幸せの賞味期限――妹が奪った夫は、甘く腐る

柴田はつみ

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第十五章:公爵のレッスン

 アルマード公爵の教育は、甘美な誘惑などではなく、外科手術のような冷徹さで進められた。

 公爵邸の図書室。
 壁一面を埋め尽くす革装丁の本に囲まれ、リリアは一枚の紙を前に呆然としていた。

 それは、カイルの伯爵家が抱える負債のリストと、主要な資産の流動性を示す詳細なレポートだった。

「リリア、これを見て何を感じる」

 背後からかけられたアルマードの声に、リリアは肩を震わせた。
 彼はリリアの隣に立ち、細長い指で一つの数字を指した。

「かつて君が守っていた家が、今、どれほどの速さで腐敗しているかだ。君の妹は、女主人の座を奪ったつもりでいるが、実際には沈みゆく泥舟の舳先で踊っているに過ぎない」

「カイル様は……あの方は、こういう数字には疎いのです。私がいないと……」

「まだそんな寝ぼけたことを言っているのか」

 アルマードがリリアの言葉を冷たく遮った。
 彼は彼女の顎を強引に上向かせ、その瞳を覗き込む。

「君の欠点は、その救いようのない『善意』だ。自分が支えてやらなければ、という傲慢な自己犠牲。それが奴を無能にし、君を『捨ててもいい便利な道具』にまで貶めた。いいか、リリア。これからは『支える』のではなく『支配する』ことを学べ」

 公爵は、一枚の豪華な招待状をテーブルに置いた。
 数週間後に開かれる、社交界の重鎮たちの晩餐会だ。

「この夜会で、君はカイルとエレナに再会するだろう。だが、以前のような『おっとりとした伯爵夫人』としてではない。彼らが一生かかっても手に届かない、冷酷な美貌を持つ『公爵の同伴者』としてだ」

 アルマードは、リリアに最新の会計学、各貴族の弱み、そして「男を計算通りに動かすための視線」までを叩き込んだ。

「男が女に求めるのは『安らぎ』ではない。『手に入らないという焦燥』だ。カイルはエレナの安っぽい刺激に飽きた頃、君という最高級の毒を欲しがるだろう。その時、君は微笑んで、彼を地獄へ突き落とすんだ」

 公爵のレッスンは夜更けまで続いた。

 リリアは、かつて自分が美徳だと信じていた「慎み」を一枚ずつ剥ぎ取られ、代わりに「欲望を隠し味にした計算」という冷たい鎧を身に纏っていく。

 アルマードの指先が、リリアの鎖骨をなぞる。

「……リリア。君のその清廉な瞳に、濁った野心が宿る瞬間が楽しみだ。その時こそ、君は本当の『貴婦人』になる」

 リリアは、公爵の冷たい指の感触を拒まなかった。

 心の中にあった「カイルへの未練」という名の埃を、アルマードの残酷な教えが完璧に掃き清めていくのを感じていた。

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