23 / 60
第二十一章 白いリボンの記憶(シャーロット)
しおりを挟む
公爵家の声明が出る前日の午後。
シャーロットは自室にひとり座り、
鏡台の引き出しをそっと開けた。
そこには――
今は少し黄ばんだ“白いリボン”が一つ、
薄紙に包まれてしまわれていた。
(……どうして、思い出したんだろう)
幼かった頃の、
それでも決して忘れられない記憶が
胸の奥で静かに揺れ始めていた。
まだシャーロットが十歳、
カルロスが十五の頃。
公爵家の庭園の端――
初雪の薔薇が咲く小さな温室に、
彼女は落としたリボンを探しに行った。
「……ない……」
どこかで落としてしまった、
お気に入りの白いリボン。
泣きそうになったとき――
温室の扉が音もなく開いた。
「シャーロット?」
「……カルロス様」
息を切らした少年の顔。
普段は無表情に近いのに、
その日は明らかに焦っていた。
「これ……お前のだろう?」
差し出された白いリボンは、
雪のように真っ白で、乾いたままだった。
「……どうして……?」
「泣いてたからだ」
「泣いてなんて……いません」
「泣くのが下手だから、すぐ分かる」
その言葉に、
幼いシャーロットは耳まで赤くした。
カルロスは、温室の椅子に彼女を座らせると、
しゃがんで目線を合わせた。
「シャーロット。
なくしたものなら探せばいい。
泣く必要はない」
「……なくしたくなかったんです」
「なら、今度なくしたら……」
彼は言葉を探し、
少しだけ視線を逸らした。
「……俺が見つけてやる」
「……カルロス様が?」
「当たり前だ。
お前が泣くのは……嫌だ」
その瞬間、
幼いシャーロットは胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……あぁ、この人は……
こんなふうに言う人だったんだ)
そして――
「泣かないで済むように……
俺が、守る」
それは、
幼すぎるほど不器用な、
けれど確かな“約束”だった。
現在のシャーロットは、
大人になった自分の手で、
白いリボンをそっと握りしめた。
(……カルロス様……
本当は……昔から……)
思い返せば、
カルロスはいつも無表情に見えて、
実は一番近くで見守っていてくれた。
病気のときの温室の読書会。
社交界デビューの前夜、
緊張する彼女に言葉を探しながらも
そばにいてくれたこと。
そして昨日――
薔薇園で、震える声で言った。
『お前が……他の男と噂になることが……耐えられない』
(……どうして、あの時……
“守りたい”って言ってくれないの……)
そう思っていたけれど。
実は――
昔から、ずっとずっと。
言葉が足りないだけで、
気持ちは変わっていなかったのではないか。
リボンを見つめていると、
ふと昨日の彼の言葉が胸に浮かぶ。
『……大切にするほど……言葉が怖くなった』
(あぁ……そうなんだ)
十歳のときと同じ。
十五歳のときと同じ。
カルロスは、
大切に思えば思うほど、
“想いを言うのが怖い人”なのだ。
(だから……黙って、苦しそうにしていたんだ)
シャーロットの目に、
涙がにじんだ。
泣きたくてではない。
――わかったから。
幼い記憶が、
いまのカルロスを照らし出した瞬間だった。
シャーロットは立ち上がり、
鏡に向かって白いリボンを髪に結んだ。
「……似合うかな……」
昔のように、少し高い位置に結ぶ。
鏡の中の自分は、
いつものシャーロットより
わずかに勇気のある表情をしていた。
(大丈夫……
あの日の約束は、嘘じゃなかった)
胸の中で静かに思う。
(だから……逃げない)
シャーロットは小さく深呼吸をした。
(カルロス様に、伝えたい。
あの日のことを。
わたしが……どれほど嬉しかったか)
白いリボンが、
窓からの光を受けて柔らかく揺れた。
それはまるで、
幼い日の約束がもう一度
心に結び直されたようだった。
シャーロットは自室にひとり座り、
鏡台の引き出しをそっと開けた。
そこには――
今は少し黄ばんだ“白いリボン”が一つ、
薄紙に包まれてしまわれていた。
(……どうして、思い出したんだろう)
幼かった頃の、
それでも決して忘れられない記憶が
胸の奥で静かに揺れ始めていた。
まだシャーロットが十歳、
カルロスが十五の頃。
公爵家の庭園の端――
初雪の薔薇が咲く小さな温室に、
彼女は落としたリボンを探しに行った。
「……ない……」
どこかで落としてしまった、
お気に入りの白いリボン。
泣きそうになったとき――
温室の扉が音もなく開いた。
「シャーロット?」
「……カルロス様」
息を切らした少年の顔。
普段は無表情に近いのに、
その日は明らかに焦っていた。
「これ……お前のだろう?」
差し出された白いリボンは、
雪のように真っ白で、乾いたままだった。
「……どうして……?」
「泣いてたからだ」
「泣いてなんて……いません」
「泣くのが下手だから、すぐ分かる」
その言葉に、
幼いシャーロットは耳まで赤くした。
カルロスは、温室の椅子に彼女を座らせると、
しゃがんで目線を合わせた。
「シャーロット。
なくしたものなら探せばいい。
泣く必要はない」
「……なくしたくなかったんです」
「なら、今度なくしたら……」
彼は言葉を探し、
少しだけ視線を逸らした。
「……俺が見つけてやる」
「……カルロス様が?」
「当たり前だ。
お前が泣くのは……嫌だ」
その瞬間、
幼いシャーロットは胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……あぁ、この人は……
こんなふうに言う人だったんだ)
そして――
「泣かないで済むように……
俺が、守る」
それは、
幼すぎるほど不器用な、
けれど確かな“約束”だった。
現在のシャーロットは、
大人になった自分の手で、
白いリボンをそっと握りしめた。
(……カルロス様……
本当は……昔から……)
思い返せば、
カルロスはいつも無表情に見えて、
実は一番近くで見守っていてくれた。
病気のときの温室の読書会。
社交界デビューの前夜、
緊張する彼女に言葉を探しながらも
そばにいてくれたこと。
そして昨日――
薔薇園で、震える声で言った。
『お前が……他の男と噂になることが……耐えられない』
(……どうして、あの時……
“守りたい”って言ってくれないの……)
そう思っていたけれど。
実は――
昔から、ずっとずっと。
言葉が足りないだけで、
気持ちは変わっていなかったのではないか。
リボンを見つめていると、
ふと昨日の彼の言葉が胸に浮かぶ。
『……大切にするほど……言葉が怖くなった』
(あぁ……そうなんだ)
十歳のときと同じ。
十五歳のときと同じ。
カルロスは、
大切に思えば思うほど、
“想いを言うのが怖い人”なのだ。
(だから……黙って、苦しそうにしていたんだ)
シャーロットの目に、
涙がにじんだ。
泣きたくてではない。
――わかったから。
幼い記憶が、
いまのカルロスを照らし出した瞬間だった。
シャーロットは立ち上がり、
鏡に向かって白いリボンを髪に結んだ。
「……似合うかな……」
昔のように、少し高い位置に結ぶ。
鏡の中の自分は、
いつものシャーロットより
わずかに勇気のある表情をしていた。
(大丈夫……
あの日の約束は、嘘じゃなかった)
胸の中で静かに思う。
(だから……逃げない)
シャーロットは小さく深呼吸をした。
(カルロス様に、伝えたい。
あの日のことを。
わたしが……どれほど嬉しかったか)
白いリボンが、
窓からの光を受けて柔らかく揺れた。
それはまるで、
幼い日の約束がもう一度
心に結び直されたようだった。
44
あなたにおすすめの小説
好きでした、婚約破棄を受け入れます
たぬきち25番
恋愛
シャルロッテ子爵令嬢には、幼い頃から愛し合っている婚約者がいた。優しくて自分を大切にしてくれる婚約者のハンス。彼と結婚できる幸せな未来を、心待ちにして努力していた。ところがそんな未来に暗雲が立ち込める。永遠の愛を信じて、傷つき、涙するシャルロッテの運命はいかに……?
※十章を改稿しました。エンディングが変わりました。
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】
アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。
愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。
何年間も耐えてきたのに__
「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」
アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。
愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。
誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
全部私が悪いのです
久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。
姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。
世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。
*全18話完結となっています。
*大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。
*後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。
*この作品は他誌にも掲載中です。
この婚約に、恋の続きを込めて
ねむたん
恋愛
没落しかけた名門・ヴェルス子爵家の令嬢アナスタシアは、
家を救うために――幼い頃に一度だけ出会ったという、
冷たい印象の若き子爵ルカ・ヴェルディとの婚約を受け入れ、すこしずつ交流を深めていこうとする。
そんな中、アナの侍女であり親友でもあるミレイユが失踪。
探すうちに現れたのは、交流のなかった高飛車な侯爵令嬢、
そしてなぜか一緒にいた成金の商人。
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる