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最終章 ジオルディーネ王国編
第185話 真名の系譜
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まだウチに生きろと?
必要だからね
同胞だけやのうて 世界を守れと?
それが世界の守護者の役目だよ
そんなら尚更ジンはんでええんとちゃうんか?
ジンは冒険者なんだよ
…せやったな
うけまたわった?
股割ってどないすんねん…承った
じゃあ あとは任せたよ!
……―――――
消えゆくルイの身体が水色の光に包まれる。
古代種の魔獣、かつ聖獣の力をその身に宿した獣人、女王ルイは存在を取り戻した。
まさかマーナの別れの言葉がそういう意味だった事を初めて知ったアイレとコハク。ルイはコハクの血と涙で濡れたボロを身に纏い、静かに立ち上がった。
「あ…あ…」
「る い? おお かみ さん?」
二人は全く訳が分からないと、立ち上がったルイを見上げている。アイレなどはカタカタと震えていた。ルイとマーナという二つの存在が同時に目の前に在るということに、コハクも完全に混乱していた。
「おはよう、二人とも。ええ朝やね」
ルイは黄褐色だった髪が透き通るような薄い水色に変わり、特徴的な狐の耳と尻尾は真っ白になっている。それは半分白、半分水色をしていたマーナの特徴を色濃く反映していた。
「ど、どういう…」
起き上がったルイに抱き着き、ギュッとボロの裾を掴むコハクの頭を撫でながら、ルイは混乱したままのアイレを見る。
(アイレはん、目が…)
ルイは俺に目配せした後、かぶりを振った俺の代わりに事の顛末を説明した。
「聖獣…いや、マーナはんはウチという存在に力を渡したんや。本来、人間に託すべきその力をな。ウチはマーナはんの力を一部存在の固定に使わしてもろて、今こうして立ってられる。今のウチは古代種としての魔獣と、神の眷属たる聖獣と半々みたいな存在や」
「つ…つまりマーナはルイに、自分の命を…?」
「…そういうこっちゃ」
頭を抱え、ガクガクと震えるアイレ。
ルイはアイレの性格を知り尽くしているのだろう。マーナの存在と引き換えに存在を再び得たルイは、これ以上何も言えないと静かに目を閉じた。
アイレが考えている事は俺にもわかる。
ルイを助けるよう俺に頼んだのは自分で、俺の仲間だったマーナに命を使わせた。
つまり、ルイを助けるよう手伝ってくれと自分が頼まなければ、俺はマーナを失わずに済んだという事だ。
(私はルイを助けてもらいながら、ジンにマーナを…大切な仲間を犠牲にさせたっていう…こ、と…)
「ああ…うあ゛あ゛ーっ! わたしは、わたしはぁっ!!」
「おい、アイレ!」
アイレはガンガンと地面に額を打ち付けた後、細剣を手に取り、こんなつもりじゃなかったと鞘から少し抜いた状態で首筋に刃の根元を当てた。
(くっ、ここまでとはっ!)
ガキッ!
