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第35章「沈みゆく体温(夫の命を繋ぐ糸)」
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影が消えたあと、
別邸の影の部屋には
異様な静寂だけが残された。
白百合の花はすべて散り、
床に白い雪のように積もっている。
カルロスの腕の中で、
シャルロットは涙をこらえながら
夫の頬に触れた。
「公爵さま……
どうか……目を開けて……」
カルロスは倒れ込んだまま、
呼吸は浅く、
胸元の動きは弱々しい。
(こんな……ことが……
あっていいはずが……ない……)
胸の奥が締めつけられる。
シャルロットは必死にカルロスの手を握った。
しかしその温度は——
ほとんど残っていなかった。
(冷たい……
さっきよりも……)
手の甲には白い痣が浮かび、
まるで影が中から広がっているように見える。
「こんな……
こんなのおかしい……
どうして……」
彼女の声は震えた。
(わたくしに触れた痛み……
影の刃の痛み……
全部、公爵さまが……
引き受けてしまったから……)
「……わたくしのせいです……」
シャルロットの手が
カルロスの胸元に触れた、その時。
――じわり。
冷たさが、指先から腕へと伝わる。
影の残滓。
(まだ……呪いが……公爵さまの中で……)
シャルロットは思わず手を離した。
「だめ……!
どうすれば……どうすれば……」
涙が零れ、彼の胸に落ちていく。
そのとき、
カルロスの唇が微かに動いた。
シャルロットは息を呑む。
「……シャ……ル……ロ……ット……」
かすれた声。
痛みを堪える声。
「わたくし……ここにおります……!
どうか……!」
カルロスは目を閉じたまま、
微かに首を振った。
「……離れろ……
お前に……呪いが……」
「離れません!!」
シャルロットは叫んだ。
「どうして……どうしてそんなことを……
あなたを置いていけるわけがありません……!」
涙ながらに、
彼女は夫の額に触れた。
温度がない。
あるべき熱が、どこにもない。
(このままでは……
本当に……命を……)
胸の奥が痛みで張り裂けそうだった。
すると——
散った白百合の花弁が、
ひとりでに舞い上がった。
風もないのに。
白百合の香りが濃くなる。
影の声が、
別邸全体に響くように囁いた。
――「ねえ、シャルロット」
――「彼を助けたいなら……
“取引”をしましょう?」
シャルロットは顔を上げる。
「取引……?」
影の声は優しく、しかし冷たい。
――「彼の体温を戻す方法は一つ。
“本来の妻”の席に戻してあげればいいの」
シャルロットの胸が凍る。
(席……
ミレイユの……言っていた……)
影は続ける。
――「あなたの席は、
もともと“わたしのもの”」
――「あなたがそこから降りれば……
呪いは消える。
カルロス様は助かるわ」
シャルロットの指が震えた。
(わたくしが……
席を譲れば……
公爵さまが……助かる……?)
影は優しい声で語りかける。
――「簡単よね?
あなたがこの家を去ればいいだけ。
もう“妻”を名乗らなければいいだけ」
――「その代わり、
カルロス様は……生きられる」
シャルロットは膝に力が入らなくなった。
(わたくしが……
消えれば……
公爵さまは助かる……)
涙が落ちる。
「そんな……
そんなこと……」
影の声は甘く囁く。
――「ねえ、あなた」
――「カルロス様の命と、
あなたの“席”。
どちらが大事?」
シャルロットは答えられなかった。
そのとき。
カルロスが急に咳込み、
身体を丸める。
「っ……!!」
シャルロットは慌てて抱き寄せた。
「公爵さま!!」
カルロスは震えた声で言った。
「……シャルロット……
影の言葉など……信じるな……
お前が……去るくらいなら……
俺は……」
言い終える前に、
胸の痛みに耐えられず顔を歪める。
――(このままでは……
本当に……命を……!)
シャルロットは、
震える手でカルロスの頬を包み込んだ。
「公爵さま……
お願いです……
どうか……生きてください……!」
涙が彼の頬に落ちる。
その涙が落ちた場所に、
微かに温度が戻った。
(……わたくしの涙……?)
