王妃はただ、殺されないことを願う

柴田はつみ

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第17章:冬至の夜会

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王宮の大広間は、数え切れぬほどの蝋燭に照らされ、黄金の海のように輝いていた。
音楽は高らかに鳴り、着飾った貴族たちは笑みを交わしている。
だがその華やかさの下には、冬の夜気よりも鋭い緊張が、薄く氷のように張りつめていた。

リリアナは、その中央に姿を現した。

一度目の人生とまったく同じ、深い漆黒のベルベットドレス。
それはこの国で「祈り」と「別れ」を意味する色――
彼女が、再びこの夜に命を賭す覚悟を示す装いだった。

玉座に座るアレス王は、冷徹な表情を崩さず、彼女を見つめていた。
けれど、その手は肘掛けを白くなるほど強く握りしめている。

(……なぜ、また同じ服を)

胸に芽生えた不安を、彼は押し殺せなかった。

その傍らには、勝利を確信したように口元を歪める宰相ヴァイス。
さらにその隣で、獲物が罠にかかる瞬間を待つ蜘蛛のように、隣国使者レナルド侯爵が静かに佇んでいた。

宴が最高潮へと達した、その時。

リリアナは、予定通り、ふらりと身を揺らした。

「……っ」

わずかな眩暈を装い、彼女はよろめく。
その瞬間、空気が変わった。

「王妃様……!?」

貴族たちのざわめきの中、ヴァイスが待っていたかのように声を張り上げる。

「見よ! 王妃の首元に浮かぶ、あの不吉な**『青い痣』**を!
これこそ、古の予言に記された――
『王国を滅ぼす、呪われた血の発症』である!」

リリアナの白い肌に、仕込まれた藍晶石の粉末が反応し、
不気味な青白い光が浮かび上がる。

それは、ゼオンが突き止めた通りの――
神殿長と宰相が仕組んだ、偽りの「神託」の演出だった。

一歩前へ出たレナルド侯爵が、冷ややかに告げる。

「アレス陛下。お約束をお忘れか。
呪われた血が、この国を内側から腐らせる前に――
今すぐ、断罪を」

アレス王は、ゆっくりと立ち上がった。

瞳には絶望が滲み、震える手が腰の剣に触れる。

(……また、同じ選択をするのか)

一度目の人生。
彼は、この場で剣を抜き、愛する妻を、その手で貫いた。

「リリアナ……」

掠れた声が漏れる。

「なぜだ……なぜ、君は……」


死の静寂が、大広間を支配した、その瞬間。

リリアナは――倒れなかった。

彼女は、背筋を伸ばし、まっすぐにアレスを見つめた。

「――陛下」

凛と澄んだ声が、広間に響き渡る。

「私の『呪い』を裁く前に、この国に巣食う**『毒』**を、先に掃除なさってはいかがでしょうか?」

ざわめきが凍りつく。

同時に、背後から重厚な甲冑の音が鳴り響いた。

「近衛騎士団長ゼオン。
陛下の御前に、参上いたしました!」

ゼオン率いる騎士たちがなだれ込み、
ヴァイスとレナルド侯爵を、逃げ場のない形で包囲する。

「な……何をしている! ゼオン、正気か!」
ヴァイスが声を荒らげる。

リリアナは、静かに一歩前へ出た。

そして、懐から取り出したものを――
アレス王の足元へと差し出す。

藍晶石の契約書。
青い羽で記された暗号の一覧。

「陛下。
私の首に浮かぶものは呪いではありません。
この者たちが、私を“呪われた存在”に仕立て上げるために撒いた、毒の粉末です」

彼女は、一度息を吸い、続けた。

「そしてこの書面こそ――
私の処断と引き換えに、この国の資源を売り渡すと記された、
裏切りの証でございます」


アレス王は、震える手で書類を拾い上げた。

そこに記されていたのは、紛れもないヴァイスの筆跡。
リリアナの死と引き換えに約束された、利権と密約。

「……ヴァイス」

低く、震える声。

「お前は……私に、愛する妻を殺させようとしたのか。
この私に、一生消えぬ罪を背負わせようとしたのか……!」

怒りの咆哮が、大広間を震わせる。

その怒りは、もはやリリアナには向いていない。
自分を欺き、最愛の人を死へ追いやろうとした、裏切り者へと向けられていた。

「リリアナ……私は……」

アレスは剣を手放し、彼女へ駆け寄ろうとした。

――その瞬間。

「死ね!」

追い詰められたレナルド侯爵が、隠し持っていた毒の短剣を抜き、
リリアナへと飛びかかる。

「計画を台無しにした、忌々しい女め!」

アレスの悲鳴にも似た叫びが響く。

だが――
リリアナは、逃げなかった。

彼女は、この瞬間のために、
一度目の人生で「死」を経験してきたのだから。

その瞳には、恐怖ではなく――
確信と、そして、アレスへの静かな愛が宿っていた。
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