14 / 29
第13章|白薔薇の香
しおりを挟む
その香りを、リーシャは嫌というほど知っている。
白薔薇――清く、冷たく、甘さの少ない香。
王妃になってから、それはいつの間にか“彼女の印”になった。
誰が決めたのかも分からない。けれど王宮は一度決めたものを、二度と解かない。
王妃の髪、王妃の瞳、王妃の微笑――そして、白薔薇の香。
だからこそ。
その香りが、あり得ない場所で濃く漂った瞬間、リーシャの背筋は凍った。
午後の回廊。
窓から差す冬の光は白く、床の石を冷たく磨いている。リーシャは侍女長アグネスと共に、離宮へ続く通路を歩いていた。
離宮では小さな施しの準備が進んでいる。
孤児院へ回す布や薬、冬用の毛布――王妃の名で運ぶ品々の確認だ。
“名で運ぶ”だけで、リーシャの胸は少しだけ痛む。善意が善意のまま通らない場所で、善意の作法だけを演じることになるから。
(でも、今は……やらないと)
やることでしか、立っていられない。
王の隣には立てなくても、王妃としての役目なら果たせる。
そう思った時だった。
回廊の先が騒がしい。
侍女が小走りに駆け、兵が角を曲がる。
そして――空気が変わる。
白薔薇の香が、そこにあった。
甘さのない冷たい香りが、まるで霧のように通路へ流れ出してくる。
リーシャは足を止めた。
手袋の中の指先が、温かいのに冷えていく。
(……どうして?)
白薔薇の香は、リーシャの私室でしか濃くならない。
彼女自身が、香油を使うのは夜だけだ。
それを、この離宮の回廊で――しかも“事件”の匂いとして嗅ぐことになるなんて。
「王妃陛下、こちらは……」
アグネスが半歩前へ出て制するが、リーシャは首を振った。
「行くわ」
声は震えていない。
震えていたら、ここでは負ける。
角を曲がると、小さな控室の前に人だかりができていた。
顔を青くした侍女、囁き合う貴婦人、口元を扇で隠す女たち。
視線が、リーシャへ一斉に刺さる。
“来たわ”
“王妃が”
“ほら、香りが――”
囁きが花粉みたいに舞う。
リーシャが扉に近づくと、中から侍医エレナが出てきた。
白い衣が少し乱れている。額には薄い汗。彼女はリーシャを見るなり、すぐに膝を折って礼をした。
「王妃陛下」
「何があったの」
エレナは一瞬迷い、声を低くした。
「離宮の準備室で、下働きの娘が倒れました。意識が戻りません」
倒れた。
意識が戻らない。
リーシャは胸の奥がずしりと重くなるのを感じた。
しかしそれ以上に――鼻腔に残る白薔薇の香が、彼女を刺した。
「……香りがする」
言ってしまった。
言ってしまったから、周囲の目がさらに動く。
エレナは小さく頷いた。
「ええ。……白薔薇の香が、衣服と髪に残っていました」
衣服と髪。
つまり、ただ香が漂っているのではなく、倒れた娘そのものに付着している。
(……私が触れたみたいに?)
