『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ

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第24章「鍵のない部屋(影が閉じ込めた真実)」

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廃階段から離れたあとも、
シャルロットの心臓は落ち着かなかった。

影が誘うように立っていた“あの場所”——
そこは、前妻エリザベラが倒れていた場所でもある。

(なぜ……あの影は、
 わたくしではなく……公爵さまを見ていたの……?)

胸にざわりとした不安が広がる。

カルロスは、
シャルロットの震えをそっと見ていた。

触れたい。
でも触れられない。

その矛盾が、
彼の瞳をさらに深く曇らせていた。



「……シャルロット、
 どうしても確かめなければならない場所がある」

「……確かめる……?」

カルロスは頷く。

「廃階段の先にある“鍵のない部屋”だ。
 あの夜——唯一“鍵が壊された部屋」」

「壊された……?」

「エリザベラが倒れていた部屋だ」

シャルロットの胸が締めつけられた。

(前妻様が……亡くなられた……その部屋……)

カルロスは続ける。

「誰も鍵を開けていないのに——
 部屋は“内側から”扉が壊されていた。
 だから今は、鍵もつけていない」

シャルロットは息を呑む。

「内側から……?
 前妻様が……?」

カルロスは目を伏せた。

「……それは分からない。
 ただ、その部屋は、
 “あの夜、影が最後にいた場所”でもある」

シャルロットの身体に冷たいものが走る。

「行きますか……あの部屋へ……?」

カルロスは静かに頷いた。

「お前だけは連れていきたくない。
 本当は閉ざしておきたい場所だ」

「でも……
 わたくしを狙っている影のこと……知りたいのです」

シャルロットが言うと、
カルロスの瞳が震えた。

(守りたいのに……
 彼女は真相に近づこうとしている……)



二人は廃階段をそっと上り、
一番上の扉の前に立った。

扉には鍵穴がない。

押せば開く古い木扉。

(こんな……誰でも入れる部屋だったなんて……)

カルロスは剣を軽く構える。

「一歩下がっていろ」

「はい……」

シャルロットは震えながらうなずく。

ギィ……。

扉を押し開くと、
冷たい空気が胸元を刺した。

部屋は暗く、窓もない。
ただ一か所、
床の上にだけ光が差していた。

(ここに……前妻様が……)

部屋の中央。
光が落ちるその場所に——
くっきりと“靴跡”があった。

細い女性の靴跡。

昨日、廊下で見たものと同じ。

(ここへ……影が入った……?)

シャルロットが思わず立ち尽くすと、
カルロスが低く言った。

「この靴跡は……エリザベラのものじゃない」

「え……?」

カルロスの目は鋭い。

「前妻の靴のサイズは……
 シャルロットより少し小さい。
 これは……“別の女の靴跡”だ」

シャルロットは息を呑む。

(では……影は……
 本当に前妻様ではなく……
 別の“誰か”……?)

カルロスは部屋を見回し、
ふいに床の隅にしゃがみこんだ。

「……シャルロット。
 来てくれ」

シャルロットはゆっくり歩み寄る。

そこには、
薄い木片が落ちていた。

「これは……?」

カルロスは木片を裏返す。

それは、**白百合の香水瓶の“蓋の欠片”**だった。

シャルロットの喉が震えた。

「誰かが……
 この部屋で蓋を開けたということ……?」

「その通りだ」

香水の蓋は“前妻しか開けられない”特殊な金具。
それが、壊されている。

つまり——
“壊してでも開けた者がいる”。

しかも、
その痕跡は数日前のものだ。

カルロスは言った。

「シャルロット。
 影は——
 “前妻ではない”」

シャルロットの胸に
熱いものが込み上げた。

「では……では……
 わたくしは……何に……狙われて……?」

カルロスの沈黙が重い。

言えない理由。
守るための沈黙。

(公爵さまは……真実をご存じなのに……
 わたくしには……言えない……?)

胸が痛い。

その時——

部屋の奥から、
ひゅう……と白百合の香りが流れた。

二人は同時に顔を上げた。

闇の中で、
誰かがゆっくり動く気配がする。

――コツ。

足音。
細いヒールの足音。

シャルロットの身体が硬直した。

(きた……影が……)

カルロスは剣を握りしめる。

「シャルロット、後ろに」

「でも……!」

影の気配は、
奥へ消えようとしない。

むしろ、
二人をこの部屋に閉じ込めようとしているように感じる。

その瞬間。

バタンッ!!

扉が背後で閉まった。

鍵のないはずの扉が——
“外側から”閉じられた。

シャルロットは叫ぶ。

「で……出られません!!
 開きません……!」

カルロスが全力で押すが、
扉はびくともしない。

(鍵がないのに……
 どうして……閉じられるの……!)

闇の奥から、
また白百合の香り。

そして——

ふふ……

少女の笑い声ではなく、
大人の女の笑い声だった。

美しく、
けれど残酷で、
鮮やかに響く声。

シャルロットは震えた。

(前妻様の……声……?
 いいえ……違う……
 もっと若い……鋭い声……)

影の声が、
二人の間をすり抜ける。

――「その部屋は、真実を閉じ込めたまま」

――「あなたたちは、まだ知らない」

――「だれが“本当に”死んだのかも」

カルロスが息を止めた。

シャルロットは顔を上げる。

「……“本当に”……死んだのは……?」

影の声が続く。

――「エリザベラか?
 それとも……あなたの知らない誰かか?」

――「まだ、気づかないの?」

香りが強くなる。

影は、
“真相へ誘うように笑っていた”。
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