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第二十四章:闇に蠢く腐果(ふか)
その頃、王都の華やかな目抜き通りから数本外れた、陽の当たらない路地裏。
カビと安酒の臭いが立ち込める場末の酒場で、かつての伯爵夫妻は、泥にまみれた姿で向かい合っていた。
「……信じられない。あんなに地味で、私の言いなりだったお姉様が、公爵夫人を気取るなんて」
エレナは欠けた爪を噛み、血が滲むほど指を震わせていた。
身に纏うドレスは昨夜の泥が乾いて変色し、もはや雑巾と大差ない。
向かいのカイルは、虚ろな目で安ワインを煽っていた。
商会は解体され、残ったのは莫大な借用書と、社交界からの永久追放という現実だけだ。
「リリアは……俺の持ち物だったはずだ。
俺が価値を認めなかったから、あいつには価値がなかったはずなんだ……っ!」
カイルが机を叩いたその時。
二人のテーブルに、音もなく影が落ちた。
「お困りのようだね、哀れな元伯爵殿」
立っていたのは、顔の半分をフードで隠した、豪奢だがどこか毒々しい身なりの男だった。
その指先には、アルマード公爵家と敵対する「第二王子派」の紋章が刻まれた指輪が光っている。
「誰だ、お前は」
「君たちの『価値』を再評価しに来た者だよ。
アルマード公爵は強大だが、あの男には致命的な弱点がある。……リリアという名の、出所不明の『投資物件』だ」
男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、一枚の紙をカイルの前に置いた。
それは、リリアが公爵邸に入るまでの空白の数日間を、悪意を持って改竄した捏造資料だった。
「彼女が公爵を呪術でたぶらかし、前夫である君から資産を奪い取って逃げた……。
そうした醜聞(スキャンダル)を、次の王宮晩餐会でぶちまけてほしい。
君たちが『被害者』として立ち上がるなら、我が主が君たちの借金を肩代わりし、新たな身分を用意しよう」
エレナの瞳に、邪悪な光が戻った。
「お姉様を……あの完璧な仮面を、引きずり下ろせるのね?」
「ああ。宝石を泥に投げ込むのは、元の持ち主である君たちの役目だ」
一方、公爵邸の図書室。
リリアは、アルマードから渡された膨大な「敵対勢力図」を頭に叩き込んでいた。
「……アルマード様。第二王子派が、私の過去を洗っているようですわ」
窓際でチェス駒を弄んでいたアルマードが、手を止めることなく答える。
「案の定だな。無能な奴ほど、正面突破ではなく足元を掬おうとする。
……リリア、君はどう動く?」
リリアは手元にある「カイルの借金の内訳」が記された書類を、静かにキャンドルの火に翳した。
「餌を撒きましょう。
彼らが私を『追い詰めた』と確信した瞬間、その足元ごと奈落へ落として差し上げます。
……泥に沈んだ果実は、踏み潰すよりも、自ら腐り落ちていく様を眺めるのが一番の余興ですから」
火に炙られた書類が、黒く灰になっていく。
その炎を映すリリアの瞳は、もはやアルマードの教育を必要としないほど、自立した「冷徹な捕食者」の輝きを放っていた。
「ふっ……。やはり君への投資は、私の人生で最高の選択だったらしい」
アルマードが立ち上がり、灰の舞う机越しにリリアの指先を絡める。
迫りくる嵐を前に、二人は不敵な微笑みを交わした。
カビと安酒の臭いが立ち込める場末の酒場で、かつての伯爵夫妻は、泥にまみれた姿で向かい合っていた。
「……信じられない。あんなに地味で、私の言いなりだったお姉様が、公爵夫人を気取るなんて」
エレナは欠けた爪を噛み、血が滲むほど指を震わせていた。
身に纏うドレスは昨夜の泥が乾いて変色し、もはや雑巾と大差ない。
向かいのカイルは、虚ろな目で安ワインを煽っていた。
商会は解体され、残ったのは莫大な借用書と、社交界からの永久追放という現実だけだ。
「リリアは……俺の持ち物だったはずだ。
俺が価値を認めなかったから、あいつには価値がなかったはずなんだ……っ!」
カイルが机を叩いたその時。
二人のテーブルに、音もなく影が落ちた。
「お困りのようだね、哀れな元伯爵殿」
立っていたのは、顔の半分をフードで隠した、豪奢だがどこか毒々しい身なりの男だった。
その指先には、アルマード公爵家と敵対する「第二王子派」の紋章が刻まれた指輪が光っている。
「誰だ、お前は」
「君たちの『価値』を再評価しに来た者だよ。
アルマード公爵は強大だが、あの男には致命的な弱点がある。……リリアという名の、出所不明の『投資物件』だ」
男はニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、一枚の紙をカイルの前に置いた。
それは、リリアが公爵邸に入るまでの空白の数日間を、悪意を持って改竄した捏造資料だった。
「彼女が公爵を呪術でたぶらかし、前夫である君から資産を奪い取って逃げた……。
そうした醜聞(スキャンダル)を、次の王宮晩餐会でぶちまけてほしい。
君たちが『被害者』として立ち上がるなら、我が主が君たちの借金を肩代わりし、新たな身分を用意しよう」
エレナの瞳に、邪悪な光が戻った。
「お姉様を……あの完璧な仮面を、引きずり下ろせるのね?」
「ああ。宝石を泥に投げ込むのは、元の持ち主である君たちの役目だ」
一方、公爵邸の図書室。
リリアは、アルマードから渡された膨大な「敵対勢力図」を頭に叩き込んでいた。
「……アルマード様。第二王子派が、私の過去を洗っているようですわ」
窓際でチェス駒を弄んでいたアルマードが、手を止めることなく答える。
「案の定だな。無能な奴ほど、正面突破ではなく足元を掬おうとする。
……リリア、君はどう動く?」
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「餌を撒きましょう。
彼らが私を『追い詰めた』と確信した瞬間、その足元ごと奈落へ落として差し上げます。
……泥に沈んだ果実は、踏み潰すよりも、自ら腐り落ちていく様を眺めるのが一番の余興ですから」
火に炙られた書類が、黒く灰になっていく。
その炎を映すリリアの瞳は、もはやアルマードの教育を必要としないほど、自立した「冷徹な捕食者」の輝きを放っていた。
「ふっ……。やはり君への投資は、私の人生で最高の選択だったらしい」
アルマードが立ち上がり、灰の舞う机越しにリリアの指先を絡める。
迫りくる嵐を前に、二人は不敵な微笑みを交わした。
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