リーシャは唇の裏を噛みそうになり、すぐに止めた。
痛みを作れば涙が近くなる。
扉の隙間から、控室の中が見える。
簡素な寝台。
倒れた娘は白い布を掛けられ、顔だけが少し見えた。
その頬は青白い。
(私のせいじゃない)
心が先に叫ぶ。
けれど王宮では、心の叫びは証拠にならない。
証拠になるのは“香り”だ。
「王妃陛下」
背後から、柔らかな声がした。
振り向かなくても分かる。
セレスだ。
彼女は人だかりを割るように近づき、悲しげに眉を下げた。
その表情は“心配”の形をしている。だからこそ恐ろしい。
「なんてこと……。お可哀想に」
セレスの視線が、倒れた娘の方へ滑る。
そして一瞬だけ、リーシャの手袋に落ちた。
「王妃様……ここには、白薔薇の香が」
その言い方が、まるで偶然の発見みたいで。
まるで、真実を見つけてしまったみたいで。
リーシャの胸の奥で、冷たい火が点いた。
(言葉の使い方が上手い)
セレスは断定しない。
断定しないことで、周囲が勝手に断定する。
「王妃様のお香りは、宮廷では有名ですものね」
有名。
その言葉が、首に鎖をかける。
リーシャは微笑を作った。
王妃の微笑。
怒りも動揺も見せないための微笑。
「……私の香りではないわ。白薔薇は王宮中にある」
嘘ではない。
装飾用の薔薇、香袋、蝋燭。
けれど“香油”の白薔薇は別物だ。濃度が違う。残り方が違う。
エレナが小さく口を開いた。
「香りは……香油に近いです。長く残る種類の」
その瞬間、周囲の空気が確かに変わった。
扇が揃って上がる。
視線が“疑い”に染まる。
リーシャの背中に冷たい汗が浮かぶ。
(香油……?)
香油を知っているのは限られた者だけ。
リーシャ本人、侍女長アグネス、香の管理係。
そして――盗める者。
「王妃陛下」
アグネスが低く言った。
その声には焦りが混じっている。
「香油の瓶を、今朝……確認したでしょうか」
リーシャの胸が小さく沈む。
確認していない。
昨日から監視と噂と挨拶で、香油どころではなかった。
香油はいつも、鏡台の引き出しにある。そこにあるはずのものだと思っていた。
(……盗まれた?)
言葉にする前に、また別の声が割り込んだ。
「陛下にお知らせしなければ」
宰相府の男――文官の一人が、さも正しいことを言う顔で呟いた。
その“正しさ”が、リーシャの胃を冷やす。
知らせる。
報告する。
編集される。
“王妃の香油が事件現場にあった”
“王妃の香りが倒れた娘からした”
“王妃は最近、情緒不安定で――”
物語は簡単に作れる。
リーシャは目を伏せた。
白薔薇の香が濃い。
濃すぎる。
(……これは、仕掛けだ)
仕掛けられている。
でも、誰が。
宰相?
セレス?
それとも、噂屋のための燃料?
リーシャの胸に、国王の顔が浮かんだ。
冷たい瞳。短い声。
“勝手なことはするな”と言った口。
もしこの香りが国王の耳に入ったら。
国王は――私を疑うのだろうか。
それとも、守るためにさらに遠ざけるのだろうか。
どちらでも同じだ。
届かない。
私の言葉は届かない。
リーシャは、倒れた娘の寝台へ視線を向けた。
白い布の端から見える指先が小さく震えている気がした。
生きている。まだ生きている。
(助けなきゃ)
それだけは、噂でも体面でもない。
人が倒れているなら、助ける。
リーシャは一歩踏み出した。
人だかりがざわつく。
「王妃様、触れては――」
誰かが止める。
“証拠が付く”と言いたいのだろう。
王宮では、命より証拠が大切だ。
リーシャは止まらなかった。
寝台の脇に立ち、布越しに娘の額に手を当てる。
熱はない。冷たい。
そして確かに、白薔薇の香油の匂いがする。
(……やっぱり)
胸の奥が重くなる。
これは偶然ではない。
わざと付けられている。
リーシャは振り返り、エレナを見る。
「助かるの」
エレナは迷いなく頷いた。
「助けます。……けれど、原因を突き止めねば同じことが起こります」
リーシャは小さく息を吐いた。
「原因を突き止めて」
言い切った瞬間、背後の視線がさらに鋭くなる。
“王妃が指示した”
“王妃が仕切った”
“王妃は動揺していない”
動揺していないのは、強いからではない。
動揺しても、許されないからだ。
セレスがまた、柔らかい声で言う。
「王妃様……お一人で背負わないでください。陛下に――」
陛下に。
その言葉が、リーシャの胸を刺す。
陛下に言えば、守ってくれる?
