9 / 15
第九章:真実の追求と、囁かれる「妹」の影
しおりを挟む
夜会での公爵の怒りは、キャロルの中で、「公爵には愛する恋人がいる」という確信をさらに強めた。
彼の激しい反応は、キャロルが他の男性と親しくすることで、彼の恋人に対する「裏切り」になることを恐れたか、あるいは、公爵自身の不倫が世間に露呈することを防ぎたかったからだろう。
キャロルは自室に戻り、隠していたスミレの刺繍と「M」のイニシャルが入ったハンカチを、改めて広げて見た。
(このハンカチの持ち主は誰なの?私は、公爵夫人としてこの屋敷にいるのに、恋人の影に怯え続けるなんて耐えられない…)
キャロルは、決意した。公爵に直接聞けないなら、自分でこの「M」の正体を突き止めるしかない。
翌日、キャロルは公爵の執事であるクレイグに探りを入れた。クレイグは、公爵家で長年仕える忠実な人物で、公爵の私的なこともよく知っているはずだ。
キャロルは、あくまでさりげなく、公爵の過去について尋ねた。
「クレイグ様。リチャード様は、昔から冷徹なことで有名ですが、以前は、どなたか親しい女性などはいらっしゃったのですか?」
クレイロは、一瞬、公爵夫人の質問に戸惑いの色を見せたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「奥様。公爵様は、ご公務一筋の方でございました。浮いた話は、一切ございません。ご結婚以前は、女性を私室に招き入れたことすらありませんでした」
クレイグの言葉は、キャロルにとって意外だった。恋人が公然の事実という噂と、この執事の言葉が食い違う。
「では…公爵様は、その…特別なご友人は?」
「…特別、でございますか」
クレイグは、視線を泳がせ、言葉を選んでいるようだった。
「公爵様は、ご家族を、特に大切にされていらっしゃいました」
「ご家族…?公爵様には、親しいご親族がいらっしゃるのですか?」
キャロルは、公爵の家族についてほとんど知らなかった。
クレイグは、深い憂いを帯びた表情で、小さな声で答えた。
「奥様…公爵様には、とても大切にされていた妹君がいらっしゃいました。マーガレット様、と仰いました」
「マーガレット様…」
キャロルは、その名前に、心臓を鷲掴みにされたように衝撃を受けた。「M」のイニシャル。マーガレット。
「マーガレット様は、数年前に、病で…お亡くなりになられました。公爵様は、そのことを深く悲しんでおられ、以来、一層仕事に打ち込まれるようになったのです」
クレイグは、それ以上は語ろうとしなかった。
(マーガレット…M…ハンカチのイニシャルと一致するわ!)
しかし、それが妹の物だという確証はない。そして、もしハンカチが妹の物だとしても、公爵が恋人を持たない理由にはならない。
数日後、キャロルは公爵家の侍女たちからも、公爵の妹に関する噂を、断片的に聞き出した。
「マーガレット様は、それはもう可愛らしい方で…公爵様は、それはもう、妹君を溺愛していらっしゃったわ」
「お亡くなりになる直前まで、公爵様は毎晩おそばにいらしたそうです」
キャロルは、公爵が妹を深く愛していたことは理解できた。しかし、その強い愛情が、恋人へのそれと混同されている可能性もある。
そして、ハンカチは妹の形見かもしれないが、公爵が他の女性と関係を持っている事実は消えない。
キャロルは、クレイグや侍女たちの話から、公爵の「冷徹さ」の裏に隠された「妹の死」という悲劇の一端を知った。しかし、それは公爵の恋人の存在という疑惑を解消するには至らなかった。
(恋人がいるのは事実。でも、もし、あのハンカチが妹君の形見だとしたら…私は、公爵様の、最も大切なものを奪ってしまったことになるわ)
公爵の冷たさの理由が「妹の死」という悲しみにあるのなら、キャロルは、彼に対して強く出られない。
しかし、愛のない結婚に耐えることもできない。キャロルの心は、「恋人の影」と「妹の死」という二つの謎によって、さらに深い混乱へと落ち込んでいった。
彼の激しい反応は、キャロルが他の男性と親しくすることで、彼の恋人に対する「裏切り」になることを恐れたか、あるいは、公爵自身の不倫が世間に露呈することを防ぎたかったからだろう。
キャロルは自室に戻り、隠していたスミレの刺繍と「M」のイニシャルが入ったハンカチを、改めて広げて見た。
(このハンカチの持ち主は誰なの?私は、公爵夫人としてこの屋敷にいるのに、恋人の影に怯え続けるなんて耐えられない…)
