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第三章 伯爵令嬢の眼差しと、秘密の援助
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リリーは、広間の中央で、次期公爵クリストファーの姿を見つけた。
正装の軍服に身を包んだ彼は、いつも以上に凛として、近寄りがたいほどの威厳を纏っている。その隣には、伯爵令嬢アメリアが寄り添っていた。
クリスの言葉に微笑む彼女の金色の髪が、濃紺の軍服に映え、ひどく眩しい。
胸の奥が、鉛のように沈む。
――やはり。
彼が守り、未来を託したいと願うのは、この光の中に立つ女性なのだ。
リリーはそう悟り、静かに息を整えた。
意を決し、彼女はカイルを伴って二人へ歩み寄る。
「クリストファー様。アメリア令嬢」
優雅に一礼すると、クリスの視線がリリーを捉えた。
そこに、かつて向けられていた熱はない。あるのは、深い諦念と、押し殺された痛みだけだった。
「リリー夫人、カイル侯爵。ご機嫌麗しく」
形式だけの挨拶。
リリーは微笑みを崩さぬまま、アメリアに向き直る。
「素敵なドレスですわ、アメリア令嬢。今宵の夜会に、これほど相応しい装いはございません。……クリストファー様も、お喜びでしょう」
その言葉は、祝福の形をした刃だった。
――私は、あなた方の関係を認めています。
そう告げているも同然だった。
クリスの表情が、一瞬だけ強張る。
(やはり、そうか)
彼女は、カイル侯爵との地位と立場を守ることを選んだ。
あの手紙の言葉――「私自身の力で解決できる」という一文は、
**「あなたの介入は不要」**という、冷酷な拒絶だったのだ。
クリスは静かに視線をアメリアへ移した。
彼女の戸惑いを帯びた表情を見つめながら、公爵家の後継者としての覚悟を固める。
リリーが侯爵家を選んだのなら。
自分もまた、逃げずに未来を選ばねばならない。
その夜、クリスは密かに侯爵家の財務担当者を呼び出した。
「侯爵家の負債は、すべて公爵家が引き受ける。
処理は極秘で――カイル侯爵の功績として残せ」
冷静な声音の裏に、私情を滲ませることはなかった。
目的は二つ。
一つは、リリーが命を削って守ってきた侯爵家を破綻から救うこと。
もう一つは、すべてを「カイルの手柄」とすることで、
彼女を完全に侯爵の元へ縛りつけ、自分への未練を断ち切らせること。
――彼女の愛が、自分のものでないのなら。
せめて、彼女の生活だけは守ろう。
それが、クリスなりの別れだった。
数日後。
侯爵家の経営が劇的に好転したという報告が、カイルの元に届いた。
背後にある真実を知らない彼は、即座に結論づける。
(あの男が……私の家を、金で買おうとしている)
怒りに駆られ、カイルはリリーの私室へ向かった。
扉を開けた瞬間、彼の視界に映ったのは――
ライラックのブローチを掌に乗せ、見つめるリリーの姿。
血の気が、音を立てて引く。
「リリアーヌ! それは何だ!」
怒声に、リリーははっとして顔を上げた。
「……カイル様、それは……」
「見せろ! 私以外の男からの贈り物だな!