いいえ。
陛下は“秩序”で私を守る。
つまり、私から距離を取る。
リーシャは微笑のまま言った。
「陛下はお忙しい方です。私のことで煩わせたくありません」
その瞬間、セレスの目がほんの僅かに光った。
喜びでも勝利でもない。
“予定通り”の光。
リーシャは、その光を見ないふりをした。
見たら、怒りが生まれる。怒りは負けだ。
回廊の奥で、足音が止まった。
サシャの気配。
監視の影。報告の影。
(これも報告される)
“王妃は事件現場にいた”
“王妃の香りがあった”
“王妃は娘に触れた”
“王妃は陛下に知らせるのを拒んだ”
悪意の文章は、いくらでも作れる。
リーシャは手袋の中で指を揃え、背筋を伸ばした。
そして、誰にも聞こえない声で自分に言い聞かせる。
(今日から、隣に立たない)
隣に立てば、疑いが深まる。
近づけば、傷つく。
遠ざかれば、疑われる。
――詰んでいるのは分かっている。
でも、詰んでいるなら、せめて。
人が倒れている時だけは、王妃として正しいことをしたい。
リーシャは寝台の娘をもう一度見た。
白薔薇の香りが、薄い布に染みている。
その香りが、今や“罪の印”になるのだと――
王宮は平然と教えてくる。
そしてリーシャは知る。
これは始まりだ。
白薔薇の香は、これから何度でも現れる。
どこにでも、いつでも。
“王妃の罪”を作るために。
白薔薇――清く、冷たく、甘さの少ない香。
王妃になってから、それはいつの間にか“彼女の印”になった。
誰が決めたのかも分からない。けれど王宮は一度決めたものを、二度と解かない。
王妃の髪、王妃の瞳、王妃の微笑――そして、白薔薇の香。
だからこそ。
その香りが、あり得ない場所で濃く漂った瞬間、リーシャの背筋は凍った。
午後の回廊。
窓から差す冬の光は白く、床の石を冷たく磨いている。リーシャは侍女長アグネスと共に、離宮へ続く通路を歩いていた。
離宮では小さな施しの準備が進んでいる。
孤児院へ回す布や薬、冬用の毛布――王妃の名で運ぶ品々の確認だ。
“名で運ぶ”だけで、リーシャの胸は少しだけ痛む。善意が善意のまま通らない場所で、善意の作法だけを演じることになるから。
(でも、今は……やらないと)
やることでしか、立っていられない。
王の隣には立てなくても、王妃としての役目なら果たせる。
そう思った時だった。
回廊の先が騒がしい。
侍女が小走りに駆け、兵が角を曲がる。
そして――空気が変わる。
白薔薇の香が、そこにあった。
甘さのない冷たい香りが、まるで霧のように通路へ流れ出してくる。
リーシャは足を止めた。
手袋の中の指先が、温かいのに冷えていく。
(……どうして?)
白薔薇の香は、リーシャの私室でしか濃くならない。
彼女自身が、香油を使うのは夜だけだ。
それを、この離宮の回廊で――しかも“事件”の匂いとして嗅ぐことになるなんて。
「王妃陛下、こちらは……」
アグネスが半歩前へ出て制するが、リーシャは首を振った。
「行くわ」
声は震えていない。
震えていたら、ここでは負ける。
角を曲がると、小さな控室の前に人だかりができていた。
顔を青くした侍女、囁き合う貴婦人、口元を扇で隠す女たち。
視線が、リーシャへ一斉に刺さる。
“来たわ”
“王妃が”
“ほら、香りが――”
囁きが花粉みたいに舞う。
リーシャが扉に近づくと、中から侍医エレナが出てきた。
白い衣が少し乱れている。額には薄い汗。彼女はリーシャを見るなり、すぐに膝を折って礼をした。
「王妃陛下」
「何があったの」
エレナは一瞬迷い、声を低くした。
「離宮の準備室で、下働きの娘が倒れました。意識が戻りません」
倒れた。
意識が戻らない。
リーシャは胸の奥がずしりと重くなるのを感じた。
しかしそれ以上に――鼻腔に残る白薔薇の香が、彼女を刺した。
「……香りがする」
言ってしまった。
言ってしまったから、周囲の目がさらに動く。
エレナは小さく頷いた。
「ええ。……白薔薇の香が、衣服と髪に残っていました」
衣服と髪。
つまり、ただ香が漂っているのではなく、倒れた娘そのものに付着している。
(……私が触れたみたいに?)
