1001通目の真実 〜捨てられた王妃と、私を捨てた騎士王〜

柴田はつみ

文字の大きさ
28 / 28

第二十八章:一〇〇二通目の答え

しおりを挟む
嵐は去った。
夜明けの光が辺境の草原を照らし始める頃、小屋の前に、返り血に染まりながら満身創痍のアルティスが立っていた。
帝国の残党はすべて退けられ、世界にはようやく静寂が戻っている。

アルティスは震える手で剣を地に置き、小屋の中へと足を引きずるように進んだ。
奥の部屋で息を潜めていたミリアが、その姿を見るなり駆け寄る。

「アルティス様……! ああ、そんな……血が……!」

「……大丈夫だ。約束しただろう。君たちを、置いていかないと」

かすかな笑みを浮かべながら、アルティスはミリアの頬に触れた。
泥と血に汚れたその手は、三年前のどんな優しさよりも、確かな温もりを帯びていた。

――数か月後。

リナリアの花が地平線まで青く染める季節。
辺境の小さな小屋に、高く、力強い赤子の産声が響き渡った。

「……男の子ですよ、アルティス様」

産後の疲れを滲ませながらも、ミリアの顔には聖母のような慈愛が宿っていた。
腕の中の赤子は、父と同じ深い色の瞳を瞬かせている。

かつて「復讐の道具」として始まり、
「罪の象徴」として結ばれた二人の関係。
だが今、その腕に抱かれているのは、紛れもなく“希望”そのものだった。

アルティスは、枕元に置かれた一〇〇一通の手紙の束に手を伸ばす。
それは彼らが背負い続ける罪と孤独の記憶。

その横に、彼は一枚の真新しい白紙を添えた。

「ミリア。君は言ったね。私を隣で一生後悔させることが、本当の復讐だと」

「……ええ。覚えているわ」

「私は誓う。この子がこの草原を駆け回る日が来ても、
私はあの日、君を一人にした罪を決して忘れない。
一生をかけて、君を世界で一番幸せな“復讐者”にしてみせる」

ミリアは小さく笑い、彼の手にそっと自分の手を重ねた。
そしてペンを取り、白紙の一枚に最後の言葉を書き記す。

それは、三年前から続いていた物語の――一〇〇二通目の答え。

『アルティス様。
今日、リナリアの花が咲きました。
あの日と同じ色ですが、今日の花は、今までで一番きれいに見えます。
地獄の底であなたを呪っていた私を、ここまで連れ出してくれてありがとう。
復讐は、もう終わりました。
これからは、あなたと共に生きる“明日”を綴らせてください。』

二人は、窓から差し込む柔らかな光の中で寄り添い、赤子の寝顔を見つめた。

王冠も、城も、名声もない。
だがそこには、一〇〇一通の絶望を越えた者だけが辿り着ける、本物の愛があった。

アステリアの風が、青い花畑を優しく揺らして吹き抜けていく。
かつて「死神」と呼ばれた王妃と、「愚王」と呼ばれた騎士。

二人の物語は、
一通の新しい手紙と共に、静かに幕を閉じた。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

婚約者は嘘つき!私から捨ててあげますわ

あんり
恋愛
「マーティン様、今、わたくしと婚約破棄をなさりたいと、そうおっしゃいましたの?」 愛されていると信じていた婚約者から、突然の別れを告げられた侯爵令嬢のエリッサ。 理由も分からないまま社交界の噂に晒され、それでも彼女は涙を見せず、誇り高く微笑んでみせる。 ―――けれど本当は、あの別れの裏に“何か”がある気がしてならなかった。 そんな中、従兄である第二王子アダムが手を差し伸べる。 新たな婚約、近づく距離、揺れる心。 だがエリッサは知らない。 かつての婚約者が、自ら悪者になってまで隠した「真実」を。 捨てられた令嬢?いいえ違いますわ。 わたくしが、未来を選び直すの。 勘違いとすれ違いから始まる、切なくて優しい恋の物語。

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

悪女の最後の手紙

新川 さとし
恋愛
王国を揺るがす地震が続く中、王子の隣に立っていたのは、婚約者ではなかった。 人々から「悪女」と呼ばれた、ひとりの少女。 彼女は笑い、奪い、好き勝手に振る舞っているように見えた。 婚約者である令嬢は、ただ黙って、その光景を見つめるしかなかった。 理由も知らされないまま、少しずつ立場を奪われ、周囲の視線と噂に耐えながら。 やがて地震は収まり、王国には安堵が訪れる。 ――その直後、一通の手紙が届く。 それは、世界の見え方を、静かに反転させる手紙だった。 悪女と呼ばれた少女が、誰にも知られぬまま選び取った「最後の選択」を描いた物語。 表紙の作成と、文章の校正にAIを利用しています。

優柔不断な公爵子息の後悔

有川カナデ
恋愛
フレッグ国では、第一王女のアクセリナと第一王子のヴィルフェルムが次期国王となるべく日々切磋琢磨している。アクセリナににはエドヴァルドという婚約者がおり、互いに想い合う仲だった。「あなたに相応しい男になりたい」――彼の口癖である。アクセリナはそんな彼を信じ続けていたが、ある日聖女と彼がただならぬ仲であるとの噂を聞いてしまった。彼を信じ続けたいが、生まれる疑心は彼女の心を傷つける。そしてエドヴァルドから告げられた言葉に、疑心は確信に変わって……。 いつも通りのご都合主義ゆるんゆるん設定。やかましいフランクな喋り方の王子とかが出てきます。受け取り方によってはバッドエンドかもしれません。 後味悪かったら申し訳ないです。

【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく

たまこ
恋愛
 10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。  多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。  もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません

ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする? ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。 小説家になろう様にも投稿しています。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

処理中です...