孤独な王妃

柴田はつみ

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第八章 王妃の献身と孤独な祈り

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夜の帳が降り、王宮が静寂に包まれる頃、セレフィリアは北棟の自室で、いつものように聖なる器の前に座っていた。



室内に灯る唯一の蝋燭の炎が、彼女の顔に揺れる影を落とす。その横顔には、疲労と、しかし揺るぎない決意が宿っていた。




数日前の魔物襲撃、そして瘴気の拡大の報告は、セレフィリアの心を強く揺さぶっていた。自分の力が弱まっているのではないかという不安。



そして、そのことで国に危機が迫るのではないかという恐れが、彼女の胸を締め付ける。




(私が、もっと強くならなければ……)




彼女は、震える手で聖なる器に触れた。ひやりとした感触が、指先から伝わる。体中の力が、吸い取られるように器へと流れ込んでいくのを感じた。




「セレフィリア様、もう、お休みに……」




リーゼが、心配そうな声で語りかける。彼女の目には、セレフィリアの頬の紅潮と、荒い呼吸がはっきりと見て取れた。




「大丈夫よ、リーゼ。まだ、もう少し……」




セレフィリアは、そう答えるのが精一杯だった。本当は、体が鉛のように重く、今すぐにでも横になりたかった。だが、休むわけにはいかない。




「最近、結界が不安定なのを感じるの。おそらく、瘴気がこれまで以上に濃くなっているせいでしょう。私が、もっと力を注がなければ、民が……」





彼女の言葉には、自分を犠牲にしても国を守りたいという、純粋な願いが込められていた。




幼い頃から、聖女としての使命を教えられ育ったセレフィリアにとって、民の平和こそが、自らの存在意義だった。



「ですが、セレフィリア様のお体が心配です。陛下もきっと……」




リーゼが、レオンハルトの名を口にしようとしたとき、セレフィリアは微かに顔を曇らせた。




「陛下は、マリア様がいらっしゃるわ。マリア様の明るい力こそが、今の民には必要なのだから」



セレフィリアの声には、どこか諦めのような響きがあった。レオンハルトがマリアを伴って慰問に赴き、民が熱狂する姿を思い出す。



それは、確かに国を一つにする光景だった。そして、その光景の中に、自分は決して立つことはできない。そう、彼女は理解していた。




「私は……私にできることを、するだけよ」




そう呟き、セレフィリアは再び、聖なる器に意識を集中させた。彼女の全身から力が絞り出されるように器に注がれ、室内の光の粒子が、わずかに輝きを増す。




その頃、レオンハルトは、執務室で遠征部隊の最終確認を行っていた。書類の山に埋もれながらも、彼の心は常に北棟のセレフィリアの元にあった。




(セレフィリアは、今頃どうしているだろう……)




彼には、痛いほど分かっていた。セレフィリアが、今この瞬間も、国の平和のために自らを削っていることを。彼女の静かな献身を、誰よりも理解していた。




「陛下、ご報告です。北の国境付近で、新たな大型魔物の影が確認されました」





緊急の報告に、レオンハルトの顔が険しくなる。



「何だと……!?」



「おそらく、瘴気の濃さに引き寄せられたものと思われます。住民は既に避難済みですが、このままでは周辺の村々も危険にさらされます」




騎士団長の報告に、レオンハルトは焦りを募らせた。




(急がねば……! セレフィリアが倒れる前に、私がこの状況を打開しなければ……!)




彼は立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。その闇の先に、愛する妻が、孤独に耐えている。




「すぐに、出撃準備を整えろ! 夜が明け次第、影の山脈へ向け出発する!」




レオンハルトの決断は早かった。一刻も早く、魔物の根源を叩き、セレフィリアにかかる負担を軽減したい。



その一心だった。




彼の決意は固いが、心は千々に乱れていた。偽りの寵愛が、どれほど彼女を傷つけているか。



しかし、彼女を守るためには、このすれ違いを演じ続けるしかない。




セレフィリアは、聖なる器から顔を上げた。体の芯から冷え切ったような感覚と、全身を襲う倦怠感。



それでも、結界がわずかに強化されたことを感じ取り、彼女は小さく安堵の息を漏らした。




(陛下、どうかご無事で……)




彼女は、遠い南棟の方角を見つめ、心の中でそっと祈った。彼の行動の真意を知らず、ただ彼の幸せを願うその祈りは、夜の闇に吸い込まれていく。




国を深く思いやる王妃の孤独な献身と、それを守るために心を殺す国王の、切ないすれ違いは、さらに深まっていくのだった。
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