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第13章 リリアナの涙
翌朝、レイン侯爵邸の客室で目を覚ましたセシリアは、しばらく天井を見上げていた。
いつもの自室ではない。アーヴェル伯爵家の冷たい空気も、お父様が朝食の席で新聞を畳む音も、クラリスが何かを面白がるように笑う声も聞こえない。窓の外からは、庭師が庭木を整える穏やかな音がかすかに届いている。
昨夜は、思っていたより眠ることができた。
公爵邸でリリアナがレオナードにすがっていた光景は、まだ胸の奥に残っている。思い出せば苦しくなる。けれど、レイン侯爵邸に来てから、オリヴィア叔母様はセシリアを責めなかった。エドガーも、怒りは見せたが、セシリアの判断を急かさなかった。
それだけで、心が少し休まったのだと思う。
テレサが控えめに扉を叩き、朝の支度のために入ってきた。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
「大丈夫よ。昨日よりは落ち着いているわ」
「それならよかったです。オリヴィア様が、朝食はお部屋でも食堂でも、お嬢様のお好きな方でよいとおっしゃっていました」
「では、食堂へ伺うわ。叔母様にきちんとお礼を申し上げたいもの」
セシリアは淡い藤色のドレスに着替えた。派手ではないが、レイン侯爵家の客人として失礼にならない装いだった。髪飾りは小さな銀のものだけにし、鏡の中の自分を確認する。
顔色は、まだ少し青白い。
それでも、昨日のように胸が締めつけられる感じは少し薄れていた。
食堂へ向かうと、オリヴィア叔母様とエドガーがすでに席についていた。二人はセシリアを見ると、いつもと同じように迎えてくれた。昨夜の出来事に触れすぎず、かといって何もなかったように扱うわけでもない。その距離の取り方がありがたかった。
「よく眠れたかしら、セシリア」
「はい。おかげさまで。急に泊めていただいて、本当にありがとうございました」
「礼はいいのよ。あなたが休める場所としてこの家を思い出してくれたなら、それだけで十分です」
エドガーが、焼きたてのパンをセシリアの皿へ置いた。
「食べられそう?」
「ええ。昨日よりは」
「それなら安心した。公爵からは、朝のうちに使いが来ると思う。昨日、母が会うのは事実を整理してから伝えるはずだから、すぐ押しかけてくることはないはずだ」
「公爵様は、そういうところは守ってくださると思います」
「そこを信じられるなら、まだ完全に見限ってはいないんだね」
エドガーの言葉は穏やかだったが、核心を突いていた。
セシリアは、すぐには答えず、紅茶のカップを手に取った。
「見限るかどうかを、今すぐ決められないだけです」
「それでいいと思うよ」
エドガーは無理に続けなかった。
オリヴィア叔母様は、セシリアの様子を見ながら静かに言った。
「今日は、あなたがどうするかを決める日ではありません。公爵閣下がどう言うお考えか見る日です。リリアナ嬢の罠だったとしても、公爵閣下が不用意だったことは変わりません。その両方を分けて考えなさい」
「はい、叔母様」
「そして、あなたが傷ついたことも、なかったことにしてはいけません」
セシリアは、ゆっくり頷いた。
傷ついたと認めるのは、まだ少し怖かった。けれど、認めなければ、また同じように平気な顔をして公爵家へ通うことになる。それはもうできない。
完璧な妻にはならない。
そう言った以上、自分の心を押し殺してまで都合よく笑う必要はなかった。
その頃、グランフォード公爵邸では、レオナードがリリアナを正式に呼び出していた。
応接室ではなく、来客用の小会議室だった。広い机を挟み、レオナードの隣にはクラウスが控えている。客人をもてなす場ではなく、事実を確認するための場だと、部屋に入った瞬間に分かるようにしていた。
リリアナは薄い水色のドレスをまとい、顔色を悪く見せるよう化粧を控えめにしていた。昨日の件で傷ついた令嬢として振る舞うつもりなのだろう。
だが、レオナードは彼女の涙を見なかった。