「こんなことで迅雷を使わせるな…ぐっ、痛いんだぞこれ」
止めようとしないルイに変わり、自決しようとしたアイレの細剣を弾き、腕をつかむ。
「ごめんなさい! ごめんなさいっ! 私はもう命でしか償えない!」
「落ち着けっ! そんな事をして何になる! それではマーナの決意が無駄になるだろ!」
興奮し、血の涙を流しながら泣き叫ぶアイレを必死に諭す。責任感が強い事は分かっていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
「でも…でも…わたしのせいでマーナは…」
自分を許せないでいるアイレはどうすればいいのか分からず、救いを求めてつぶれたままの目で俺を見上げる。
「聞いてくれ。マーナは死んだわけじゃない。女王の中で生き続けている。そうだろ?」
ルイは俺に問われコクリとうなずく。
「アイレはん。今のウチの意識はウチやけど、存在の半分はマーナはんや。せやから」
とルイは続け、ルイが知るはずの無い俺達とアイレとの出会いから、コハクと合流した経緯など、ここまでの旅をかいつまんで話した。
「マーナはんの記憶はウチの中にあんねん。さすがっちゅーかなんちゅーか、記憶が適当すぎて繋がらんとこいっぱいあるけどな。だからあれや、マーナはん、アイレはんは抱き着きすぎやゆーて困っとったみたいやで?」
ニコリと笑顔を向けたルイのおかげで、アイレは落ち着きを取り戻した。ルイの中でマーナが生きている事の証明は、大いに彼女の救いとなったようだ。
「や゛っぱりマーナ、困っでたんだ」
そう泣き笑いながら俺から視線を落とし、うつむくアイレに刺さった最後の棘は、マーナの仲間である俺が抜かなければならない。
「そもそも君が気に病む必要はないんだ。マーナが役目を果たしたのはマーナの意思で、ここまで来たのも俺の意思だ。冒険者をあまり見くびらないで欲しいな」
「………」
「それに君とコハク、そして女王にも出会えた。ギンジさん達もそうだ。これはエーデルタクトで君の頼みを聞いて、君が俺にくれたものだ。この先感謝こそすれ、恨むなどありえない。それだけは分かって欲しい」
「…うん」
なんとか分かってもらえたかと一安心したところに、バサッと尻尾を一振りして今度はルイが切り出す。
「ジンはーん。その女王ゆーのやめへん?」
「?」
「ウチはルイや。ちゃんと名前で呼ばんとウチも泣くで?」
「あいれおねえちゃん」
ルイがアイレを見ながらニヤリと視線を向け、コハクにも心配そうな目を向けられ、視線を感じたアイレは気づいたようにボロボロの袖で涙をぬぐった。
さすがアイレの性格を知り抜き、長年亜人を導いて来ただけの事はある。
いつまでしおらしく泣き顔を晒すつもりなんだと。
いつまで恩人であるジンを困らせるつもりなんだと。
ルイの遠回しなとどめのしっ責でアイレは立ち直った。そして、
「ごめんなさい。それで…本当にありがとう」
謝罪の言葉を感謝の言葉で上書きする。
乱暴に拭った血と涙で汚れが広がったその顔に、拭いきれなかった涙に朝日を反射させ、輝く笑顔をたたえた。
これには敵わない。急いで顔をそむけて『ああ』とだけしか返せなかった俺もまだまだ未熟だ。そんな俺達を見届けたルイはひょうひょうと続ける。
「おっしゃ。ほんでついでに名前変えよ思うねん。これからはウチはルイやのーて、『ルーナ』でいくわ。そっちで呼んでや、みんな」
ルイとマーナでルーナとはなんとも単純だなとつい口元が緩んでしまう。
だが、俺も単純だ。
ルイの気遣いが素直に嬉しかった。
「るい おおかみさん るーな るーな」
俺達三人の間を行き来しながら無邪気にはしゃぐコハクのおかげで、隠していたマーナを失ったという喪失感が溶かされてゆく。
怪我もなんのそので素っ裸で走り回るコハクに、回収しておいた着物と下駄を急いで渡す。ルーナが勾玉の首飾りを、アイレがかんざしを、そして俺が首から竹の水筒をかけてやった。
王都の喧騒はいつの間にか収まっており、ここ王城跡周辺はとくに静かだった。
「ごほん! ルーナも。その恰好はあまりに扇情的すぎる」
