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最終章 ただ、願うのは
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レナルド侯爵が放った毒の短剣が、一直線にリリアナの喉元へと迫った。
一度目の人生。
彼女は、ただ震えながら、死が訪れるのを待つことしかできなかった。
――だが、今は違う。
リリアナは、息を吸うよりも早く、最小限の動きで身体を逸らした。
同時に、重いベルベットのドレスの裾を強く蹴り上げる。
二度目の人生。
彼女は密かに、ゼオン卿から「生き延びるための捌き」を学んでいた。
「ぐっ……!?」
体勢を崩したレナルドの腕を、次の瞬間、背後から飛び込んだアレス王が力任せに捻り上げた。
「――私の妻に、二度と触れるな!」
怒声とともに、短剣が石床に叩きつけられ、乾いた音を立てて転がる。
即座にゼオンと騎士たちが駆け寄り、レナルドと、腰を抜かしたヴァイスの身柄を拘束した。
大広間は、水を打ったように静まり返った。
アレスは荒い息をつきながら、ゆっくりとリリアナへ向き直る。
その瞳にあったのは、かつて彼女を殺した夜の絶望ではない。
そこに混じっていたのは――
悔恨、謝罪、深い愛。
そして、信じがたい奇跡を前にした戸惑い。
「リリアナ……」
震える声で、彼は言った。
「君は……すべてを知っていたのか。
私が、君を殺そうとした、あの愚かな運命を……」
リリアナは、長い間被り続けてきた
「冷徹な王妃」という仮面を、静かに下ろした。
張りつめていた感情がほどけ、
一筋の涙が、彼女の頬を伝い落ちる。
「……陛下」
声は小さく、けれど確かだった。
「私はただ、殺されないことを願っていました。
あなたに殺され、あなたを人殺しにしてしまう……
そんな悲劇を、どうしても止めたかったのです」
アレスは、壊れやすい宝物に触れるような手つきで、リリアナを抱き寄せた。
その腕は、隠しきれないほど激しく震えている。
「許してくれ……リリアナ」
彼は、額を彼女の髪に押し当てる。
「私は王として、呪いという幻影に怯え、
君の真実を見ようとしなかった。
君が一人で、どれほどの孤独と恐怖の中で戦っていたのかも……知らずに」
リリアナは、そっとその背に手を回した。
それは、責めるためではなく、共に立ち直るための抱擁だった。
冬至の、長い夜が明ける。
王宮の窓から、雲の切れ間を縫って朝日が差し込み、
凍てついた世界を、柔らかな光で包み込んだ。
宰相ヴァイスとその一派、隣国の工作員たちはすべて投獄され、
リリアナが集めた証拠は、王国の腐敗を根こそぎ白日の下にさらした。
結果として、アルカディアは、隣国からの不当な支配を完全に退けることに成功する。
数日後――
二人は、かつてリリアナが「冷たい目覚め」を迎えた、あのバルコニーに立っていた。
雪はまだ残っている。
けれど、差し込む日差しは、確かに温かい。
「リリアナ」
アレスは、彼女の手を取り、静かに告げた。
「私は、君に二度目の人生を与えられたのだと思っている。
今度は……君を閉じ込めるためではない」
彼は、彼女の指先に、用意していた指輪をそっと嵌める。
白い百合の指輪。
それは、呪いとも、政治とも無縁の、
ただ一人の男としての、誓いだった。
「君を愛し、君と共に、この国を歩むために」
リリアナは、アレスの肩に、そっと頭を預けた。
かつての彼女は、
ただ「殺されないこと」だけを、必死に願っていた。
だが、運命と向き合い、
恐怖と孤独を越えてきた今――
その願いは、静かに形を変えている。
(私はもう、死の影に怯える王妃ではない)
(私は、この人と共に生き、この国を守る者)
リリアナは、澄み渡る青空を見上げ、
胸の奥で、新しい願いをそっと唱えた。
――私はただ、
あなたと共に、明日を笑えることを願う。