キャロルは、決意した。公爵に直接聞けないなら、自分でこの「M」の正体を突き止めるしかない。
翌日、キャロルは公爵の執事であるクレイグに探りを入れた。クレイグは、公爵家で長年仕える忠実な人物で、公爵の私的なこともよく知っているはずだ。
キャロルは、あくまでさりげなく、公爵の過去について尋ねた。
「クレイグ様。リチャード様は、昔から冷徹なことで有名ですが、以前は、どなたか親しい女性などはいらっしゃったのですか?」
クレイロは、一瞬、公爵夫人の質問に戸惑いの色を見せたが、すぐに冷静な表情に戻った。
「奥様。公爵様は、ご公務一筋の方でございました。浮いた話は、一切ございません。ご結婚以前は、女性を私室に招き入れたことすらありませんでした」
クレイグの言葉は、キャロルにとって意外だった。恋人が公然の事実という噂と、この執事の言葉が食い違う。
「では…公爵様は、その…特別なご友人は?」
「…特別、でございますか」
クレイグは、視線を泳がせ、言葉を選んでいるようだった。
「公爵様は、ご家族を、特に大切にされていらっしゃいました」
「ご家族…?公爵様には、親しいご親族がいらっしゃるのですか?」
キャロルは、公爵の家族についてほとんど知らなかった。
クレイグは、深い憂いを帯びた表情で、小さな声で答えた。
「奥様…公爵様には、とても大切にされていた妹君がいらっしゃいました。マーガレット様、と仰いました」
「マーガレット様…」
キャロルは、その名前に、心臓を鷲掴みにされたように衝撃を受けた。「M」のイニシャル。マーガレット。
「マーガレット様は、数年前に、病で…お亡くなりになられました。公爵様は、そのことを深く悲しんでおられ、以来、一層仕事に打ち込まれるようになったのです」
クレイグは、それ以上は語ろうとしなかった。
(マーガレット…M…ハンカチのイニシャルと一致するわ!)
しかし、それが妹の物だという確証はない。そして、もしハンカチが妹の物だとしても、公爵が恋人を持たない理由にはならない。
数日後、キャロルは公爵家の侍女たちからも、公爵の妹に関する噂を、断片的に聞き出した。
「マーガレット様は、それはもう可愛らしい方で…公爵様は、それはもう、妹君を溺愛していらっしゃったわ」
「お亡くなりになる直前まで、公爵様は毎晩おそばにいらしたそうです」
キャロルは、公爵が妹を深く愛していたことは理解できた。しかし、その強い愛情が、恋人へのそれと混同されている可能性もある。
そして、ハンカチは妹の形見かもしれないが、公爵が他の女性と関係を持っている事実は消えない。
キャロルは、クレイグや侍女たちの話から、公爵の「冷徹さ」の裏に隠された「妹の死」という悲劇の一端を知った。しかし、それは公爵の恋人の存在という疑惑を解消するには至らなかった。
(恋人がいるのは事実。でも、もし、あのハンカチが妹君の形見だとしたら…私は、公爵様の、最も大切なものを奪ってしまったことになるわ)
公爵の冷たさの理由が「妹の死」という悲しみにあるのなら、キャロルは、彼に対して強く出られない。
しかし、愛のない結婚に耐えることもできない。キャロルの心は、「恋人の影」と「妹の死」という二つの謎によって、さらに深い混乱へと落ち込んでいった。
73
あなたにおすすめの小説
[完結]「私が婚約者だったはずなのに」愛する人が別の人と婚約するとしたら〜恋する二人を切り裂く政略結婚の行方は〜
h.h
恋愛
王子グレンの婚約者候補であったはずのルーラ。互いに想いあう二人だったが、政略結婚によりグレンは隣国の王女と結婚することになる。そしてルーラもまた別の人と婚約することに……。「将来僕のお嫁さんになって」そんな約束を記憶の奥にしまいこんで、二人は国のために自らの心を犠牲にしようとしていた。ある日、隣国の王女に関する重大な秘密を知ってしまったルーラは、一人真実を解明するために動き出す。「国のためと言いながら、本当はグレン様を取られたくなだけなのかもしれないの」「国のためと言いながら、彼女を俺のものにしたくて抗っているみたいだ」
二人は再び手を取り合うことができるのか……。
全23話で完結(すでに完結済みで投稿しています)
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里@SMARTOON8/31公開予定
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる