月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ

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第七章 見知らぬ街へ

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アメリアは、王都から遠く離れた港町にいた。身分を隠すため、公爵邸を出てからずっと着ていたマントの下には、質素なリネンのワンピースを着ている。


髪も、いつもの華やかなアップスタイルではなく、一本の三つ編みにして垂らしていた。


(私は…アメリア・ホワイト。ただの一人の女性…)


そう自分に言い聞かせながら、アメリアは、路地裏のパン屋から漂う香ばしい匂いに誘われ、足を止めた。


金貨を一枚渡し、パンをひとつ買う。熱々のパンをかじると、口の中に素朴な小麦の甘みが広がり、彼女の心を少しだけ温めてくれた。



王都では、いつでも望むものが手に入った。しかし、この街では、小さなパン一つにも、人々の暮らしの温かさが宿っているように感じられた。


それは、アメリアが公爵夫人として過ごした一年間には、決して触れることのできなかった世界だった。


アメリアは、宿に戻る道すがら、賑やかな市場を通り抜けた。活気あふれる人々の会話、魚屋の威勢のいい声、子供たちの笑い声。そのすべてが、彼女の心を少しずつ癒していく。



しかし、ふと、その喧騒の中に、レオンハルトの姿を重ねてしまう。


(…もし、レオンハルト様と、こんな風に、二人で街を歩くことができたら…)


そんなあり得ない妄想に、アメリアは胸が締め付けられる思いがした。


「母さん、僕もお手伝いするよ!」


「ありがとう、でも危ないから、あっちで遊んでいなさい」


そんな親子の会話が聞こえてきて、アメリアは、そっと目を閉じた。


その日の夜、アメリアは、一冊の本を手に、宿の小さな窓から港の景色を眺めていた。船の汽笛が遠くで鳴り響き、波の音が、彼女の孤独な心を静かに包み込む。


アメリアは、公爵邸を出てきたことを後悔してはいなかった。しかし、心のどこかで、レオンハルトの言葉を、もう一度だけ聞きたいと願っている自分に気づいていた。


彼の口から、「愛していない」という言葉を、直接聞きたかった。


そうすれば、きっぱりと諦めることができたかもしれない。
しかし、彼は何も言わなかった。ただ、あの女性と、親しげに微笑み合っていただけだ。



(…私は、信じることができなかったのね)


アメリアは、そう自分に言い聞かせた。


(彼の愛は、言葉ではなく、行動で示されるものだと信じていたのに…)


そして、彼女は、レオンハルトが自分以外の誰かに向けた、あの優しい笑顔を思い出し、再び胸が痛くなるのを感じた。



翌朝、アメリアは、街の中心部にある教会を訪れた。そこで、孤児院の運営を手伝っているという女性と出会う。


「あら、見慣れないお顔ですね。旅の方ですか?」


女性は、優しげな笑みを浮かべて、アメリアに話しかけてきた。


「はい。少し、旅をしています」


アメリアは、そう答えながら、女性の顔を見つめた。彼女は、エレナと名乗った。


「もし、よろしければ、教会の孤児院を覗いていきませんか? 元気な子供たちが、たくさんいるのですよ」


エレナの言葉に、アメリアは心が惹かれた。


「…はい、ぜひ」


アメリアが孤児院を訪れると、そこには、たくさんの子供たちが、元気いっぱいに遊んでいた。


「わあ、お姉さんだ! 誰?」


「新しいお手伝いさん?」


子供たちは、アメリアの周りに集まり、口々に質問を浴びせてきた。


その無邪気な瞳に、アメリアは、思わず笑みがこぼれた。


「あら、ごめんなさいね。この子たち、人見知りをしないもので」


エレナが、困ったように微笑んだ。


「いいえ、とても可愛らしい子たちですね」


アメリアは、そう言って、一人の幼い女の子の頭を優しく撫でた。


その女の子は、リリという名前だった。彼女は、アメリアに懐き、その小さな手を握りしめた。その瞬間、アメリアは、心が満たされていくのを感じた。


この子たちのために、何かできることはないだろうか。
アメリアは、そう思い始めた。公爵夫人としての身分を捨てた今、彼女には、何もない。しかし、この子たちに、少しでも幸せな時間を与えたい。



アメリアは、エレナに、孤児院で働くことを申し出た。


「でも、奥様…」


エレナは、アメリアの言葉に、戸惑いを隠せない。しかし、アメリアの瞳に宿る強い決意を見て、彼女は、静かに頷いた。


「…わかりました。奥様…いえ、アメリアさん。どうぞ、ここで、あなたのしたいことをしてください」


その日から、アメリアは、孤児院での新しい生活を始めた。公爵夫人としての華やかな生活とは、かけ離れた質素な日々。


しかし、子供たちの笑顔に囲まれて過ごす時間は、アメリアの心を少しずつ癒していくのだった。
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