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第13章「控室の衝撃」
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控室の扉が勢いよく閉まり、
広間のざわめきが遠くなった。
シャルロットは人々の視線を避けるように、
柱の陰に身を寄せていた。
(……カルロスさまは、何を見たの……?
どうしてそんなに焦った顔を……)
手が冷たく震えている。
夜会の光が遠く感じられ、
にぎわいはまるで別の国の出来事のようだった。
と、そのとき──
控室側の廊下で誰かが息を呑む気配がした。
「……嘘でしょう……」
「どうしてあんな……」
令嬢たちが青ざめた顔で走り去っていく。
胸がざわめく。
シャルロットは足が勝手に前へ動いていた。
「シャルロット!!」
カルロスの声が飛んだ。
振り返ると、廊下の奥からカルロスが駆け寄り、
彼の表情はこれまで見たことがないほど険しかった。
「控室には来るなと言ったはずだ」
「で、ですが……何が……」
カルロスは言葉を飲み込み、
険しい表情のままシャルロットの肩をつかみかけ──
また手を止める。
触れたいのに触れられない距離。
シャルロットはその一瞬の迷いを、
痛みとして胸に刻むしかなかった。
「……中を見たのですか?」
震えながら問うと、
カルロスは苦しそうに目を伏せた。
「……見た。
だが君は知らなくていい」
また“知らなくていい”。
また“言えない理由”。
シャルロットの喉がひりついた。
(わたくしは……何も知らないまま、
この家にいるべきなの……?)
その時、控室の扉が横からそっと開いた。
侍女のローザだった。
青ざめた顔でカルロスに頭を下げる。
「……お、お言葉ですが……
公爵さま、これは……ただごとでは……」
「ローザ、黙れ」
カルロスの低い声が響く。
だがローザの視線が、
シャルロットの隠しきれない震えを見逃さなかった。
「……奥さま……どうか、驚かないで……」
シャルロットは胸を押さえ、一歩踏み出す。
「わたくし……見ます。
知らないままでいるほうが……怖いのです」
カルロスは鋭く目を見開いた。
「だめだ、シャルロット。
あれは……君に見せていいものではない」
シャルロットの喉が震える。
「……エリザベラ様の……
肖像画が落ちていた、と聞きました」
カルロスは目を閉じた。
その仕草には、言葉以上の苦悩が滲んでいた。
シャルロットは静かに続けた。
「肖像画が落ちただけでは……
そんな表情をなさらないはずですわ」
その通りだった。
カルロスの沈黙は、すべてを物語っている。
──つまり、
そこには“肖像画以上のもの”があった。
(何?
何があったの……?)
シャルロットが歩き出した瞬間。
中から、冷たい風がふっと吹き抜けた。
続いて漂った甘い香り。
白百合。
シャルロットは立ち止まり、
息を呑む。
(……この香り……
手紙と同じ……前妻様の香り……)
控室の奥から聞こえた侍女の震える声。
「……まるで、誰かが……
ここに立っていたような……そんな……」
シャルロットの背筋がぞくりと冷えた。
(まるで……そこにいた……?)
シャルロットはゆっくりと、
恐る恐る控室へ足を踏み入れた。
そこは、静寂の中に異様な緊張を孕んだ空間だった。
割れたガラス。
倒れた花瓶。
床に散った白百合の花弁。
そして──
前妻エリザベラの肖像画が、
まるで誰かに引きずり落とされたかのように
床に横たわっていた。
だが、シャルロットの目を奪ったのは別のものだった。
肖像画の“額縁の裏”。
そこに──
**“赤い指で書かれたような跡”**がついていた。
乾いた赤。
強く、乱暴に引っ掻いた跡。
シャルロットは震えた声で尋ねた。
「……これ……は……?」
カルロスは答えない。
ただ必死に、シャルロットから視線を外すように
身体を間に入れた。
「見るな。
絶対に……見るな、シャルロット」
シャルロットは喉をひりつかせながら声を絞り出す。
「これは……エリザベラ様が……?」
カルロスの沈黙は、
シャルロットにとって“肯定”にしか思えなかった。
涙が滲む。
(やっぱり……
前妻様は、わたくしを……)
カルロスは顔を上げ、
苦しみに歪んだ表情で言った。
「ちがう……!
シャルロット、お前は何も悪くない……!」
その言葉の震えが、
逆に恐怖と不安を増幅させた。
シャルロットは一歩後ずさる。
(何が本当?
何が嘘?
前妻様は……本当に亡くなったの……?)
カルロスが手を伸ばす。
しかし触れる寸前で、また止めてしまった。
「頼む……俺を信じてくれ」
シャルロットは涙を落とさず、静かに首を振った。
「信じたいのです……
でも……言ってくださらない限り……
信じることが……できません……」
その瞬間。
控室の奥で、
ドアが、ひとりでに……ギィ、と揺れた。
誰も触れていないのに。
甘い白百合の香りが、
再びふわりと漂う。
シャルロットの血の気が引いた。
(……ここに……
本当に……“誰か”が……?)
それは“影”ではなく、
“気配”になっていた。
夜会のざわめきから切り離された控室で、
シャルロットはゆっくりと息を吸った。
(逃げても……
もう手遅れ……
“何か”が、動き出している……)
そしてその中心には、
前妻エリザベラの影が確かに存在していた。
広間のざわめきが遠くなった。
シャルロットは人々の視線を避けるように、
柱の陰に身を寄せていた。
(……カルロスさまは、何を見たの……?
