『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ

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「影の怒り(本妻の涙の意味)」

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シャルロットの涙が
カルロスの胸に落ちるたびに、
白かった痣がかすかに薄くなっていく。

冷え切っていた肌に、
ほんのわずかな温度が戻り始める。

シャルロットは小さく息を吸った。

(……戻ってきている……
 わたくしの涙で……
 公爵さまが……)

そのとき。

――「やめてって言ったでしょう!!」

空気が裂けるような叫びが、
部屋の奥から響いた。

白百合の花弁が散り乱れ、
熱を帯びた影が姿を現す。

ミレイユ——影の娘が、
怒りに震えた目で二人を睨んでいた。

その瞳は、
深い深い闇の底に、
“初めての恐怖”が宿っていた。

「どうしてあなたの涙が……
 “呪い”を弱くするの……?」

シャルロットは答えられなかった。

影の声は震えていた。

――「そんなはずないのよ……
   あなたの涙なんかに……
   力があるなんて……!」

白百合の香りが鋭く変化し、
影の形が不安定に揺れる。

シャルロットはカルロスを抱きしめたまま、
影を静かに見つめた。

「わたくしの涙は……
 ただ……公爵さまを想う気持ちが……
 あふれただけで……」

影の瞳がさらに揺れた。

――「だから嫌なのよ!!
   “想う”なんて……
   そんなこと……
   わたしには出来なかった……!」

シャルロットの胸が痛んだ。

(ミレイユ……
 あなたは……
 愛することを……
 許されなかった娘なのね……)

影は叫ぶ。

――「あなたは奪ったのよ!!
   わたしの席も……
   わたしの名前も……
   わたしの未来も!!」

シャルロットは震える唇で言った。

「わたくしは……
 奪った覚えなど……」

影は怒りで声を震わせる。

――「嘘!!」

――「あなたは知らないだけ……
   あなたは“本妻”に選ばれた……
   わたしではなく……!」

シャルロットは息を呑んだ。

(わたくしが……
 本妻に選ばれた……?
 ミレイユではなく……?
 だからミレイユは……
 “影”として……?)

影は震える肩を抱くように腕を回し、
涙の代わりに白百合の花をふり落とす。

――「本妻の涙だけが……
   呪いを薄める……
   そんな力……
   わたしにはなかった……」

シャルロットは答えた。

「わたくしは……
 あなたの代わりの妻などではありません……」

影は首を振った。
激しく、悲しそうに。

――「違う……
   あなたは“本物”で……
   わたしは……
   最初から“影”だったのよ……!」

その言葉は、
彼女自身の心を裂くような悲痛さを含んでいた。

シャルロットは理解する。

(ミレイユは……
 愛されなかった娘……
 跡継ぎにも、妻にも、誰にも……
 存在の価値を与えられなかった……
 だから“影”として作られた……)

影の怒りが爆発する。

――「だから許せないの!!」

白い花が渦を巻き、
影の吐息が熱を帯びる。

――「どうしてあなたの涙が……
   彼を助けるの……?」

――「どうして……
   あなたじゃなきゃ駄目なの……?」

――「どうして……
   カルロス様は……
   “あなた”を妻として選ぶの……?」

シャルロットは涙で顔を濡らしながら、
抱きしめる腕に力を込めた。

「それは……
 わたくしにも分かりません……
 でも……
 彼はわたくしを選びました……
 その選択に……
 胸を張りたいだけです……」

影は息を呑んだ。

――「胸を張る……?」

シャルロットは震えながら言った。

「“本妻”として……
 この方を守りたいのです……
 この命が尽きても……
 守りたいのです……」

その言葉を聞いた瞬間、
影の瞳から光が消えた。

――「……そんな言葉……
   わたしだって……
   言ってみたかった……」

影は唇を噛んだ。

――「でも……
   わたしはもう……
   “影”になるしかなかった……」

白百合の花が落ちていく。

影の姿が揺れ、歪む。

――「あなたの涙は……
   わたしを溶かす……
   あなたが泣くたびに……
   わたしの存在が……薄くなる……」

――「だから……
   あなたの涙だけは……許さない……!」

その叫びは、
怒りと、悲しみと、
どうしようもない“羨望”が混じった声だった。

影は風のように姿を消した。

白百合の香りだけが残り、
シャルロットは崩れるカルロスを
必死に抱きしめた。

(ミレイユ……
 あなたは……
 愛されることを禁じられた……
 哀しい娘なのね……)

シャルロットの涙がまた落ち、
カルロスの胸をわずかに温めた。
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