「リリアナ。昨日の件について確認する」
「レオナード様、私、本当に具合が悪かっただけですの。セシリア様に誤解されてしまって、私もとても苦しくて」
「まず質問に答えなさい。君は昨日、セシリア嬢の到着時刻を複数の使用人に確認したな」
リリアナの指先が膝の上でわずかに動いた。
「ご挨拶をしたかっただけですわ。王女殿下の茶会で、少し気まずい思いをさせてしまいましたから」
「そのために、マリアにも、別の侍女にも、到着時刻を聞く必要があったのか」
「私は、ただ」
「次に、応接室の扉だ。クラウスが退出した時、扉は閉まっていた。ロゼッタは、君が一度扉を開けて廊下を確認し、その後、完全には閉めずに戻ったところを見ている」
リリアナは、すぐに首を振った。
「違います。私、そんなつもりではありませんでした。少し息苦しくなって、廊下の空気を入れたかっただけです」
「昨日、医師は君に大きな異常はないと判断した」
「心の苦しさは、医師には分かりませんわ」
「そうだな。だが、心が苦しいことと、婚約者に誤解させる状況を作ることは別だ」
リリアナの瞳に涙が浮かんだ。
以前なら、その涙を見ただけでレオナードは言葉を和らげていたかもしれない。だが、今は違う。涙に流されれば、またセシリアを傷つけることになる。
リリアナは、震える声で言った。
「レオナード様は、もう私のことを信じてくださらないのですね」
「信じるために、事実を確認している」
「事実、事実とおっしゃいますけれど、私の気持ちはどうなるのですか。私はずっと、レオナード様のおそばにいました。あなたがお疲れの時も、苦しい時も、誰よりも早く気づいてきました。それなのに、今はセシリア様のお言葉ばかり信じて」
「セシリア嬢の言葉ばかりを信じているのではない。君の行動を確認している」
「私が悪いとおっしゃるのですか」
「昨日の件については、君が意図的に状況を作ったと判断している」
リリアナの顔から、血の気が引いた。
彼女は震える唇で、必死に笑みを作ろうとした。
「ひどいですわ、レオナード様。私がそんな卑しいことをする女だとお思いなのですか」
「思いたくはなかった」
レオナードの声は低かった。
「だが、私はこれまで、君に甘すぎた。君が私のそばにいることを当然のように許し、周囲がどう見るかを考えず、君にも誤解を与えた。その責任は私にある。だが、だからといって、君がセシリア嬢を傷つけていい理由にはならない」
「私は、セシリア様を傷つけるつもりなど」
「ならば、なぜ彼女の到着に合わせて私にすがった」
リリアナは言葉を失った。
クラウスが机の上に一枚の紙を置いた。
「こちらは、昨日の使用人たちの証言をまとめたものでございます。リリアナ様がセシリア様の到着時刻を確認されたこと、扉が開いたままになっていたこと、そして体調不良を訴えられた後、医師が大きな異常なしと判断したことを記しております」
リリアナは、その紙を見ようとしなかった。
レオナードは続けた。
「今後、君が公爵邸へ来る場合は、必ず事前の約束を必要とする。執務室、書類室、私的な区画への立ち入りは認めない。応接室で会う場合も、必ずクラウスかロゼッタを控えさせる」
「まるで、罪人のように扱うのですね」
「婚約者を傷つける罠を仕掛けた疑いがある以上、当然の対応だ」
「疑い、ですか。では、まだ決めつけてはいないのですね」
リリアナはそこに逃げ道を見つけたように顔を上げた。
だが、レオナードは静かに言った。
「君が認めなくても、私は同じ対応を取る」
その言葉で、リリアナの表情が崩れた。
「どうして……どうしてそこまでセシリア様を大切になさるのですか。あの方は、あなたを愛しているとは言わないのでしょう? 完璧な妻にもならない、好きなように生きるとおっしゃるのでしょう? 私なら、あなたのおそばにいます。あなたが望むなら、いつだって」
「リリアナ」
レオナードは、彼女の言葉を遮った。
「私は、私に合わせて自分を消す女性を望んでいるわけではない」
リリアナの瞳が揺れた。
「君が私のそばにいた時間が長いことは事実だ。私がそれを曖昧に許してきたことも事実だ。だが、私は君を妻に選ばなかった。そして、これからも選ばない」
「そんな」
「君が私の優しさを、自分の立場を示すために使うなら、私はその優しさごと改める」
リリアナは、ぽろぽろと涙をこぼした。
けれど、レオナードは席を立って慰めには行かなかった。
クラウスに視線を向ける。
「ベルク子爵家へ馬車の準備を。リリアナ嬢の体調が悪いようなら、医師を同行させる」
「承知いたしました」
「レオナード様」
リリアナは、泣きながら立ち上がった。
「私は、ずっとあなたを大切に思っていました。あなたが孤独だった時も、私だけはそばにいたのに」
「そのことには感謝している」
「感謝では足りませんわ」
「感謝以上のものを、私は君に渡せない」
リリアナは、その言葉を受けた瞬間、涙に濡れた顔の奥に強い悔しさを浮かべた。
彼女は深く礼をした。
「分かりましたわ。今日は失礼いたします」
声は震えていたが、完全には折れていない。
リリアナが部屋を出ていくと、クラウスは静かに扉を閉めた。
レオナードは椅子に座ったまま、しばらく机の上の証言書を見ていた。
「クラウス」
「はい」
「この内容を、セシリア嬢へ届ける。私の謝罪文も添える」
「承知いたしました」
「ただし、会いたいとは書かない。彼女が会えると思えるまで待つ」
クラウスは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「その方がよろしいかと存じます」
レオナードは深く息を吐いた。
「私は、また遅れたのだな」
「閣下」
「昨日、リリアナがセシリア嬢の到着時刻を気にしていると知った時点で、会うべきではなかった。会うとしても、クラウスを同席させるべきだった。私は分かっていたつもりで、まだ甘かった」
「お気づきになったのであれば、次に変えられます」
「次があれば、だ」
その言葉には、レオナード自身の不安がにじんでいた。
セシリアが次をくれる保証はない。
だからこそ、言葉だけでは足りない。行動を重ねるしかなかった。
一方、レイン侯爵邸では、セシリアがオリヴィアと共に、公爵家から届いた証言書を読んでいた。
そこには、昨日の出来事が簡潔にまとめられていた。
リリアナがセシリアの到着時刻を複数回確認していたこと。
応接室の扉を一度開け、廊下を確認していたこと。
扉が完全には閉められていなかったこと。
体調不良について医師が大きな異常なしと判断したこと。
今後、リリアナの公爵邸への出入りには制限を設けること。
そして、最後にレオナードの手紙が添えられていた。
君が見たものは、私が作ったものではない。だが、私が防げたはずのものだった。
リリアナが君の到着時刻を気にしていると知りながら、私は十分な対策を取らなかった。
君が信じるための材料を渡せなかったことを、言い訳するつもりはない。
今後、同じことを起こさないために、リリアナとの距離を明確に改める。
会いたいとは、今は言わない。君が会えると思えるまで、私は行動で示す。
セシリアは、その手紙を読み終えた後、しばらく何も言わなかった。
オリヴィアは、セシリアに考える時間を与えるように、隣で静かに茶を飲んでいた。
「叔母様」
「何かしら」
「公爵様は、今回はきちんと動いてくださったのですね」
「そうね。少なくとも、自分の言い訳より先に、事実と対策を示したのは悪くないわ」
「悪くない、ですか」
「ええ。けれど、それであなたがすぐ許す必要はありません」
セシリアは頷いた。
「はい。まだ許せません。けれど、手紙を読んで、少しだけ呼吸が楽になりました」
「それは、信じるための材料が一つ届いたからでしょう」
セシリアは、手紙をそっと畳んだ。
レオナードは、言い訳をしなかった。
自分は悪くないとも、リリアナだけが悪いとも書かなかった。防げたはずだったと認め、二度と起こさないための対応を示した。
それは、セシリアが求めていたものに近かった。
それでも、胸の痛みが消えたわけではない。
昨日見た光景は、まだ残っている。
「叔母様。わたくし、公爵様に返事を書きます」
「会うの?」
「いいえ。まだ会いません」
「それでいいわ」
セシリアは机に向かい、便箋を広げた。
言葉を選びながら、丁寧に書いていく。
証言書とご対応について、確かに拝見いたしました。
公爵様が事実を整え、今後の対策を示してくださったことには感謝いたします。
ですが、昨日わたくしが見た光景と、その時に受けた傷がすぐに消えるわけではございません。
しばらくは、公爵邸への訪問を控えさせていただきます。
支援に関する確認は、クラウスを通じて進めます。
公爵様の今後のお考えと行動を、少し離れた場所から見せていただきます。
書き終えると、セシリアは封をした。
オリヴィアが頷いた。
「よく書けているわ。冷たすぎず、甘すぎず、あなたの傷もきちんと伝わる」
「伝わるでしょうか」
「伝えるのよ。相手が受け取るかどうかは、相手の責任です」
セシリアは、その言葉に背中を押されるように、手紙を使いに託した。
その頃、ベルク子爵家では、リリアナが自室で母ダリアに泣きついていた。
ダリア・ベルク夫人は、娘の話を聞きながら、扇を強く握っていた。優雅な夫人として社交界では知られているが、今の顔には計算高さがはっきり出ていた。
「レオナード様が、私を遠ざけるとおっしゃったのです。公爵邸へ行くにも約束が必要だなんて。まるで私が悪者のように」
「あなた、やり方を急ぎすぎたわね」
「お母様まで、私を責めるのですか」
「責めているのではありません。相手を見誤ったと言っているのよ。セシリア様は、ただ泣いて身を引く令嬢ではなかった。そしてレオナード様も、思ったより早く態度を改め始めている」
リリアナは涙を拭い、悔しそうに唇を噛んだ。
「では、どうすればよろしいのですか。このままでは、セシリア様が本当に公爵夫人になってしまいます」
「まだ婚約者でしょう」
「でも、レオナード様は私を選ばないとおっしゃいました」
ダリアは、そこで冷たく笑った。
「男の言葉は、状況で変わるものです。それに、セシリア様本人を動かせないなら、別のところを動かせばいいのよ」
「別のところ?」
「アーヴェル伯爵です」
リリアナは顔を上げた。
ダリアは扇を開き、ゆっくりと言った。
「セシリア様のお父様は、公爵家との縁を何より大切にしているはず。娘が公爵様に強く出すぎている、このままでは婚約が壊れるかもしれない。そう伝えれば、必ず焦るでしょう」
「お父様を使って、セシリア様を抑えるのですね」
「使うなどと言ってはいけません。助言するのです。公爵家との縁を守るために、娘を少し大人しくさせた方がよい、と」
リリアナの目に、再び光が戻った。
「セシリア様は、お父様には逆らいにくいのでしょうか」
「貴族の娘は、家に逆らいにくいものです。ましてや政略結婚ならなおさらよ」
ダリアは、娘の頬にそっと触れた。
「泣くのは、人を選びなさい。レオナード様にはもう効きにくくなったのなら、次はアーヴェル伯爵に訴えるのです。可哀想なあなたを見せる相手を変えればいいだけよ」
リリアナはゆっくり頷いた。
「分かりましたわ、お母様」
その声には、まだ涙の名残があった。
けれど、その奥には別の感情が混じっていた。
セシリアを直接動かせないなら、セシリアを縛る家を使う。
そう決めたリリアナは、再び可憐な笑みを取り戻していた。
その夜、レイン侯爵邸でセシリアは、レオナードから届いた証言書をもう一度読み返していた。
許せない気持ちは、まだある。
けれど、公爵が逃げずに事実を整えたことも分かった。
レオナードを完全に信じるには、まだ早い。
しかし、彼がリリアナの涙を以前のようには受け入れなかったことは、確かな一歩だった。
セシリアは、便箋を箱にしまった。
自分は完璧な妻にはならない。
傷ついても笑って戻る婚約者にもならない。
けれど、相手が本当に行動で示すなら、その事実だけは見落とさずにいたい。
そう思った時、廊下の向こうから、オリヴィアが使用人に何かを指示する声が聞こえた。
お父様から、明日には帰るようにとの使いが来たらしい。
セシリアは静かに心を落ち着かせた。
公爵邸の問題だけでは終わらない。
次に向き合うべき相手は、きっとお父様だ。
自分を家の道具として扱う人に、今度こそ何を言うべきなのか。
セシリアは、その答えを考えながら、膝の上で手を重ねた。
いつもの自室ではない。アーヴェル伯爵家の冷たい空気も、お父様が朝食の席で新聞を畳む音も、クラリスが何かを面白がるように笑う声も聞こえない。窓の外からは、庭師が庭木を整える穏やかな音がかすかに届いている。
昨夜は、思っていたより眠ることができた。
公爵邸でリリアナがレオナードにすがっていた光景は、まだ胸の奥に残っている。思い出せば苦しくなる。けれど、レイン侯爵邸に来てから、オリヴィア叔母様はセシリアを責めなかった。エドガーも、怒りは見せたが、セシリアの判断を急かさなかった。
それだけで、心が少し休まったのだと思う。
テレサが控えめに扉を叩き、朝の支度のために入ってきた。
「お嬢様、お加減はいかがですか」
「大丈夫よ。昨日よりは落ち着いているわ」
「それならよかったです。オリヴィア様が、朝食はお部屋でも食堂でも、お嬢様のお好きな方でよいとおっしゃっていました」
「では、食堂へ伺うわ。叔母様にきちんとお礼を申し上げたいもの」
セシリアは淡い藤色のドレスに着替えた。派手ではないが、レイン侯爵家の客人として失礼にならない装いだった。髪飾りは小さな銀のものだけにし、鏡の中の自分を確認する。
顔色は、まだ少し青白い。
それでも、昨日のように胸が締めつけられる感じは少し薄れていた。
食堂へ向かうと、オリヴィア叔母様とエドガーがすでに席についていた。二人はセシリアを見ると、いつもと同じように迎えてくれた。昨夜の出来事に触れすぎず、かといって何もなかったように扱うわけでもない。その距離の取り方がありがたかった。
「よく眠れたかしら、セシリア」
「はい。おかげさまで。急に泊めていただいて、本当にありがとうございました」
「礼はいいのよ。あなたが休める場所としてこの家を思い出してくれたなら、それだけで十分です」
エドガーが、焼きたてのパンをセシリアの皿へ置いた。
「食べられそう?」
「ええ。昨日よりは」
「それなら安心した。公爵からは、朝のうちに使いが来ると思う。昨日、母が会うのは事実を整理してから伝えるはずだから、すぐ押しかけてくることはないはずだ」
「公爵様は、そういうところは守ってくださると思います」
「そこを信じられるなら、まだ完全に見限ってはいないんだね」
エドガーの言葉は穏やかだったが、核心を突いていた。
セシリアは、すぐには答えず、紅茶のカップを手に取った。
「見限るかどうかを、今すぐ決められないだけです」
「それでいいと思うよ」
エドガーは無理に続けなかった。
オリヴィア叔母様は、セシリアの様子を見ながら静かに言った。
「今日は、あなたがどうするかを決める日ではありません。公爵閣下がどう言うお考えか見る日です。リリアナ嬢の罠だったとしても、公爵閣下が不用意だったことは変わりません。その両方を分けて考えなさい」
「はい、叔母様」
「そして、あなたが傷ついたことも、なかったことにしてはいけません」
セシリアは、ゆっくり頷いた。
傷ついたと認めるのは、まだ少し怖かった。けれど、認めなければ、また同じように平気な顔をして公爵家へ通うことになる。それはもうできない。
完璧な妻にはならない。
そう言った以上、自分の心を押し殺してまで都合よく笑う必要はなかった。
その頃、グランフォード公爵邸では、レオナードがリリアナを正式に呼び出していた。
応接室ではなく、来客用の小会議室だった。広い机を挟み、レオナードの隣にはクラウスが控えている。客人をもてなす場ではなく、事実を確認するための場だと、部屋に入った瞬間に分かるようにしていた。
リリアナは薄い水色のドレスをまとい、顔色を悪く見せるよう化粧を控えめにしていた。昨日の件で傷ついた令嬢として振る舞うつもりなのだろう。
だが、レオナードは彼女の涙を見なかった。
「リリアナ。昨日の件について確認する」
「レオナード様、私、本当に具合が悪かっただけですの。セシリア様に誤解されてしまって、私もとても苦しくて」