どうしてそんなに焦った顔を……)
手が冷たく震えている。
夜会の光が遠く感じられ、
にぎわいはまるで別の国の出来事のようだった。
と、そのとき──
控室側の廊下で誰かが息を呑む気配がした。
「……嘘でしょう……」
「どうしてあんな……」
令嬢たちが青ざめた顔で走り去っていく。
胸がざわめく。
シャルロットは足が勝手に前へ動いていた。
「シャルロット!!」
カルロスの声が飛んだ。
振り返ると、廊下の奥からカルロスが駆け寄り、
彼の表情はこれまで見たことがないほど険しかった。
「控室には来るなと言ったはずだ」
「で、ですが……何が……」
カルロスは言葉を飲み込み、
険しい表情のままシャルロットの肩をつかみかけ──
また手を止める。
触れたいのに触れられない距離。
シャルロットはその一瞬の迷いを、
痛みとして胸に刻むしかなかった。
「……中を見たのですか?」
震えながら問うと、
カルロスは苦しそうに目を伏せた。
「……見た。
だが君は知らなくていい」
また“知らなくていい”。
また“言えない理由”。
シャルロットの喉がひりついた。
(わたくしは……何も知らないまま、
この家にいるべきなの……?)
その時、控室の扉が横からそっと開いた。
侍女のローザだった。
青ざめた顔でカルロスに頭を下げる。
「……お、お言葉ですが……
公爵さま、これは……ただごとでは……」
「ローザ、黙れ」
カルロスの低い声が響く。
だがローザの視線が、
シャルロットの隠しきれない震えを見逃さなかった。
「……奥さま……どうか、驚かないで……」
シャルロットは胸を押さえ、一歩踏み出す。
「わたくし……見ます。
知らないままでいるほうが……怖いのです」
カルロスは鋭く目を見開いた。
「だめだ、シャルロット。
あれは……君に見せていいものではない」
シャルロットの喉が震える。
「……エリザベラ様の……
肖像画が落ちていた、と聞きました」
カルロスは目を閉じた。
その仕草には、言葉以上の苦悩が滲んでいた。
シャルロットは静かに続けた。
「肖像画が落ちただけでは……
そんな表情をなさらないはずですわ」
その通りだった。
カルロスの沈黙は、すべてを物語っている。
──つまり、
そこには“肖像画以上のもの”があった。
(何?
何があったの……?)
シャルロットが歩き出した瞬間。
中から、冷たい風がふっと吹き抜けた。
続いて漂った甘い香り。
白百合。
シャルロットは立ち止まり、
息を呑む。
(……この香り……
手紙と同じ……前妻様の香り……)
控室の奥から聞こえた侍女の震える声。
「……まるで、誰かが……
ここに立っていたような……そんな……」
シャルロットの背筋がぞくりと冷えた。
(まるで……そこにいた……?)
シャルロットはゆっくりと、
恐る恐る控室へ足を踏み入れた。
そこは、静寂の中に異様な緊張を孕んだ空間だった。
割れたガラス。
倒れた花瓶。
床に散った白百合の花弁。
そして──
前妻エリザベラの肖像画が、
まるで誰かに引きずり落とされたかのように
床に横たわっていた。
だが、シャルロットの目を奪ったのは別のものだった。
肖像画の“額縁の裏”。
そこに──
**“赤い指で書かれたような跡”**がついていた。
乾いた赤。
強く、乱暴に引っ掻いた跡。
シャルロットは震えた声で尋ねた。
「……これ……は……?」
カルロスは答えない。
ただ必死に、シャルロットから視線を外すように
身体を間に入れた。
「見るな。
絶対に……見るな、シャルロット」
シャルロットは喉をひりつかせながら声を絞り出す。
「これは……エリザベラ様が……?」
カルロスの沈黙は、
シャルロットにとって“肯定”にしか思えなかった。
涙が滲む。
(やっぱり……
前妻様は、わたくしを……)
カルロスは顔を上げ、
苦しみに歪んだ表情で言った。
「ちがう……!
シャルロット、お前は何も悪くない……!」
その言葉の震えが、
逆に恐怖と不安を増幅させた。
シャルロットは一歩後ずさる。
(何が本当?
何が嘘?
前妻様は……本当に亡くなったの……?)
カルロスが手を伸ばす。
しかし触れる寸前で、また止めてしまった。
「頼む……俺を信じてくれ」
シャルロットは涙を落とさず、静かに首を振った。
「信じたいのです……
でも……言ってくださらない限り……
信じることが……できません……」
その瞬間。
控室の奥で、
ドアが、ひとりでに……ギィ、と揺れた。
誰も触れていないのに。
甘い白百合の香りが、
再びふわりと漂う。
シャルロットの血の気が引いた。
(……ここに……
本当に……“誰か”が……?)
それは“影”ではなく、
“気配”になっていた。
夜会のざわめきから切り離された控室で、
シャルロットはゆっくりと息を吸った。
(逃げても……
もう手遅れ……
“何か”が、動き出している……)
そしてその中心には、
前妻エリザベラの影が確かに存在していた。
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