シャルロットは震えた声で呟く。
「わたくし……
あなたを守ります……
たとえ席を奪われようと……
影に囚われようと……
命を懸けても……」
カルロスの指が
かすかに動いた。
触れたい。
抱きしめたい。
けれど、
呪いがそれを許さない。
「……頼む……
離れるな……
俺を……置いていくな……」
シャルロットの涙がまた一滴、
カルロスの胸に落ちた。
その瞬間、
白百合の香りが揺れ、
影の声が遠ざかるように震えた。
――「……その涙……
いや……なぜ……?」
シャルロットは気づかない。
ただただ、
夫の心臓のわずかな鼓動に縋っていた。
影は動揺したように、
静かに呟いた。
――「……どうして……
あなたの涙だけ……
呪いを薄めるの……?」
――「そんなはず……
ないのに……」
夜の別邸で、
シャルロットの涙だけが
カルロスの命の糸を繋いでいた。
別邸の影の部屋には
異様な静寂だけが残された。
白百合の花はすべて散り、
床に白い雪のように積もっている。
カルロスの腕の中で、
シャルロットは涙をこらえながら
夫の頬に触れた。
「公爵さま……
どうか……目を開けて……」
カルロスは倒れ込んだまま、
呼吸は浅く、
胸元の動きは弱々しい。
(こんな……ことが……
あっていいはずが……ない……)
胸の奥が締めつけられる。
シャルロットは必死にカルロスの手を握った。
しかしその温度は——
ほとんど残っていなかった。
(冷たい……
さっきよりも……)
手の甲には白い痣が浮かび、
まるで影が中から広がっているように見える。
「こんな……
こんなのおかしい……
どうして……」
彼女の声は震えた。
(わたくしに触れた痛み……
影の刃の痛み……
全部、公爵さまが……
引き受けてしまったから……)
「……わたくしのせいです……」
シャルロットの手が
カルロスの胸元に触れた、その時。
――じわり。
冷たさが、指先から腕へと伝わる。
影の残滓。
(まだ……呪いが……公爵さまの中で……)
シャルロットは思わず手を離した。
「だめ……!
どうすれば……どうすれば……」
涙が零れ、彼の胸に落ちていく。
そのとき、
カルロスの唇が微かに動いた。
シャルロットは息を呑む。
「……シャ……ル……ロ……ット……」
かすれた声。
痛みを堪える声。
「わたくし……ここにおります……!
どうか……!」
カルロスは目を閉じたまま、
微かに首を振った。
「……離れろ……
お前に……呪いが……」
「離れません!!」
シャルロットは叫んだ。
「どうして……どうしてそんなことを……
あなたを置いていけるわけがありません……!」
涙ながらに、
彼女は夫の額に触れた。
温度がない。
あるべき熱が、どこにもない。
(このままでは……
本当に……命を……)
胸の奥が痛みで張り裂けそうだった。
すると——
散った白百合の花弁が、
ひとりでに舞い上がった。
風もないのに。
白百合の香りが濃くなる。
影の声が、
別邸全体に響くように囁いた。
――「ねえ、シャルロット」
――「彼を助けたいなら……
“取引”をしましょう?」
シャルロットは顔を上げる。
「取引……?」
影の声は優しく、しかし冷たい。
――「彼の体温を戻す方法は一つ。
“本来の妻”の席に戻してあげればいいの」
シャルロットの胸が凍る。
(席……
ミレイユの……言っていた……)
影は続ける。
――「あなたの席は、
もともと“わたしのもの”」
――「あなたがそこから降りれば……
呪いは消える。
カルロス様は助かるわ」
シャルロットの指が震えた。
(わたくしが……
席を譲れば……
公爵さまが……助かる……?)
影は優しい声で語りかける。
――「簡単よね?
あなたがこの家を去ればいいだけ。
もう“妻”を名乗らなければいいだけ」
――「その代わり、
カルロス様は……生きられる」
シャルロットは膝に力が入らなくなった。
(わたくしが……
消えれば……
公爵さまは助かる……)
涙が落ちる。
「そんな……
そんなこと……」
影の声は甘く囁く。
――「ねえ、あなた」
――「カルロス様の命と、
あなたの“席”。
どちらが大事?」
シャルロットは答えられなかった。
そのとき。
カルロスが急に咳込み、
身体を丸める。
「っ……!!」
シャルロットは慌てて抱き寄せた。
「公爵さま!!」
カルロスは震えた声で言った。
「……シャルロット……
影の言葉など……信じるな……
お前が……去るくらいなら……
俺は……」
言い終える前に、
胸の痛みに耐えられず顔を歪める。
――(このままでは……
本当に……命を……!)
シャルロットは、
震える手でカルロスの頬を包み込んだ。
「公爵さま……
お願いです……
どうか……生きてください……!」
涙が彼の頬に落ちる。
その涙が落ちた場所に、
微かに温度が戻った。
(……わたくしの涙……?)
シャルロットは震えた声で呟く。
「わたくし……
あなたを守ります……
たとえ席を奪われようと……
影に囚われようと……
命を懸けても……」
カルロスの指が
かすかに動いた。
触れたい。
抱きしめたい。
けれど、
呪いがそれを許さない。
「……頼む……
離れるな……
俺を……置いていくな……」
シャルロットの涙がまた一滴、
カルロスの胸に落ちた。
その瞬間、
白百合の香りが揺れ、
影の声が遠ざかるように震えた。
――「……その涙……
いや……なぜ……?」
シャルロットは気づかない。
ただただ、
夫の心臓のわずかな鼓動に縋っていた。
影は動揺したように、
静かに呟いた。
――「……どうして……
あなたの涙だけ……
呪いを薄めるの……?」
――「そんなはず……
ないのに……」
夜の別邸で、
シャルロットの涙だけが
カルロスの命の糸を繋いでいた。
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