『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ

文字の大きさ
23 / 49

第23章「廃階段の足音(影の通り道)」

しおりを挟む
別邸への出立は、
あと数時間に迫っていた。

なのに、屋敷には
異様な緊張が張り詰めている。

廊下を歩く使用人たちは、
皆どこか怯えた顔をしていた。

(……昨夜の影が……
 まだどこかに……いる)

シャルロットは歩きながら、
心臓を押さえた。

カルロスは彼女の隣にいた。

触れない距離で。
けれど、
“守る位置”に確実に立っていた。

(触れてくださらないのに……
 誰よりも近くにいる……)

その矛盾が
胸にぼんやりと温かく、そして痛い。

廊下の角を曲がった時だった。

――コンコン……

階下から、乾いた“足音”がした。

シャルロットは足を止めた。

「今の音……?」

カルロスも眉を寄せる。

「聞こえたな」

その方向は、
東棟のさらに奥――

“使用禁止になった廃階段” のほう。

(あそこは……
 前妻エリザベラ様が亡くなった夜、
 唯一立ち入り禁止になった場所……)

シャルロットは身震いした。

カルロスはすぐに剣を抜いた。

「シャルロット、後ろに」

「で、でも……カルロス様……」

「いいから」

声が強いのに、優しい。

(心配してくださっている……
 なのに……触れられない……)

胸が熱くなる。

影の気配を感じながら、
二人はゆっくり階下へ向かった。



廃階段の前は、薄暗かった。

使用人が誰も近づかないせいで
埃が積もり、
壁のランプはかすかにしか灯っていない。

ふとシャルロットの目に入った。

――階段の上に、
“足跡”があった。

細い女性の靴跡。

(誰か……ここを通った……?
 こんな埃だらけの場所を……靴跡が……)

一段目。
二段目。
上へ続いている。

カルロスも気づき、
顔を硬くする。

「……ここには誰も入れないはずだ。
 鍵も、俺と執事長しか持っていない」

「では……
 鍵を開けたのは……?」

シャルロットの声が震える。

カルロスは階段に目を凝らす。

「……靴跡は……
 一度“上へ行き”、
 その後“戻って来ている”」

確かに。

上へ向かう足跡と、
下へ戻る足跡。

(影は……
 ここを通った……?
 昨夜の後……?)

シャルロットは階段の先を見上げた。

暗い闇が続く。

風も、音も、何もないのに――
ひどく冷たい。

その時。

――コツ、コツ。

上の階から、
また“足音”がした。

シャルロットの肩が跳ねる。

(いる……
 まだ……上にいる……!)

カルロスは剣を構え、
シャルロットを背に庇った。

「シャルロット、絶対にここから動くな」

「で、でも……カルロスさま一人では……!」

「いいから!」

言い方は強い。
けれど、震えていた。

(怖いのは……わたくしではなく……
 わたくしを失うこと……?)

シャルロットは胸に手を当てた。

その時、
階段の上の暗闇が――
ふっと揺れた。

影だ。

細い影が、
階段の途中に立っていた。

(っ……!)

月明かりもないはずなのに、
影の“髪の長さ”まで分かるほど
輪郭がはっきりしている。

シャルロットは声を失いかけた。

(この影は……昨日の……!)

影は動かない。
ただ、こちらを見ている。

カルロスが剣を構えた。

「出てこい……!」

影は返事の代わりに
――すうっ……

ひとつ段を降りた。

シャルロットは思わずカルロスの袖を掴んだ。

「来る……来ています……!」

カルロスは驚いて
一瞬シャルロットを見た。

(……袖……
 初めて……触れた……)

シャルロットが触れたのは、
彼の服の端。

それだけなのに、
カルロスの表情が一瞬だけ柔らかくなった。

だがすぐに影へ目を戻す。

影は階段の中央まで降り、
うっすらと首を傾けた。

ふふ……

今度ははっきり笑った。

シャルロットは膝から力が抜けた。

(わたくしを……誘っている……?
 階段の上へ……?
 あの“死んだはずの階”へ……?)

影は
“おいで”
とでも言うように
指先だけ動かした。

カルロスは怒りと恐怖を押し殺し、
低く叫ぶ。

「シャルロットから離れろ……!!」

その瞬間――

影は消えた。

階段の上へ、
影だけ残して。

シャルロットは震えながら言った。

「影は……階段の上へ……
 行きました……
 あの……前妻様が……亡くなられた場所へ……」

カルロスは唇を強く噛みしめた。

「……シャルロット。
 “廃階段”は――
 エリザベラが死んだ夜、
 唯一“証拠”が残った場所だ」

「証拠……?」

シャルロットが問い返した瞬間、

廃階段の上の暗闇で、
誰かがひとつ
“足を踏み外す音”が響いた。

ガタンッ――。

シャルロットは悲鳴を上げた。

カルロスが叫ぶ。

「シャルロット、目を閉じろ!!」

暗闇の中。
影は、
まるでエリザベラが死んだ夜を再現するように
ゆっくり立ち尽くしていた。

そして――
その姿が消える寸前、
はっきりとこちらを見た。

その瞳は、
シャルロットではなく
**“カルロス”**を見ていた。

まるで
「あなたを迎えに来たわ」
と言うように。

廊下に、
白百合の香りが満ちる。

影は、
廃階段の奥へと
完全に姿を消した。

ーーシャルロットの手は、
まだカルロスの袖を掴んでいた。

カルロスはその手に触れられないまま、
言った。

「……あいつは……
 俺たちを廃階段へ誘っている……
 “あの夜の真相”へ……」

シャルロットは小さく震えながら言う。

「わたくし……
 怖いです……カルロスさま……」

カルロスはその言葉に苦しみ、
触れられない手を握りしめた。

「……大丈夫だ。
 必ず守る。
 シャルロットだけは……絶対に」

廃階段には、
まだ“足音”の残響が
ゆっくり、ゆっくり残っていた。

まるで、影が
二人を上へと誘い続けているかのように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?

ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。 ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

煤かぶり姫は光の貴公子の溺愛が罰ゲームだと知っている。

朝霧心惺
恋愛
「ベルティア・ローレル。僕の恋人になってくれないかい?」  煌めく猫っ毛の金髪に太陽の瞳、光の貴公子の名を欲しいがままにするエドワード・ルードバーグ公爵令息の告白。  普通の令嬢ならば、嬉しさのあまり失神してしまうかもしれない状況に、告白された令嬢、ベルティア・ローレルは無表情のままぴくりとも頬を動かさない。  何故なら———、 (罰ゲームで告白なんて、最低の極みね)  黄金の髪こそが美しいという貴族の価値観の中で、煤を被ったような漆黒の髪を持つベルティアには、『煤かぶり姫』という蔑称がある。  そして、それは罰ゲーム結果の恋人に選ばれるほどに、貴族にとっては酷い見た目であるらしい。  3年間にも及ぶ学園生活も終盤に迫ったこの日告白されたベルティア、実家は伯爵家といえども辺境であり、長年の凶作続きにより没落寸前。  もちろん、実家は公爵家に反抗できるほどの力など持ち合わせていない。  目立つ事が大嫌いでありながらも渋々受け入れた恋人生活、けれど、彼の罰ゲームはただ付き合うだけでは終わらず、加速していく溺愛、溺愛、溺愛………!!  甘すぎる苦しみが、ベルティアを苦しめる。 「どうして僕の愛を疑うんだっ!!」 (疑うも何も、そもそもこの恋人ごっこはあなたへの罰ゲームでしょ!?)

「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります

恋せよ恋
恋愛
「しっかり者の姉なら、婚約者を妹に譲ってあげなさい」 「そうだよ、バネッサ。君なら、わかるだろう」 十五歳の冬。父と婚約者パトリックから放たれた無慈悲な言葉。 再婚相手の連れ子・ナタリアの図々しさに耐えてきたバネッサは、 その瞬間に決意した。 「ええ、喜んで差し上げますわ」 将来性のない男も、私を軽んじる家族も、もういらない。 跡継ぎの重責から解放されたバネッサは、その類まれなる知性を見込まれ、 王国の重鎮・ヴィンセント公爵家へ嫁ぐことに。 「私は、私を一番に愛してくれる場所で幸せになります!」 聡明すぎる令嬢による、自立と逆転のハッピーエンド。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

白い結婚を終えて自由に生きてまいります

なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。  忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。  「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」 「白い結婚ですか?」 「実は俺には……他に愛する女性がいる」   それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。 私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた ――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。 ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。 「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」 アロルド、貴方は何を言い出すの? なにを言っているか、分かっているの? 「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」 私の答えは決まっていた。 受け入れられるはずがない。  自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。    ◇◇◇ 設定はゆるめです。 とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。 もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!

処理中です...