実は先程からボロだけでは比較的長身なルーナの身体を覆い隠す事はできていない。とくに豊満な胸からスッと伸びる脚にかけては、オスにとっては完全に有害だ。
ルーナに合う服など当然持ち合わせていないので、収納魔法からもう一枚のエルナト鉱糸でできた予備の外套と、何枚かの服を適当に出して渡す。
「ほぉ…それが例の収納魔法ってやつかいな。便利やねぇ。でーも、わかっとらんなぁ…こーゆーときはそっちを寄越すもんや」
ルーナはさっさとボロを脱ぎ捨て、服を胸と腰に巻き、後ろを向いたジンの外套をむんずと掴む。同じ外套ならジンが着ている、温められた方を寄越せとむしり取ってしまった。
「お、おい!」
「はぁ~、ぬくいぬくい。ありがとーさん。ほれ、コハク。ちょっと散歩いこか。ウチらがどんだけ暴れまわったか見たないか? ついでにちょっとでも掃除しとかんと、あとでウィンザルフはんに何言われるかわからんわ」
「き、貴様。マーナでもそこまで…いや、やりかねんか。って、今ウィンザルフといったか!?」
「おさんぽ いく じん あいれおねえちゃん」
俺とアイレに手を差し伸べるコハクの手を横から取り、ルーナはグィとコハクを肩車する。『二人はまたあとでや』とルーナはコハクを担いでその場を後にし、残された俺とアイレは顔を見合わせる他ない。
「ルイ…じゃなくて、ルーナはずっとあんな感じよ?」
「ったく…獣人国の皆の苦労が目に浮かぶ」
ルーナの企みは分からないが、帝国現皇帝の名が軽く出てきた時点で俺は腰が引けてしまった。
『ははは』と笑うアイレももう元気になったようだ。今ならと、九尾大狐へのとどめの一撃とも言える謎の風星について聞いてみようと口を開く。
「なぁ、アイ―――」
「ねぇ、ジン。聞いて欲しい」
「ぬ、なんだ?」
同時に口を開いたが、俺の軽く聞いてみるかとは違い、アイレはまっすぐに俺を見る。大事な話だとすぐに察せられた。閉じられた目に翠緑の魔力がゆらめいていたからだ。
「私には、母様から受け継いだ古い名があるの。大昔からずっと続く、大切な真名」
「ほぅ、ヴェリーンさんから。母からとはまた珍しいな。アイレとは字だったのか」
真名とは聞いたことが無いが、おそらく諱のようなものだろう。前世と現世では貴族を含め、名の在り方がまるで違う。アイレには前世に似たものがあるのだろうと思った。
それは確かに大事なものだ。それを伝えるという事は、俺を真の仲間と認めたという事なのかもしれない。ここは聞かない理由はない。
「…受け取ってくれる?」
「受け取る? まぁ…そうだな。聞かせてくれるなら、しかと心に刻もう」
『そっか』とつぶやいて一呼吸置き、アイレは覚悟を決めて己の全てをジンに捧げる。
「私の真名は―――アイレシア・エーデル・メテオ・ラ・スクルプトーリス」
「お、思ったより長」
俺が感想を言い切る前にアイレはスッとひざまずき、信じられない言葉を発した。
「この名に誓い、私アイレシアは身も心も、己の全てをジン・リカルド様、あなたに捧げます」
「………はい?」
なんの冗談かと目をパチパチする俺をよそに、儀式を終えたアイレが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「やっちゃったぁー! あーあーあーあー!!」
「いや、あの…ちょっと待て」
俺の静止でアイレはピタリと動きを止める。
「意味が分からない」
「…え?」
「だから、なぜ君はいろいろ、その…捧げたんだ?」
「………」
沈黙する俺とアイレ。少し遠くでドンドンと大きな音がし始めたが、身体が反応しなかった。アイレも同様のようで、特に危険は感じないので音よりこの沈黙の原因を突き詰める。
「まさか、知らない…とか?」
「何をだ」
サァーッとアイレの顔が青くなっていき、少しして俯いてプルプルと肩を震わせだした。
いかん。これは激怒する前兆だ。俺にはわかるぞ。
だが、俺の予想とは裏腹にアイレは怒りを吐息に変え、ふーっと深く息を吐きだした。
「なんとか耐えたわ。もう少しで斬り掛かるところだった」
怖いことを言う。
必要だからね
同胞だけやのうて 世界を守れと?
