『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ

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第八章 届いた招待状(シャーロット)

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午后の光が傾きはじめた頃、
 ヴァレンタイン邸の庭園には、紫陽花の影が柔らかく伸びていた。

 シャーロットは、侍女リゼットと並んで花に水を与えていた。
 土の匂い、湿った風、鳥の羽音。
 そんなやさしい音に包まれていると、胸のざわめきも少しだけ落ち着く。

「お嬢さま、そろそろお茶の時間ですが――」

 そこへ、メイドが白い封筒を持って駆けてくる。

「し、失礼いたします! 伯爵家ロズモンド家より、お手紙が……っ」

 シャーロットは手を止め、そっと封を受け取った。
 封蝋は紅。輪郭は美しいが、どこか“重たい”。
 鼻先に近づけると――微かに、甘い香りがした。

(……アイリス?)

 ヴァレンタイン家の書状は、ラベンダー。
 伯爵家は、通常は香り付けをしないはず。

 胸の奥が、少しだけざわつく。

 リゼットが眉をひそめる。

「お嬢さま……お気をつけて。何か、いつもと違う香りです」
「ええ……」

 そっと封を切り、紙をひらく。

『伯爵家茶会にて、護衛実演がございます。
 安全のため、最前列のお席をご用意いたしました。
 ――伯爵令嬢マリナ』

 穏やかな文面。
 けれど、“最前列”の一語に、胸が痛む。

(なぜ、私を……?)

 ヴァレンタイン家の令嬢として、茶会に呼ばれること自体は珍しくない。
 だが――護衛実演の“最前列”など、普通は騎士候補や侍女長の席。

 シャーロットは静かに紙面に目を落とす。

 行間に漂う、説明できない違和感。
 そこにあるはずのない匂い。
 紙の角には、粉のような香りが残っていた。

「……リゼット」
「はい、お嬢さま」
「この香り……あなた、わかる?」
「これは……伯爵家の、マリナ様のお部屋の香りです。
 以前、お使いをしたときに……」

 シャーロットは小さく目を見開いた。
 アイリスに似た、甘く、冷たい匂い。

(どうして、お見舞いでもないのに……?
 どうして“私だけ”にこんな香りを?)

 紙を閉じると、庭の風が一瞬止まった。

「お嬢さま……行かれますか?」
「……ええ。
 呼ばれたからには、行かないわけにはいかない」

 声は柔らかいが、どこか不安が残る。

 だが――その背後に立つリゼットは違う表情をしていた。

(伯爵令嬢マリナ様……
 お嬢さまを“どこへ”座らせようとしているのです?)

 リゼットは静かに唇を結んだ。

 シャーロットは、まだ知らない。
 その席が、
 彼女を“見せ物の中心”に置くための場所であることを。
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