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第16章:騎士の暗躍
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冬至を目前に控え、王宮を包む冷気は、夜ごと静かに骨身へと染み込んでいた。
多くの騎士たちが眠りについた深夜、老騎士ゼオンはただ一人、松明の火も灯さぬまま、練兵場の裏手を歩いていた。
その足取りに迷いはない。
彼が胸に抱いているのは、主君リリアナ様から密かに託された、ただ一つの願いだった。
――ヴァイス宰相が「呪いの証拠」として捏造しようとしている
『毒素の保管場所』を突き止めること。
長年、王宮の光と影を見つめてきたゼオンには分かっていた。
ヴァイスが、自ら手を汚すはずがないことを。
必ず、闇の中で動く「手足」がいる。
それも――近衛騎士団の中に。
ゼオンが目を留めていたのは、若い騎士バートだった。
ヴァイス宰相の遠縁にあたる彼は、ここ最近、不自然なほど頻繁に王宮地下の旧い貯蔵庫へと出入りしていた。
「……やはり、いたか」
夜の帳に溶けるように、バートが周囲を警戒しながら重い石扉を押し開ける。
ゼオンは呼吸さえ殺し、壁の影に身を溶かしながら、その背を追った。
地下貯蔵庫の奥。
埃をかぶった古い樽が無秩序に積まれた一角に、そこだけ不自然なほど整えられた空間があった。
隠す気のない“隠し場所”。
そこには、隣国ルーペシアの刻印が押された革袋が、静かに置かれていた。
バートが去った後、ゼオンはゆっくりと袋を開いた。
中から現れたのは、青白く、冷たい光を宿した微細な粉末。
それは、リリアナ様が既にその存在を察していた――
藍晶石(らんしょうせき)の粉末だった。
彼女の体を蝕み、周囲に「呪いの兆候」を信じ込ませるための、偽りの毒。
ゼオンは奥歯を噛み締めた。
さらに、袋の底から一通の封書が滑り落ちた。
封蝋には、見慣れた宰相の紋章。
それは、ヴァイスから隣国の工作員へ宛てた、夜会当日の進行書だった。
「冬至の夜、王妃が倒れた瞬間に、
神殿長より『呪われた血の神託』を下させる。
陛下が躊躇されぬよう、
隣国使節が即時の処断を要求する手はずだ。」
文字を追うごとに、ゼオンの拳が震え、白くなる。
(……神殿長まで、か)
リリアナ様が静かに語っていた懸念が、残酷なほど正しかったことを、今ここで思い知らされる。
これは個人の陰謀ではない。
国そのものを巻き込んだ、冷酷で周到な罠。
ゼオンは必要な証拠だけを慎重に懐へ収め、何事もなかったかのように、その場を後にした。
翌朝。
ゼオンは定められた合図で、リリアナ様へ「すべてが揃った」ことを知らせた。
知らせを受けたリリアナは、窓辺に立ち、白銀に染まる庭を見つめながら、そっと息を吐いた。
「ありがとうございます、ゼオン卿……」
その声は、凛としていながら、どこか柔らかい。
「これで、舞台の裏側はすべて見えました。
あとは……私が、その舞台に上がるだけです」
彼女の瞳に宿っていたのは、死を覚悟した者の諦念ではなかった。
真実を掴み、獲物を追い詰める者だけが持つ、静かな強さ。
運命の冬至まで、あと三日。
その頃、アレス王は執務室で一人、机に伏していた。
彼の指先がなぞっているのは、かつてリリアナが贈った刺繍図鑑。
その裏側に、ひそやかに縫い込まれた――警告の紋様。
「リリアナ……」
疑念と愛、そのどちらも捨てきれずに、王は呟く。
「君は……私に、何を伝えようとしているんだ……?」
その声は答えを得ることなく、
凍てつく夜の闇へと、静かに溶けていった。
多くの騎士たちが眠りについた深夜、老騎士ゼオンはただ一人、松明の火も灯さぬまま、練兵場の裏手を歩いていた。
その足取りに迷いはない。
彼が胸に抱いているのは、主君リリアナ様から密かに託された、ただ一つの願いだった。
――ヴァイス宰相が「呪いの証拠」として捏造しようとしている
『毒素の保管場所』を突き止めること。
長年、王宮の光と影を見つめてきたゼオンには分かっていた。
ヴァイスが、自ら手を汚すはずがないことを。
必ず、闇の中で動く「手足」がいる。
それも――近衛騎士団の中に。
ゼオンが目を留めていたのは、若い騎士バートだった。
ヴァイス宰相の遠縁にあたる彼は、ここ最近、不自然なほど頻繁に王宮地下の旧い貯蔵庫へと出入りしていた。
「……やはり、いたか」
夜の帳に溶けるように、バートが周囲を警戒しながら重い石扉を押し開ける。
ゼオンは呼吸さえ殺し、壁の影に身を溶かしながら、その背を追った。
地下貯蔵庫の奥。
埃をかぶった古い樽が無秩序に積まれた一角に、そこだけ不自然なほど整えられた空間があった。
隠す気のない“隠し場所”。
そこには、隣国ルーペシアの刻印が押された革袋が、静かに置かれていた。
バートが去った後、ゼオンはゆっくりと袋を開いた。
中から現れたのは、青白く、冷たい光を宿した微細な粉末。
それは、リリアナ様が既にその存在を察していた――
藍晶石(らんしょうせき)の粉末だった。
彼女の体を蝕み、周囲に「呪いの兆候」を信じ込ませるための、偽りの毒。
ゼオンは奥歯を噛み締めた。
さらに、袋の底から一通の封書が滑り落ちた。
封蝋には、見慣れた宰相の紋章。
それは、ヴァイスから隣国の工作員へ宛てた、夜会当日の進行書だった。
「冬至の夜、王妃が倒れた瞬間に、
神殿長より『呪われた血の神託』を下させる。
陛下が躊躇されぬよう、
隣国使節が即時の処断を要求する手はずだ。」
文字を追うごとに、ゼオンの拳が震え、白くなる。
(……神殿長まで、か)
リリアナ様が静かに語っていた懸念が、残酷なほど正しかったことを、今ここで思い知らされる。
これは個人の陰謀ではない。
国そのものを巻き込んだ、冷酷で周到な罠。
ゼオンは必要な証拠だけを慎重に懐へ収め、何事もなかったかのように、その場を後にした。
翌朝。
ゼオンは定められた合図で、リリアナ様へ「すべてが揃った」ことを知らせた。
知らせを受けたリリアナは、窓辺に立ち、白銀に染まる庭を見つめながら、そっと息を吐いた。
「ありがとうございます、ゼオン卿……」
その声は、凛としていながら、どこか柔らかい。
「これで、舞台の裏側はすべて見えました。
あとは……私が、その舞台に上がるだけです」
彼女の瞳に宿っていたのは、死を覚悟した者の諦念ではなかった。
真実を掴み、獲物を追い詰める者だけが持つ、静かな強さ。
運命の冬至まで、あと三日。
その頃、アレス王は執務室で一人、机に伏していた。
彼の指先がなぞっているのは、かつてリリアナが贈った刺繍図鑑。
その裏側に、ひそやかに縫い込まれた――警告の紋様。
「リリアナ……」
疑念と愛、そのどちらも捨てきれずに、王は呟く。
「君は……私に、何を伝えようとしているんだ……?」
その声は答えを得ることなく、
凍てつく夜の闇へと、静かに溶けていった。
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