それが世界の守護者の役目だよ
そんなら尚更ジンはんでええんとちゃうんか?
ジンは冒険者なんだよ
…せやったな
うけまたわった?
股割ってどないすんねん…承った
じゃあ あとは任せたよ!
……―――――
消えゆくルイの身体が水色の光に包まれる。
古代種の魔獣、かつ聖獣の力をその身に宿した獣人、女王ルイは存在を取り戻した。
まさかマーナの別れの言葉がそういう意味だった事を初めて知ったアイレとコハク。ルイはコハクの血と涙で濡れたボロを身に纏い、静かに立ち上がった。
「あ…あ…」
「る い? おお かみ さん?」
二人は全く訳が分からないと、立ち上がったルイを見上げている。アイレなどはカタカタと震えていた。ルイとマーナという二つの存在が同時に目の前に在るということに、コハクも完全に混乱していた。
「おはよう、二人とも。ええ朝やね」
ルイは黄褐色だった髪が透き通るような薄い水色に変わり、特徴的な狐の耳と尻尾は真っ白になっている。それは半分白、半分水色をしていたマーナの特徴を色濃く反映していた。
「ど、どういう…」
起き上がったルイに抱き着き、ギュッとボロの裾を掴むコハクの頭を撫でながら、ルイは混乱したままのアイレを見る。
(アイレはん、目が…)
ルイは俺に目配せした後、かぶりを振った俺の代わりに事の顛末を説明した。
「聖獣…いや、マーナはんはウチという存在に力を渡したんや。本来、人間に託すべきその力をな。ウチはマーナはんの力を一部存在の固定に使わしてもろて、今こうして立ってられる。今のウチは古代種としての魔獣と、神の眷属たる聖獣と半々みたいな存在や」
「つ…つまりマーナはルイに、自分の命を…?」
「…そういうこっちゃ」
頭を抱え、ガクガクと震えるアイレ。
ルイはアイレの性格を知り尽くしているのだろう。マーナの存在と引き換えに存在を再び得たルイは、これ以上何も言えないと静かに目を閉じた。
アイレが考えている事は俺にもわかる。
ルイを助けるよう俺に頼んだのは自分で、俺の仲間だったマーナに命を使わせた。
つまり、ルイを助けるよう手伝ってくれと自分が頼まなければ、俺はマーナを失わずに済んだという事だ。
(私はルイを助けてもらいながら、ジンにマーナを…大切な仲間を犠牲にさせたっていう…こ、と…)
「ああ…うあ゛あ゛ーっ! わたしは、わたしはぁっ!!」
「おい、アイレ!」
アイレはガンガンと地面に額を打ち付けた後、細剣を手に取り、こんなつもりじゃなかったと鞘から少し抜いた状態で首筋に刃の根元を当てた。
(くっ、ここまでとはっ!)
ガキッ!