私の金でこの家に住みながら、秘密で愛人と通じ、
挙げ句、その証を私に見せつける気か!」
彼の怒りは、劣等感から生まれた憎悪だった。
リリーが他の男に向ける愛が、彼の存在を否定する。
リリーは、隠しかけたブローチを、静かに下ろした。
「ええ。愛しているのは、あなたではありません」
淡々と、氷のように言い放つ。
「私の夫は、私を嫌っておいでですもの」
それは、真実であり、同時に――
クリスを守るために、自ら悪女になる選択だった。
この瞬間、カイルの胸に渦巻いたのは、
リリーへの嫌悪と、失うことへの微かな恐怖。
二人の間の溝は、もはや言葉では埋められないほど、深く刻まれていくのです。
正装の軍服に身を包んだ彼は、いつも以上に凛として、近寄りがたいほどの威厳を纏っている。その隣には、伯爵令嬢アメリアが寄り添っていた。
クリスの言葉に微笑む彼女の金色の髪が、濃紺の軍服に映え、ひどく眩しい。
胸の奥が、鉛のように沈む。
――やはり。
彼が守り、未来を託したいと願うのは、この光の中に立つ女性なのだ。
リリーはそう悟り、静かに息を整えた。
意を決し、彼女はカイルを伴って二人へ歩み寄る。
「クリストファー様。アメリア令嬢」
優雅に一礼すると、クリスの視線がリリーを捉えた。
そこに、かつて向けられていた熱はない。あるのは、深い諦念と、押し殺された痛みだけだった。
「リリー夫人、カイル侯爵。ご機嫌麗しく」
形式だけの挨拶。
リリーは微笑みを崩さぬまま、アメリアに向き直る。
「素敵なドレスですわ、アメリア令嬢。今宵の夜会に、これほど相応しい装いはございません。……クリストファー様も、お喜びでしょう」
その言葉は、祝福の形をした刃だった。
――私は、あなた方の関係を認めています。
そう告げているも同然だった。
クリスの表情が、一瞬だけ強張る。
(やはり、そうか)
彼女は、カイル侯爵との地位と立場を守ることを選んだ。
あの手紙の言葉――「私自身の力で解決できる」という一文は、
**「あなたの介入は不要」**という、冷酷な拒絶だったのだ。
クリスは静かに視線をアメリアへ移した。
彼女の戸惑いを帯びた表情を見つめながら、公爵家の後継者としての覚悟を固める。
リリーが侯爵家を選んだのなら。
自分もまた、逃げずに未来を選ばねばならない。
その夜、クリスは密かに侯爵家の財務担当者を呼び出した。
「侯爵家の負債は、すべて公爵家が引き受ける。
処理は極秘で――カイル侯爵の功績として残せ」
冷静な声音の裏に、私情を滲ませることはなかった。
目的は二つ。
一つは、リリーが命を削って守ってきた侯爵家を破綻から救うこと。
もう一つは、すべてを「カイルの手柄」とすることで、
彼女を完全に侯爵の元へ縛りつけ、自分への未練を断ち切らせること。
――彼女の愛が、自分のものでないのなら。
せめて、彼女の生活だけは守ろう。
それが、クリスなりの別れだった。
数日後。
侯爵家の経営が劇的に好転したという報告が、カイルの元に届いた。
背後にある真実を知らない彼は、即座に結論づける。
(あの男が……私の家を、金で買おうとしている)
怒りに駆られ、カイルはリリーの私室へ向かった。
扉を開けた瞬間、彼の視界に映ったのは――
ライラックのブローチを掌に乗せ、見つめるリリーの姿。
血の気が、音を立てて引く。
「リリアーヌ! それは何だ!」
怒声に、リリーははっとして顔を上げた。
「……カイル様、それは……」
「見せろ! 私以外の男からの贈り物だな!
私の金でこの家に住みながら、秘密で愛人と通じ、
挙げ句、その証を私に見せつける気か!」
彼の怒りは、劣等感から生まれた憎悪だった。
リリーが他の男に向ける愛が、彼の存在を否定する。
リリーは、隠しかけたブローチを、静かに下ろした。
「ええ。愛しているのは、あなたではありません」
淡々と、氷のように言い放つ。
「私の夫は、私を嫌っておいでですもの」
それは、真実であり、同時に――
クリスを守るために、自ら悪女になる選択だった。
この瞬間、カイルの胸に渦巻いたのは、
リリーへの嫌悪と、失うことへの微かな恐怖。
二人の間の溝は、もはや言葉では埋められないほど、深く刻まれていくのです。
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