消えていたので結局死んだと思っていましたが、まさか戦闘の最中に腕輪で気配を眩ませて逃げ出していたとは思いませんでした。申し訳ありません」
「…姐さんのせいじゃありませんよ。俺が…あの子の気持ちを汲まずに一方的に…っ!」
「その不敬な呼び方をやめろと言ってるだろ! しかし全くその通りだ、ヴィスコンティ。大いに反省するがいい。これに懲りたら少しは騎士団長らしく真摯に仕えることだ。奥方様には一切の責はございません。どころか戦を決された大立役者。我ら帝国の英雄であらせられます」
「はっ。敵を前にして姐さんに怒鳴られて目ぇ覚ましたヤツに言われたかねぇなぁ」
「あなた達は…相変わらず仲がいいのですね」
「お戯れを」
「冗談じゃねぇっす」
アスケリノとコーデリアのお陰で少しは気を取り直したヴィスコンティ。グイッと盃をあおり、傲慢だった自分自身を飲み込んだ。
片やギダーダル。
竜人族の掟には、次の長となるものは外の世界を知り、己を知る為の旅に出るというものがある。実は他の竜人の戦士達はそれが早まっただけとさほどの悲観はしていないのだが、実の娘の様に目を掛けていたシリュウに去られてしまい、ギダーダルの落ち込み様はヴィスコンティの比ではない。
「ギ、ギダーダル殿も…その、シリュウという少女。手負いとは言え魔人ベルダインに止めを刺した強者なのでしょう? 旅路でそのような子を害せるものがそういるとは思えません。我が軍も哨戒中にお見かけすれば知らせます故、そう気を落とされぬよう」
「ああ…すまぬな…」
司令官ヒューブレストが戸惑いながら支援の手を差し伸べるが、竜人の長は力無く謝意を示すので精一杯。
(不意打ちとは言えワシは魔人を前に気は張っておった。それを只の一撃で気絶させられるとは…シリュウめが、いつの間にそんなに力を付けておったのか。それを見抜けなかったのが何よりも情けないわい)
ギダーダルは気を取り直すのに数日を要したが、戦士として、長として、故郷ドラゴニアにてシリュウのいつかの帰還を待つ覚悟を決めた。
◇
翌日。
哨戒作戦を展開するための隊の振り分けが行われ、ゾロゾロと帝国兵達がイシスの街の門をくぐってゆく。その中に、此度の勝利に大いに貢献したコーデリアと、回復部隊にて使命を全うしたアリアの姿もあった。
コーデリアは帝都アルバニアで皇帝ウィンザルフへの謁見と此度の戦勝報告を行うため、アリアはアルバニアにある騎士学院と魔法師学院の入学が控えているため、そのまま別邸にて数年は過ごす事となる。
「貴方と轡を並べられて光栄でした。ミトレス方面軍司令官として御礼申し上げます。道中の安全を祈念しております」
「こちらこそ。皆さんまだ戦は続きますが、勝利と無事を祈っております」
ヒューブレスト以下指揮官クラスが次々と謝意と別れを告げ、それに応えたコーデリアは馬車ではなく颯爽と騎上の人となる。
「アリア。帝都の騎士学院を出ればガーランド騎士団への志願も可能になります。よろしければ候補に入れておいて下さいね」
「ふふっ、ありがとうございますブレイアム隊長様。そのお言葉だけで励みになります」
「アリア嬢。ワシの葬式でまたドルムンドに来るんじゃぞぃ」
「またそのような事を…長老様、また元気なお姿を拝見させてくださいませ。必ずまたドルムンドに参ります」
「アリア殿。次はどれほど強くなったのか手合わせ願う。その時は手加減無用だ」
「お手柔らかにジャック様。私も驚かせられるよう、精一杯鍛錬しますね!」
こうしてアリアも回復部隊長だったブレイアム、地人の長ワジル、加えて犀の獣人ジャックに見送られ、車中の人となった。
騎士団長アスケリノを筆頭に、コーデリアとアリアを連れたスウィンズウェル騎士団900名は、獣王国ラクリ首都イシスを離れ帰路に就く。
―――再会はお預けですね、ジン
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