幸せの賞味期限――妹が奪った夫は、甘く腐る

柴田はつみ

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第十一章:紙切れ一枚の絶望

 男が女を捨てるときに持ち出す理由は、いつだってその場しのぎの、ばかばかしい屁理屈に過ぎない。

 昨日の今日だというのに、カイルの態度は豹変していた。

 昨夜、リリアが離婚を突きつけたとき、彼は「君は一人では生きていけない」と鼻で笑った。

 それは、リリアの有能さを「家事使用人の延長」程度にしか見ていない男の、浅はかな優越感だった。

 けれど、いざ夜が明けて、リリアが毅然として荷物をまとめ始めると、今度は防衛本能が彼に別の言葉を吐かせたのだ。

「……結局、君は強すぎるんだ、リリア。

 僕が何をしても、最後には君が正論で僕を包囲する。

 その完璧さが、僕を追い詰めるんだよ」

 リリアの前に放り出された一枚の紙。

 そこには、彼女の五年間の献身を無に帰す「離婚届」の文字が、カイルの端正だがどこか弱々しい筆跡で記されていた。

「昨日は、私を『一人では生きられない弱い女』だと仰ったわね。

 今日は『強すぎる』のですか。

 随分と都合のいい解釈ですこと」

 リリアの声は、自分でも驚くほど冷たかった。

 カイルは彼女の鋭い視線を避けるように、マホガニーのデスクに置かれたクリスタルの文鎮をいじっている。

「昨日の言葉は取り消すよ。

 君のその、揺るぎない正しさこそが『強さ』なんだ。

 僕が不貞を働いたのも、君という完璧な正妻の隣で、行き詰まった結果なんだよ。

 エレナは違う。

 あの子は僕がいなければ、明日をも知れないほど脆くて、危うい。

 僕は、一人の男として必要とされたい。

 君のような『完成された女』の隣では、僕はただの飾りに成り下がってしまうんだ」

 完成された女。

 それは彼にとって、もはや愛でる対象ではなく、自分を映し出す鏡――自分の小ささを思い知らされる、不愉快な鏡になったということだ。

 男という生き物は、自分を支えてくれる有能な妻よりも、自分を「英雄」だと勘違いさせてくれる愚かな女を選ぶことがある。

 その選択が、自分を破滅へと導く毒入りのデザートであることにも気づかずに。

「リリア、君なら一人でも立派にやっていける。

 伯爵家の長女としてのプライドがあるじゃないか。

 でも、エレナには僕しかいないんだ。

 ……分かってくれ」

 分かってくれ、という言葉ほど無責任な響きをリリアは知らない。

 彼女は迷いなく、ペンを取り署名した。

「ええ、分かっていますわ。

 あなたは、新鮮な果実ではなく、甘く腐りかけた果実に群がる蝿のような生き方がお似合いだということを。

 せいぜい、その『儚い女』にすべてを吸い尽くされるがいいわ」

 リリアが突きつけた紙を、カイルは安堵と屈辱の入り混じった表情で受け取った。

 外では、彼女のこれからの運命を予感させるような、冷たい雨の音が聞こえ始めていた。

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