「まず質問に答えなさい。君は昨日、セシリア嬢の到着時刻を複数の使用人に確認したな」
リリアナの指先が膝の上でわずかに動いた。
「ご挨拶をしたかっただけですわ。王女殿下の茶会で、少し気まずい思いをさせてしまいましたから」
「そのために、マリアにも、別の侍女にも、到着時刻を聞く必要があったのか」
「私は、ただ」
「次に、応接室の扉だ。クラウスが退出した時、扉は閉まっていた。ロゼッタは、君が一度扉を開けて廊下を確認し、その後、完全には閉めずに戻ったところを見ている」
リリアナは、すぐに首を振った。
「違います。私、そんなつもりではありませんでした。少し息苦しくなって、廊下の空気を入れたかっただけです」
「昨日、医師は君に大きな異常はないと判断した」
「心の苦しさは、医師には分かりませんわ」
「そうだな。だが、心が苦しいことと、婚約者に誤解させる状況を作ることは別だ」
リリアナの瞳に涙が浮かんだ。
以前なら、その涙を見ただけでレオナードは言葉を和らげていたかもしれない。だが、今は違う。涙に流されれば、またセシリアを傷つけることになる。
リリアナは、震える声で言った。
「レオナード様は、もう私のことを信じてくださらないのですね」
「信じるために、事実を確認している」
「事実、事実とおっしゃいますけれど、私の気持ちはどうなるのですか。私はずっと、レオナード様のおそばにいました。あなたがお疲れの時も、苦しい時も、誰よりも早く気づいてきました。それなのに、今はセシリア様のお言葉ばかり信じて」
「セシリア嬢の言葉ばかりを信じているのではない。君の行動を確認している」
「私が悪いとおっしゃるのですか」
「昨日の件については、君が意図的に状況を作ったと判断している」
リリアナの顔から、血の気が引いた。
彼女は震える唇で、必死に笑みを作ろうとした。
「ひどいですわ、レオナード様。私がそんな卑しいことをする女だとお思いなのですか」
「思いたくはなかった」
レオナードの声は低かった。
「だが、私はこれまで、君に甘すぎた。君が私のそばにいることを当然のように許し、周囲がどう見るかを考えず、君にも誤解を与えた。その責任は私にある。だが、だからといって、君がセシリア嬢を傷つけていい理由にはならない」
「私は、セシリア様を傷つけるつもりなど」
「ならば、なぜ彼女の到着に合わせて私にすがった」
リリアナは言葉を失った。
クラウスが机の上に一枚の紙を置いた。
「こちらは、昨日の使用人たちの証言をまとめたものでございます。リリアナ様がセシリア様の到着時刻を確認されたこと、扉が開いたままになっていたこと、そして体調不良を訴えられた後、医師が大きな異常なしと判断したことを記しております」
リリアナは、その紙を見ようとしなかった。
レオナードは続けた。
「今後、君が公爵邸へ来る場合は、必ず事前の約束を必要とする。執務室、書類室、私的な区画への立ち入りは認めない。応接室で会う場合も、必ずクラウスかロゼッタを控えさせる」
「まるで、罪人のように扱うのですね」
「婚約者を傷つける罠を仕掛けた疑いがある以上、当然の対応だ」
「疑い、ですか。では、まだ決めつけてはいないのですね」
リリアナはそこに逃げ道を見つけたように顔を上げた。
だが、レオナードは静かに言った。
「君が認めなくても、私は同じ対応を取る」
その言葉で、リリアナの表情が崩れた。
「どうして……どうしてそこまでセシリア様を大切になさるのですか。あの方は、あなたを愛しているとは言わないのでしょう? 完璧な妻にもならない、好きなように生きるとおっしゃるのでしょう? 私なら、あなたのおそばにいます。あなたが望むなら、いつだって」
「リリアナ」
レオナードは、彼女の言葉を遮った。
「私は、私に合わせて自分を消す女性を望んでいるわけではない」
リリアナの瞳が揺れた。
「君が私のそばにいた時間が長いことは事実だ。私がそれを曖昧に許してきたことも事実だ。だが、私は君を妻に選ばなかった。そして、これからも選ばない」
「そんな」
「君が私の優しさを、自分の立場を示すために使うなら、私はその優しさごと改める」