凍てついていた彼女の時間は、
今、ようやく――
本当の意味で、動き始めた。
【完】
一度目の人生。
彼女は、ただ震えながら、死が訪れるのを待つことしかできなかった。
――だが、今は違う。
リリアナは、息を吸うよりも早く、最小限の動きで身体を逸らした。
同時に、重いベルベットのドレスの裾を強く蹴り上げる。
二度目の人生。
彼女は密かに、ゼオン卿から「生き延びるための捌き」を学んでいた。
「ぐっ……!?」
体勢を崩したレナルドの腕を、次の瞬間、背後から飛び込んだアレス王が力任せに捻り上げた。
「――私の妻に、二度と触れるな!」
怒声とともに、短剣が石床に叩きつけられ、乾いた音を立てて転がる。
即座にゼオンと騎士たちが駆け寄り、レナルドと、腰を抜かしたヴァイスの身柄を拘束した。
大広間は、水を打ったように静まり返った。
アレスは荒い息をつきながら、ゆっくりとリリアナへ向き直る。
その瞳にあったのは、かつて彼女を殺した夜の絶望ではない。
そこに混じっていたのは――
悔恨、謝罪、深い愛。
そして、信じがたい奇跡を前にした戸惑い。
「リリアナ……」
震える声で、彼は言った。
「君は……すべてを知っていたのか。
私が、君を殺そうとした、あの愚かな運命を……」
リリアナは、長い間被り続けてきた
「冷徹な王妃」という仮面を、静かに下ろした。
張りつめていた感情がほどけ、
一筋の涙が、彼女の頬を伝い落ちる。
「……陛下」
声は小さく、けれど確かだった。
「私はただ、殺されないことを願っていました。
あなたに殺され、あなたを人殺しにしてしまう……
そんな悲劇を、どうしても止めたかったのです」
アレスは、壊れやすい宝物に触れるような手つきで、リリアナを抱き寄せた。
その腕は、隠しきれないほど激しく震えている。
「許してくれ……リリアナ」
彼は、額を彼女の髪に押し当てる。
「私は王として、呪いという幻影に怯え、
君の真実を見ようとしなかった。
君が一人で、どれほどの孤独と恐怖の中で戦っていたのかも……知らずに」
リリアナは、そっとその背に手を回した。
それは、責めるためではなく、共に立ち直るための抱擁だった。
冬至の、長い夜が明ける。
王宮の窓から、雲の切れ間を縫って朝日が差し込み、
凍てついた世界を、柔らかな光で包み込んだ。
宰相ヴァイスとその一派、隣国の工作員たちはすべて投獄され、
リリアナが集めた証拠は、王国の腐敗を根こそぎ白日の下にさらした。
結果として、アルカディアは、隣国からの不当な支配を完全に退けることに成功する。
数日後――
二人は、かつてリリアナが「冷たい目覚め」を迎えた、あのバルコニーに立っていた。
雪はまだ残っている。
けれど、差し込む日差しは、確かに温かい。
「リリアナ」
アレスは、彼女の手を取り、静かに告げた。
「私は、君に二度目の人生を与えられたのだと思っている。
今度は……君を閉じ込めるためではない」
彼は、彼女の指先に、用意していた指輪をそっと嵌める。
白い百合の指輪。
それは、呪いとも、政治とも無縁の、
ただ一人の男としての、誓いだった。
「君を愛し、君と共に、この国を歩むために」
リリアナは、アレスの肩に、そっと頭を預けた。
かつての彼女は、
ただ「殺されないこと」だけを、必死に願っていた。
だが、運命と向き合い、
恐怖と孤独を越えてきた今――
その願いは、静かに形を変えている。
(私はもう、死の影に怯える王妃ではない)
(私は、この人と共に生き、この国を守る者)
リリアナは、澄み渡る青空を見上げ、
胸の奥で、新しい願いをそっと唱えた。
――私はただ、
あなたと共に、明日を笑えることを願う。
凍てついていた彼女の時間は、
今、ようやく――
本当の意味で、動き始めた。
【完】
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