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第八章:焦燥の王宮、あるいは冷え切った寝所
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アリアとカイルが辺境へと去った後の王都。
勝利の美酒に酔いしれるはずだったセシルの目論見は、
思いもよらぬ障壁によって、静かに狂い始めていた。
王宮の回廊に、苛立ちに響んだヒールの音が硬く響く。
彼女の向かう先は、レオンが執務を行う離宮――
姉を追い払い、ついに「正しい位置」に立ったはずの自分を、彼に認めさせるための場所だ。
だが、彼女を待っていたのは、拒絶ですらない。
無関心という名の、冷たい壁だった。
「レオン様。お疲れではありませんか?」
セシルは完璧な微笑を浮かべ、執務室の扉を開く。
「庭園で摘んだばかりの果実を、用意させましたの」
しかし、机に向かうレオンは顔を上げない。
彼の視線が注がれているのは、書類でも政務でもなかった。
――アリアが使っていた古い羽ペン。
――彼女の癖が残る、書きかけの書類の束。
「……そこに置いておけ」
低く、冷たい声。
「今は、誰とも話したくない」
その一言に、セシルの胸の奥で何かが軋んだ。
それでも彼女は笑みを崩さず、背後からレオンに歩み寄る。
「いつまで、あの裏切り者のことを想っていらっしゃるのです?」
囁くような声。
「お姉様は今頃、あの不実な騎士と辺境で睦み合っておりますわ。
……レオン様。貴方の隣に立つべきなのは、もう私しかいないでしょう?」
セシルの指先が、彼の耳元に触れようとした、その瞬間――。
レオンは、反射的にその手を振り払った。
「触るなと言ったはずだ」
立ち上がった彼の瞳には、かつてアリアに向けていた柔らかな光はない。
そこにあるのは、空虚と、抑えきれない苛立ちだけだった。
「……セシル。君は妹だ」
淡々と、切り捨てるように言う。
「アリアを失った今、君にまで不快な思いはさせたくない。
だが、それ以上の関係を私に求めるな」
「……妹?」
セシルの声が裏返る。
「冗談ではありませんわ!」
完璧だった天使の仮面が、音を立てて崩れ落ちる。
「お姉様は、もう二度と戻りません!
国民も、貴族も、次期王妃として私を望んでいる!」
彼女はレオンの胸倉を掴み、至近距離で言い放つ。
「貴方は独りでは戴冠できない。
この国を統べるには――私との婚約が必要なのです」
それは、愛の告白ではない。
逃げ場のない、冷酷な脅迫だった。
「一週間後。建国祭の夜に、私たちの婚約を正式に発表してください」
唇を歪め、囁く。
「……さもなければ、辺境にいる二人の
“処刑命令書”に、私が王代理として署名することになりますわ」
沈黙。
レオンの頬が、屈辱にぴくりと震えた。
それを見て、セシルは満足げに微笑む。
彼の耳元に、かつてアリアが好んだ清廉なリリーとは正反対の、
毒々しく甘い香水の香りを残し、部屋を去っていった。
一人残されたレオンは、震える左手で拳を握りしめる。
セシルから贈られた指輪が、肉に食い込む。
そして――
それを、そのまま机に叩きつけた。
「……アリア」
掠れた声。
「なぜ、私を裏切った。
なぜ……私を一人にした……」
それは憎しみか。
それとも、今さら気づいた後悔か。
執務室の影から、そのすべてを冷たく見つめる密偵の視線があった。
セシルが張り巡らせた監視の網は、
すでに王都だけでなく――レオンの心そのものをも、檻の中に閉じ込め始めていた。
勝利の美酒に酔いしれるはずだったセシルの目論見は、
思いもよらぬ障壁によって、静かに狂い始めていた。
王宮の回廊に、苛立ちに響んだヒールの音が硬く響く。
彼女の向かう先は、レオンが執務を行う離宮――
姉を追い払い、ついに「正しい位置」に立ったはずの自分を、彼に認めさせるための場所だ。
だが、彼女を待っていたのは、拒絶ですらない。
無関心という名の、冷たい壁だった。
「レオン様。お疲れではありませんか?」
セシルは完璧な微笑を浮かべ、執務室の扉を開く。
「庭園で摘んだばかりの果実を、用意させましたの」
しかし、机に向かうレオンは顔を上げない。
彼の視線が注がれているのは、書類でも政務でもなかった。
――アリアが使っていた古い羽ペン。
――彼女の癖が残る、書きかけの書類の束。
「……そこに置いておけ」
低く、冷たい声。
「今は、誰とも話したくない」
その一言に、セシルの胸の奥で何かが軋んだ。
それでも彼女は笑みを崩さず、背後からレオンに歩み寄る。
「いつまで、あの裏切り者のことを想っていらっしゃるのです?」
囁くような声。
「お姉様は今頃、あの不実な騎士と辺境で睦み合っておりますわ。
……レオン様。貴方の隣に立つべきなのは、もう私しかいないでしょう?」
セシルの指先が、彼の耳元に触れようとした、その瞬間――。
レオンは、反射的にその手を振り払った。
「触るなと言ったはずだ」
立ち上がった彼の瞳には、かつてアリアに向けていた柔らかな光はない。
そこにあるのは、空虚と、抑えきれない苛立ちだけだった。
「……セシル。君は妹だ」
淡々と、切り捨てるように言う。
「アリアを失った今、君にまで不快な思いはさせたくない。
だが、それ以上の関係を私に求めるな」
「……妹?」
セシルの声が裏返る。
「冗談ではありませんわ!」
完璧だった天使の仮面が、音を立てて崩れ落ちる。
「お姉様は、もう二度と戻りません!
国民も、貴族も、次期王妃として私を望んでいる!」
彼女はレオンの胸倉を掴み、至近距離で言い放つ。
「貴方は独りでは戴冠できない。
この国を統べるには――私との婚約が必要なのです」
それは、愛の告白ではない。
逃げ場のない、冷酷な脅迫だった。
「一週間後。建国祭の夜に、私たちの婚約を正式に発表してください」
唇を歪め、囁く。
「……さもなければ、辺境にいる二人の
“処刑命令書”に、私が王代理として署名することになりますわ」
沈黙。
レオンの頬が、屈辱にぴくりと震えた。
それを見て、セシルは満足げに微笑む。
彼の耳元に、かつてアリアが好んだ清廉なリリーとは正反対の、
毒々しく甘い香水の香りを残し、部屋を去っていった。
一人残されたレオンは、震える左手で拳を握りしめる。
セシルから贈られた指輪が、肉に食い込む。
そして――
それを、そのまま机に叩きつけた。
「……アリア」
掠れた声。
「なぜ、私を裏切った。
なぜ……私を一人にした……」
それは憎しみか。
それとも、今さら気づいた後悔か。
執務室の影から、そのすべてを冷たく見つめる密偵の視線があった。
セシルが張り巡らせた監視の網は、
すでに王都だけでなく――レオンの心そのものをも、檻の中に閉じ込め始めていた。
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