リリアナは、ぽろぽろと涙をこぼした。
けれど、レオナードは席を立って慰めには行かなかった。
クラウスに視線を向ける。
「ベルク子爵家へ馬車の準備を。リリアナ嬢の体調が悪いようなら、医師を同行させる」
「承知いたしました」
「レオナード様」
リリアナは、泣きながら立ち上がった。
「私は、ずっとあなたを大切に思っていました。あなたが孤独だった時も、私だけはそばにいたのに」
「そのことには感謝している」
「感謝では足りませんわ」
「感謝以上のものを、私は君に渡せない」
リリアナは、その言葉を受けた瞬間、涙に濡れた顔の奥に強い悔しさを浮かべた。
彼女は深く礼をした。
「分かりましたわ。今日は失礼いたします」
声は震えていたが、完全には折れていない。
リリアナが部屋を出ていくと、クラウスは静かに扉を閉めた。
レオナードは椅子に座ったまま、しばらく机の上の証言書を見ていた。
「クラウス」
「はい」
「この内容を、セシリア嬢へ届ける。私の謝罪文も添える」
「承知いたしました」
「ただし、会いたいとは書かない。彼女が会えると思えるまで待つ」
クラウスは、ほんの少しだけ表情を和らげた。
「その方がよろしいかと存じます」
レオナードは深く息を吐いた。
「私は、また遅れたのだな」
「閣下」
「昨日、リリアナがセシリア嬢の到着時刻を気にしていると知った時点で、会うべきではなかった。会うとしても、クラウスを同席させるべきだった。私は分かっていたつもりで、まだ甘かった」
「お気づきになったのであれば、次に変えられます」
「次があれば、だ」
その言葉には、レオナード自身の不安がにじんでいた。
セシリアが次をくれる保証はない。
だからこそ、言葉だけでは足りない。行動を重ねるしかなかった。
一方、レイン侯爵邸では、セシリアがオリヴィアと共に、公爵家から届いた証言書を読んでいた。
そこには、昨日の出来事が簡潔にまとめられていた。
リリアナがセシリアの到着時刻を複数回確認していたこと。
応接室の扉を一度開け、廊下を確認していたこと。
扉が完全には閉められていなかったこと。
体調不良について医師が大きな異常なしと判断したこと。
今後、リリアナの公爵邸への出入りには制限を設けること。
そして、最後にレオナードの手紙が添えられていた。
君が見たものは、私が作ったものではない。だが、私が防げたはずのものだった。
リリアナが君の到着時刻を気にしていると知りながら、私は十分な対策を取らなかった。
君が信じるための材料を渡せなかったことを、言い訳するつもりはない。
今後、同じことを起こさないために、リリアナとの距離を明確に改める。
会いたいとは、今は言わない。君が会えると思えるまで、私は行動で示す。
セシリアは、その手紙を読み終えた後、しばらく何も言わなかった。
オリヴィアは、セシリアに考える時間を与えるように、隣で静かに茶を飲んでいた。
「叔母様」
「何かしら」
「公爵様は、今回はきちんと動いてくださったのですね」
「そうね。少なくとも、自分の言い訳より先に、事実と対策を示したのは悪くないわ」
「悪くない、ですか」
「ええ。けれど、それであなたがすぐ許す必要はありません」
セシリアは頷いた。
「はい。まだ許せません。けれど、手紙を読んで、少しだけ呼吸が楽になりました」
「それは、信じるための材料が一つ届いたからでしょう」
セシリアは、手紙をそっと畳んだ。
レオナードは、言い訳をしなかった。
自分は悪くないとも、リリアナだけが悪いとも書かなかった。防げたはずだったと認め、二度と起こさないための対応を示した。
それは、セシリアが求めていたものに近かった。
それでも、胸の痛みが消えたわけではない。
昨日見た光景は、まだ残っている。
「叔母様。わたくし、公爵様に返事を書きます」
「会うの?」
「いいえ。まだ会いません」
「それでいいわ」
セシリアは机に向かい、便箋を広げた。
言葉を選びながら、丁寧に書いていく。
証言書とご対応について、確かに拝見いたしました。
公爵様が事実を整え、今後の対策を示してくださったことには感謝いたします。
