1001通目の真実 〜捨てられた王妃と、私を捨てた騎士王〜

柴田はつみ

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第十二章:微熱の舞踏

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音楽は緩やかに、耽美なワルツへと転調する。
ミリアの細い腰にアルティスの手が回された瞬間、二人を包む空気がぴりりと弾けるような緊張に満たされた。

かつて、正式な婚礼の儀でさえ交わされなかった「夫婦」のダンス。
それが皮肉にも、偽りの名をまとい、憎悪と後悔を仮面に隠した舞踏会で実現している。

「……公爵様。ずいぶんと手が震えていらっしゃいますのね。まるで、私に触れるのが恐ろしいみたいに」

ミリアが挑発的に唇を寄せる。至近距離で見つめるアルティスの瞳は、仮面の奥で激しく揺れていた。
彼の掌に伝わる彼女の体温は、あまりにも現実的で、そしてあまりにも遠い。

(ミリア……本当に君なのか。あの冷たい離宮で、ひとり凍えていたはずの君が……)

「美しい女性を前にして、緊張しない男などいません。……それとも、以前の『彼』は、あなたに触れることさえしなかったのですか?」

自虐を帯びた問いは、彼自身の罪をえぐる刃だった。
ミリアの瞳が、一瞬だけ鋭く細まる。

「ええ。あの方は私など視界にも入れていませんでしたわ。どれほど手紙を書いても、どれほど窓辺で待ち続けても……あの方にとって私は、ただの『不要な置物』。いいえ、目障りな汚れでしかなかったのでしょう」

ミリアの指が、アルティスの肩に強く食い込む。
背中が大きく開いたドレスの隙間から、うなじから肩にかけて淡く残る痣が覗いた。追われ、傷つき、踏みにじられた日々の名残。

それを目にした瞬間、アルティスの胸を引き裂くような衝撃が走る。

(私が……私が彼女をこうしてしまった。私の無知と臆病さが、この白い肌を汚したのだ)

「……すまない」

思わずこぼれた言葉に、ミリアの動きが止まる。

「……何に対して、謝っているの? 初対面の私に」

「……あなたが背負ってきた悲しみが、あまりにも深く見えた。もし、やり直せるのなら……その傷を刻んだ男の代わりに、私がその痛みを引き受けたいと思ってしまった」

一瞬、ミリアは虚を突かれたように目を見開く。
だがすぐに、氷のような嘲笑がその表情を覆った。

「やり直す? おかしなことを言うのね。失われた三年間、灰になった千通の手紙、死んだ心……。そんなものを、どうやって取り戻すというの?」

彼女はアルティスの耳元に顔を寄せ、熱い吐息を吹きかける。

「ルーク公爵。もし本当に私を憐れんでくださるなら……手を貸してくださいな。あの方を――私を捨てた王を、世界でいちばん惨めな敗北者に仕立て上げるために」

それは、甘い香りをまとった毒の囁きだった。
アルティスは、その復讐の相手が自分自身であると知りながらも、その美しさと狂気に抗えず、ゆっくりと頷く。

「……あなたの望みなら、たとえ地獄の門番であろうと務めましょう。私の命は、今この瞬間からあなたのものです」

シャンデリアの光の下で、二人の影がひとつに重なる。
それは愛の再燃ではなく、共倒れを選んだ者同士が交わす、破滅への誓いだった。

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