「こんなことで迅雷を使わせるな…ぐっ、痛いんだぞこれ」
止めようとしないルイに変わり、自決しようとしたアイレの細剣を弾き、腕をつかむ。
「ごめんなさい! ごめんなさいっ! 私はもう命でしか償えない!」
「落ち着けっ! そんな事をして何になる! それではマーナの決意が無駄になるだろ!」
興奮し、血の涙を流しながら泣き叫ぶアイレを必死に諭す。責任感が強い事は分かっていたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。
「でも…でも…わたしのせいでマーナは…」
自分を許せないでいるアイレはどうすればいいのか分からず、救いを求めてつぶれたままの目で俺を見上げる。
「聞いてくれ。マーナは死んだわけじゃない。女王の中で生き続けている。そうだろ?」
ルイは俺に問われコクリとうなずく。
「アイレはん。今のウチの意識はウチやけど、存在の半分はマーナはんや。せやから」
とルイは続け、ルイが知るはずの無い俺達とアイレとの出会いから、コハクと合流した経緯など、ここまでの旅をかいつまんで話した。
「マーナはんの記憶はウチの中にあんねん。さすがっちゅーかなんちゅーか、記憶が適当すぎて繋がらんとこいっぱいあるけどな。だからあれや、マーナはん、アイレはんは抱き着きすぎやゆーて困っとったみたいやで?」
ニコリと笑顔を向けたルイのおかげで、アイレは落ち着きを取り戻した。ルイの中でマーナが生きている事の証明は、大いに彼女の救いとなったようだ。
「や゛っぱりマーナ、困っでたんだ」
そう泣き笑いながら俺から視線を落とし、うつむくアイレに刺さった最後の棘は、マーナの仲間である俺が抜かなければならない。
「そもそも君が気に病む必要はないんだ。マーナが役目を果たしたのはマーナの意思で、ここまで来たのも俺の意思だ。冒険者をあまり見くびらないで欲しいな」
「………」
「それに君とコハク、そして女王にも出会えた。ギンジさん達もそうだ。これはエーデルタクトで君の頼みを聞いて、君が俺にくれたものだ。この先感謝こそすれ、恨むなどありえない。それだけは分かって欲しい」
「…うん」
なんとか分かってもらえたかと一安心したところに、バサッと尻尾を一振りして今度はルイが切り出す。
「ジンはーん。その女王ゆーのやめへん?」
「?」
「ウチはルイや。ちゃんと名前で呼ばんとウチも泣くで?」
「あいれおねえちゃん」
ルイがアイレを見ながらニヤリと視線を向け、コハクにも心配そうな目を向けられ、視線を感じたアイレは気づいたようにボロボロの袖で涙をぬぐった。
さすがアイレの性格を知り抜き、長年亜人を導いて来ただけの事はある。
いつまでしおらしく泣き顔を晒すつもりなんだと。
いつまで恩人であるジンを困らせるつもりなんだと。
ルイの遠回しなとどめのしっ責でアイレは立ち直った。そして、
「ごめんなさい。それで…本当にありがとう」
謝罪の言葉を感謝の言葉で上書きする。
乱暴に拭った血と涙で汚れが広がったその顔に、拭いきれなかった涙に朝日を反射させ、輝く笑顔をたたえた。
これには敵わない。急いで顔をそむけて『ああ』とだけしか返せなかった俺もまだまだ未熟だ。そんな俺達を見届けたルイはひょうひょうと続ける。
「おっしゃ。ほんでついでに名前変えよ思うねん。これからはウチはルイやのーて、『ルーナ』でいくわ。そっちで呼んでや、みんな」
ルイとマーナでルーナとはなんとも単純だなとつい口元が緩んでしまう。
だが、俺も単純だ。
ルイの気遣いが素直に嬉しかった。
「るい おおかみさん るーな るーな」
俺達三人の間を行き来しながら無邪気にはしゃぐコハクのおかげで、隠していたマーナを失ったという喪失感が溶かされてゆく。
怪我もなんのそので素っ裸で走り回るコハクに、回収しておいた着物と下駄を急いで渡す。ルーナが勾玉の首飾りを、アイレがかんざしを、そして俺が首から竹の水筒をかけてやった。
王都の喧騒はいつの間にか収まっており、ここ王城跡周辺はとくに静かだった。
「ごほん! ルーナも。その恰好はあまりに扇情的すぎる」