リーシャは唇の裏を噛みそうになり、すぐに止めた。
痛みを作れば涙が近くなる。
扉の隙間から、控室の中が見える。
簡素な寝台。
倒れた娘は白い布を掛けられ、顔だけが少し見えた。
その頬は青白い。
(私のせいじゃない)
心が先に叫ぶ。
けれど王宮では、心の叫びは証拠にならない。
証拠になるのは“香り”だ。
「王妃陛下」
背後から、柔らかな声がした。
振り向かなくても分かる。
セレスだ。
彼女は人だかりを割るように近づき、悲しげに眉を下げた。
その表情は“心配”の形をしている。だからこそ恐ろしい。
「なんてこと……。お可哀想に」
セレスの視線が、倒れた娘の方へ滑る。
そして一瞬だけ、リーシャの手袋に落ちた。
「王妃様……ここには、白薔薇の香が」
その言い方が、まるで偶然の発見みたいで。
まるで、真実を見つけてしまったみたいで。
リーシャの胸の奥で、冷たい火が点いた。
(言葉の使い方が上手い)
セレスは断定しない。
断定しないことで、周囲が勝手に断定する。
「王妃様のお香りは、宮廷では有名ですものね」
有名。
その言葉が、首に鎖をかける。
リーシャは微笑を作った。
王妃の微笑。
怒りも動揺も見せないための微笑。
「……私の香りではないわ。白薔薇は王宮中にある」
嘘ではない。
装飾用の薔薇、香袋、蝋燭。
けれど“香油”の白薔薇は別物だ。濃度が違う。残り方が違う。
エレナが小さく口を開いた。
「香りは……香油に近いです。長く残る種類の」
その瞬間、周囲の空気が確かに変わった。
扇が揃って上がる。
視線が“疑い”に染まる。
リーシャの背中に冷たい汗が浮かぶ。
(香油……?)
香油を知っているのは限られた者だけ。
リーシャ本人、侍女長アグネス、香の管理係。
そして――盗める者。
「王妃陛下」
アグネスが低く言った。
その声には焦りが混じっている。
「香油の瓶を、今朝……確認したでしょうか」
リーシャの胸が小さく沈む。
確認していない。
昨日から監視と噂と挨拶で、香油どころではなかった。
香油はいつも、鏡台の引き出しにある。そこにあるはずのものだと思っていた。
(……盗まれた?)
言葉にする前に、また別の声が割り込んだ。
「陛下にお知らせしなければ」
宰相府の男――文官の一人が、さも正しいことを言う顔で呟いた。
その“正しさ”が、リーシャの胃を冷やす。
知らせる。
報告する。
編集される。
“王妃の香油が事件現場にあった”
“王妃の香りが倒れた娘からした”
“王妃は最近、情緒不安定で――”
物語は簡単に作れる。
リーシャは目を伏せた。
白薔薇の香が濃い。
濃すぎる。
(……これは、仕掛けだ)
仕掛けられている。
でも、誰が。
宰相?
セレス?
それとも、噂屋のための燃料?
リーシャの胸に、国王の顔が浮かんだ。
冷たい瞳。短い声。
“勝手なことはするな”と言った口。
もしこの香りが国王の耳に入ったら。
国王は――私を疑うのだろうか。
それとも、守るためにさらに遠ざけるのだろうか。
どちらでも同じだ。
届かない。
私の言葉は届かない。
リーシャは、倒れた娘の寝台へ視線を向けた。
白い布の端から見える指先が小さく震えている気がした。
生きている。まだ生きている。
(助けなきゃ)
それだけは、噂でも体面でもない。
人が倒れているなら、助ける。
リーシャは一歩踏み出した。
人だかりがざわつく。
「王妃様、触れては――」
誰かが止める。
“証拠が付く”と言いたいのだろう。
王宮では、命より証拠が大切だ。
リーシャは止まらなかった。
寝台の脇に立ち、布越しに娘の額に手を当てる。
熱はない。冷たい。
そして確かに、白薔薇の香油の匂いがする。
(……やっぱり)
胸の奥が重くなる。
これは偶然ではない。
わざと付けられている。
リーシャは振り返り、エレナを見る。
「助かるの」
エレナは迷いなく頷いた。
「助けます。……けれど、原因を突き止めねば同じことが起こります」
リーシャは小さく息を吐いた。
「原因を突き止めて」
言い切った瞬間、背後の視線がさらに鋭くなる。
“王妃が指示した”
“王妃が仕切った”
“王妃は動揺していない”
動揺していないのは、強いからではない。
動揺しても、許されないからだ。
セレスがまた、柔らかい声で言う。
「王妃様……お一人で背負わないでください。陛下に――」
陛下に。
その言葉が、リーシャの胸を刺す。
陛下に言えば、守ってくれる?
いいえ。
陛下は“秩序”で私を守る。
つまり、私から距離を取る。
リーシャは微笑のまま言った。
「陛下はお忙しい方です。私のことで煩わせたくありません」
その瞬間、セレスの目がほんの僅かに光った。
喜びでも勝利でもない。
“予定通り”の光。
リーシャは、その光を見ないふりをした。
見たら、怒りが生まれる。怒りは負けだ。
回廊の奥で、足音が止まった。
サシャの気配。
監視の影。報告の影。
(これも報告される)
“王妃は事件現場にいた”
“王妃の香りがあった”
“王妃は娘に触れた”
“王妃は陛下に知らせるのを拒んだ”
悪意の文章は、いくらでも作れる。
リーシャは手袋の中で指を揃え、背筋を伸ばした。
そして、誰にも聞こえない声で自分に言い聞かせる。
(今日から、隣に立たない)
隣に立てば、疑いが深まる。
近づけば、傷つく。
遠ざかれば、疑われる。
――詰んでいるのは分かっている。
でも、詰んでいるなら、せめて。
人が倒れている時だけは、王妃として正しいことをしたい。
リーシャは寝台の娘をもう一度見た。
白薔薇の香りが、薄い布に染みている。
その香りが、今や“罪の印”になるのだと――
王宮は平然と教えてくる。
そしてリーシャは知る。
これは始まりだ。
白薔薇の香は、これから何度でも現れる。
どこにでも、いつでも。
“王妃の罪”を作るために。
321
あなたにおすすめの小説
貴方が私を嫌う理由
柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。
その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。
カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。
――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。
幼馴染であり、次期公爵であるクリス。
二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。
長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。
実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。
もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。
クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。
だからリリーは、耐えた。
未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。
しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。
クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。
リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。
――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。
――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。
真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ある辺境伯の後悔
だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。
父親似だが目元が妻によく似た長女と
目元は自分譲りだが母親似の長男。
愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。
愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。
婚約破棄された公爵令嬢は心を閉ざして生きていく
おいどん
恋愛
「アメリアには申し訳ないが…婚約を破棄させてほしい」
私はグランシエール公爵家の令嬢、アメリア・グランシエール。
決して誰かを恨んだり、憎んだりしてはいけない。
苦しみを胸の奥に閉じ込めて生きるアメリアの前に、元婚約者の従兄、レオナールが現れる。
「俺は、アメリアの味方だ」
「では、残された私は何のためにいるのですか!?」
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい
冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」
婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。
ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。
しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。
「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」
ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。
しかし、ある日のこと見てしまう。
二人がキスをしているところを。
そのとき、私の中で何かが壊れた……。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる