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第十四回
しおりを挟む両親への告白を終えた夜、カレンは翔の隣で眠っていた。心からの安堵と、これからの不安がない交ぜになったような感情に包まれながら、彼女はそっと翔の手に触れた。
翔は寝返りを打ち、カレンの手を握り返す。その温もりが、彼女の心をじんわりと満たした。
翌朝、カレンはリビングで翔と向かい合って朝食をとっていた。
「両親に話せて、本当に良かったわ。あんなに理解してくれるなんて思わなかったから」
カレンが言うと、翔はコーヒーカップを置いて頷いた。
「ああ。俺も、正直ホッとした。だが、これで全てが終わったわけじゃない。残るは、世間への対応だ」
翔の言葉に、カレンは眉をひそめた。
「世間には、どうするの? やっぱり正直に話すしかないわよね?」
カレンが問いかけると、翔は少し考え込んだ。
そして、意外なことを口にした。
「いや……正直に話すのは、やめようと思う」
カレンは目を見開いた。
「え? どういうこと?」
「契約期間はあと数ヶ月残っている。その間、俺たちは偽装ではなく、本当の夫婦として過ごす。そして、契約期間が終わった後も、そのまま結婚生活を続ける」
翔の言葉に、カレンは混乱した。
「つまり、世間には何も言わずに、このまま……?」
「そうだ。一度『偽装結婚でした』と公表すれば、高見沢グループの信用問題にもなりかねない。
それに、君にも余計な詮索が及ぶだろう。何より、俺たちが本当に愛し合っているなら、わざわざ過去の『偽り』を掘り返す必要はない」
翔は、真剣な眼差しでカレンを見つめた。
「だが、それは……ずっと嘘をつき続けるってことよ?」
カレンは不安を口にした。
「嘘ではない。最初のきっかけが偽りだっただけで、今の俺たちの関係は、何一つ偽りじゃない。俺は、君と生涯を共にしたいと思っている。そのために、過去を蒸し返す必要はないだろう」
翔の言葉には、強い決意が込められていた。カレンは、彼の言葉を反芻するように考え込んだ。確かに、世間が大騒ぎになることを考えれば、このまま「夫婦」として穏やかに過ごす方が、賢明なのかもしれない。
「でも、もし誰かに、偽装結婚だったってバレたら?」
「その時は、俺が全て責任を取る。だが、君はもう、そのことを気にする必要はない。君は、俺の本当の妻として、堂々としていればいい」
翔の言葉に、カレンの胸に温かいものが広がった。彼は、これまでのどんな時よりも、頼もしく見えた。
「わかったわ。翔がそう言うなら……」
カレンは、小さく頷いた。その日から、二人は「偽装結婚」という言葉を二度と口にすることはなかった。
数年後。
高見沢翔と三島カレンの結婚は、今や誰もが羨むおしどり夫婦として知られていた。二人の間には、可愛らしい子供も生まれ、家庭はいつも賑やかだった。
ある日の夕食後、リビングで子供を寝かしつけたカレンと翔が、グラスを傾けていた。
「ねえ、翔。あの時、私たちが世間に正直に話さなくて、本当に良かったわね」
カレンが言うと、翔は優しく微笑んだ。
「ああ。あれが、最善の選択だったと、今でも思っている」
「でも、もしあの時、私が美咲さんを選べばよかったのにって言わなかったら、どうなってたのかしらね?」
カレンが茶化すように言うと、翔はグラスを置き、カレンの手を握った。
「その言葉が、俺の背中を押したんだ。君がいなければ、俺は一生、本当の幸せを知らないままだったかもしれない」
翔の真剣な眼差しに、カレンは顔が熱くなるのを感じた。
「馬鹿ね。そういうこと、今さら言わないの」
カレンは照れ隠しにそう言ったが、彼の言葉は、彼女の心の奥底にじんわりと染み渡った。
「そういえば、渋谷さん、最近どうしてるのかしら?」
カレンがふと思い出したように尋ねた。翔は少し考え込んで答えた。
「確か、数年前に結婚して、今は海外で暮らしていると聞いている。幸せにやっているはずだ」
「そう。良かったわ」
カレンは、美咲の幸せを心から願った。あの時、彼女を傷つけてしまったことは、今でも少しだけ胸に残っているからだ。
「俺は、君と出会えて、本当に良かった」
翔が、カレンの髪を優しく撫でた。
「私もよ。あなたと出会えて、本当の幸せを知ったわ」
カレンは翔の胸に寄りかかった。偽りの誓いから始まった二人の物語は、幾多の騒動と葛藤を経て、誰にも知られることなく、本物の愛という結末を迎えたのだった。
彼らの間には、もう「偽り」の影はなかった。ただ、温かい「真実」だけが、そこにあった。
終わり
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