『話さない王妃と冷たい王 ―すれ違いの宮廷愛

柴田はつみ

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第13章 真実の告白

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 雨のあと、王都の空は淡く霞んでいた。
 王宮の塔の上から眺める景色は、どこまでも遠く、灰色に沈んでいる。

 アレクシスは机の上の書簡に目を落とした。
 封蝋には、隣国レーヴェルの紋章。
 差出人の名を見て、息をのむ。

 ――イザベル・レーヴェル。

 彼は封を切り、文面を読み進めた。

  「陛下。どうかこの手紙を、王妃殿下のためにお読みください。
   あの夜、王妃殿下が涙を流しておられたことを、私は忘れられません。
   陛下が私に寄り添ったのは、国を守るためであり、私の妹の治療を助けるためでした。
  王妃殿下は、その“慈悲”を“愛”と誤解されたのでしょう。
   けれど、私は知っています。陛下が本当に愛しておられるのは、ただお一人――」

 その一文を読み終えるより早く、
 アレクシスは立ち上がっていた。
 心臓が激しく鳴る。

 「……リディア」

 声が掠れる。
 手紙を握り締めると、白い紙がぐしゃりと音を立てた。

 ――彼女は、真実を知らないまま去っていった。
 ――そして、自分はそれを止めなかった。

 胸の奥で、何かが崩れ落ちる音がした。



 「陛下」
 扉の向こうで侍従が声をかけた。
 「隣国の使者が来ておりますが……」
 「あとにしろ。すぐ出る」

 「どちらへ?」
 「……修道院だ」

 低く答え、外套を羽織る。
 その瞳の奥には、決意の炎が宿っていた。



 その頃、修道院の庭ではリディアが花壇の前に座っていた。
 淡い花々が雨上がりの香りを放つ。
 指先に小さな蕾を摘みながら、静かに祈る。

 「きれいですね」

 背後からカイルの声がした。
 彼は相変わらず無口で、穏やかだった。
 「あなたがここにいると、皆が安心する」
 「そう言っていただけるなら……私も救われます」

 カイルが微かに笑った。
 その笑みに、リディアの胸が少しだけ温かくなる。
 けれど、その奥に沈む痛みは消えなかった。

 「……陛下は、お元気でしょうか」
 不意に漏れた言葉に、カイルは静かに目を伏せた。
 「王都では、雨が続いていると聞きます。
  きっと、お心も晴れてはいないでしょう」

 「……そうね」
 リディアは俯いた。
 「私はまだ、あの人の“沈黙”の意味を理解できないの」

 カイルは少し間を置き、静かに言った。
 「陛下は、あなたを傷つけたことを悔いておられるはずです」

 「もしそうなら……どうして何も言ってくれなかったの?」

 その声が震えた瞬間、修道院の鐘が鳴った。
 低く、長く、夜を告げる音。
 リディアが顔を上げると、門の向こうに一つの影が見えた。



 夕暮れの霧を背に、アレクシスが立っていた。
 外套は濡れ、髪は乱れている。
 それでも、その姿は彼女の記憶の中の王そのものだった。

 「……陛下」
 リディアの声が震える。
 カイルが一歩前に出るが、アレクシスは手を上げて制した。

 「構わない。……彼女に会いに来ただけだ」

 その目は、静かで、けれど深い熱を秘めていた。
 ゆっくりと近づきながら、懐から手紙を取り出す。

 「リディア。これを見てほしい」

 彼女が受け取った紙には、見覚えのある紋章。
 ――イザベル・レーヴェル。

 リディアが震える指で文を追う。
 読み進めるうちに、頬を伝うものがあった。
 涙だった。

 「……これが、真実なのですか」
 「そうだ。俺は、国と命を守るために彼女と行動した。
  けれど、俺が守りたかったのは――君だった」

 リディアは顔を伏せ、嗚咽を漏らした。
 「どうして……もっと早く言ってくれなかったのですか」

 「言葉にすれば、君を縛る気がした。
  王としてではなく、一人の男として君を愛していたのに……
  それを伝える勇気がなかった」

 沈黙。
 雨上がりの風が、三人の間を通り抜ける。

 カイルはその場に立ち尽くし、拳を握りしめていた。
 リディアの涙が、彼の胸を刺す。
 けれど、それ以上何も言わなかった。

 アレクシスが一歩、近づく。
 「……もう一度、君を王妃として迎えたい。
  君がいない王宮は、光を失ったままだ」

 リディアは、ゆっくりと顔を上げた。
 その瞳の奥で、迷いと希望が交錯していた。
 「……私の隣には、あなたの知らない時間があります」

 「知っている。それでもいい。
  君が誰かに守られていたことに、俺は感謝している」

 その視線がカイルに向けられた。
 「……ありがとう。彼女を守ってくれたこと、王として礼を言う」

 カイルは静かに頭を下げた。
 「陛下。私は、王妃殿下の笑顔を見られただけで十分です」

 その声には、もう未練はなかった。
 ただ穏やかな誇りと、静かな痛みがあった。

 リディアが涙を拭いながら言う。
 「……私に、もう一度あなたを信じる勇気があるでしょうか」

 アレクシスはそっと彼女の手を取った。
 「信じなくていい。ただ、隣にいてほしい」

 その瞬間、彼女の頬を伝う涙が、王の手の甲に落ちた。
 その涙は、雨よりも温かかった。



 夜が深まる頃、修道院の鐘が再び鳴った。
 それはまるで、長い沈黙の終わりを告げる鐘のように響いていた。
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