実は先程からボロだけでは比較的長身なルーナの身体を覆い隠す事はできていない。とくに豊満な胸からスッと伸びる脚にかけては、オスにとっては完全に有害だ。
ルーナに合う服など当然持ち合わせていないので、収納魔法からもう一枚のエルナト鉱糸でできた予備の外套と、何枚かの服を適当に出して渡す。
「ほぉ…それが例の収納魔法ってやつかいな。便利やねぇ。でーも、わかっとらんなぁ…こーゆーときはそっちを寄越すもんや」
ルーナはさっさとボロを脱ぎ捨て、服を胸と腰に巻き、後ろを向いたジンの外套をむんずと掴む。同じ外套ならジンが着ている、温められた方を寄越せとむしり取ってしまった。
「お、おい!」
「はぁ~、ぬくいぬくい。ありがとーさん。ほれ、コハク。ちょっと散歩いこか。ウチらがどんだけ暴れまわったか見たないか? ついでにちょっとでも掃除しとかんと、あとでウィンザルフはんに何言われるかわからんわ」
「き、貴様。マーナでもそこまで…いや、やりかねんか。って、今ウィンザルフといったか!?」
「おさんぽ いく じん あいれおねえちゃん」
俺とアイレに手を差し伸べるコハクの手を横から取り、ルーナはグィとコハクを肩車する。『二人はまたあとでや』とルーナはコハクを担いでその場を後にし、残された俺とアイレは顔を見合わせる他ない。
「ルイ…じゃなくて、ルーナはずっとあんな感じよ?」
「ったく…獣人国の皆の苦労が目に浮かぶ」
ルーナの企みは分からないが、帝国現皇帝の名が軽く出てきた時点で俺は腰が引けてしまった。
『ははは』と笑うアイレももう元気になったようだ。今ならと、九尾大狐へのとどめの一撃とも言える謎の風星について聞いてみようと口を開く。
「なぁ、アイ―――」
「ねぇ、ジン。聞いて欲しい」
「ぬ、なんだ?」
同時に口を開いたが、俺の軽く聞いてみるかとは違い、アイレはまっすぐに俺を見る。大事な話だとすぐに察せられた。閉じられた目に翠緑の魔力がゆらめいていたからだ。
「私には、母様から受け継いだ古い名があるの。大昔からずっと続く、大切な真名」
「ほぅ、ヴェリーンさんから。母からとはまた珍しいな。アイレとは字だったのか」
真名とは聞いたことが無いが、おそらく諱のようなものだろう。前世と現世では貴族を含め、名の在り方がまるで違う。アイレには前世に似たものがあるのだろうと思った。
それは確かに大事なものだ。それを伝えるという事は、俺を真の仲間と認めたという事なのかもしれない。ここは聞かない理由はない。
「…受け取ってくれる?」
「受け取る? まぁ…そうだな。聞かせてくれるなら、しかと心に刻もう」
『そっか』とつぶやいて一呼吸置き、アイレは覚悟を決めて己の全てをジンに捧げる。
「私の真名は―――アイレシア・エーデル・メテオ・ラ・スクルプトーリス」
「お、思ったより長」
俺が感想を言い切る前にアイレはスッとひざまずき、信じられない言葉を発した。
「この名に誓い、私アイレシアは身も心も、己の全てをジン・リカルド様、あなたに捧げます」
「………はい?」
なんの冗談かと目をパチパチする俺をよそに、儀式を終えたアイレが顔を真っ赤にして立ち上がる。
「やっちゃったぁー! あーあーあーあー!!」
「いや、あの…ちょっと待て」
俺の静止でアイレはピタリと動きを止める。
「意味が分からない」
「…え?」
「だから、なぜ君はいろいろ、その…捧げたんだ?」
「………」
沈黙する俺とアイレ。少し遠くでドンドンと大きな音がし始めたが、身体が反応しなかった。アイレも同様のようで、特に危険は感じないので音よりこの沈黙の原因を突き詰める。
「まさか、知らない…とか?」
「何をだ」
サァーッとアイレの顔が青くなっていき、少しして俯いてプルプルと肩を震わせだした。
いかん。これは激怒する前兆だ。俺にはわかるぞ。
だが、俺の予想とは裏腹にアイレは怒りを吐息に変え、ふーっと深く息を吐きだした。
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