ですが、昨日わたくしが見た光景と、その時に受けた傷がすぐに消えるわけではございません。
しばらくは、公爵邸への訪問を控えさせていただきます。
支援に関する確認は、クラウスを通じて進めます。
公爵様の今後のお考えと行動を、少し離れた場所から見せていただきます。
書き終えると、セシリアは封をした。
オリヴィアが頷いた。
「よく書けているわ。冷たすぎず、甘すぎず、あなたの傷もきちんと伝わる」
「伝わるでしょうか」
「伝えるのよ。相手が受け取るかどうかは、相手の責任です」
セシリアは、その言葉に背中を押されるように、手紙を使いに託した。
その頃、ベルク子爵家では、リリアナが自室で母ダリアに泣きついていた。
ダリア・ベルク夫人は、娘の話を聞きながら、扇を強く握っていた。優雅な夫人として社交界では知られているが、今の顔には計算高さがはっきり出ていた。
「レオナード様が、私を遠ざけるとおっしゃったのです。公爵邸へ行くにも約束が必要だなんて。まるで私が悪者のように」
「あなた、やり方を急ぎすぎたわね」
「お母様まで、私を責めるのですか」
「責めているのではありません。相手を見誤ったと言っているのよ。セシリア様は、ただ泣いて身を引く令嬢ではなかった。そしてレオナード様も、思ったより早く態度を改め始めている」
リリアナは涙を拭い、悔しそうに唇を噛んだ。
「では、どうすればよろしいのですか。このままでは、セシリア様が本当に公爵夫人になってしまいます」
「まだ婚約者でしょう」
「でも、レオナード様は私を選ばないとおっしゃいました」
ダリアは、そこで冷たく笑った。
「男の言葉は、状況で変わるものです。それに、セシリア様本人を動かせないなら、別のところを動かせばいいのよ」
「別のところ?」
「アーヴェル伯爵です」
リリアナは顔を上げた。
ダリアは扇を開き、ゆっくりと言った。
「セシリア様のお父様は、公爵家との縁を何より大切にしているはず。娘が公爵様に強く出すぎている、このままでは婚約が壊れるかもしれない。そう伝えれば、必ず焦るでしょう」
「お父様を使って、セシリア様を抑えるのですね」
「使うなどと言ってはいけません。助言するのです。公爵家との縁を守るために、娘を少し大人しくさせた方がよい、と」
リリアナの目に、再び光が戻った。
「セシリア様は、お父様には逆らいにくいのでしょうか」
「貴族の娘は、家に逆らいにくいものです。ましてや政略結婚ならなおさらよ」
ダリアは、娘の頬にそっと触れた。
「泣くのは、人を選びなさい。レオナード様にはもう効きにくくなったのなら、次はアーヴェル伯爵に訴えるのです。可哀想なあなたを見せる相手を変えればいいだけよ」
リリアナはゆっくり頷いた。
「分かりましたわ、お母様」
その声には、まだ涙の名残があった。
けれど、その奥には別の感情が混じっていた。
セシリアを直接動かせないなら、セシリアを縛る家を使う。
そう決めたリリアナは、再び可憐な笑みを取り戻していた。
その夜、レイン侯爵邸でセシリアは、レオナードから届いた証言書をもう一度読み返していた。
許せない気持ちは、まだある。
けれど、公爵が逃げずに事実を整えたことも分かった。
レオナードを完全に信じるには、まだ早い。
しかし、彼がリリアナの涙を以前のようには受け入れなかったことは、確かな一歩だった。
セシリアは、便箋を箱にしまった。
自分は完璧な妻にはならない。
傷ついても笑って戻る婚約者にもならない。
けれど、相手が本当に行動で示すなら、その事実だけは見落とさずにいたい。
そう思った時、廊下の向こうから、オリヴィアが使用人に何かを指示する声が聞こえた。
お父様から、明日には帰るようにとの使いが来たらしい。
セシリアは静かに心を落ち着かせた。
公爵邸の問題だけでは終わらない。
次に向き合うべき相手は、きっとお父様だ。
自分を家の道具として扱う人に、今度こそ何を言うべきなのか。
セシリアは、その答えを考えながら、膝の上で手を重ねた。
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