五年越しの再会と、揺れる恋心

第三章 揺れる心と第三者の存在

洋介が社長に就任してから、千尋は彼の前で完璧な秘書を演じ続けた。感情を表に出さず、ただ業務を遂行する。

しかし、洋介は時折、千尋をじっとみつめることがあった。その視線に、千尋の心臓は不規則なリズムを刻んだ。

「春山さん、この資料、確認を」

オフィスで二人きりになった時、洋介が声をかけた。差し出された資料を受け取ろうとした瞬間、洋介の指が千尋の指に触れた。

その暖かさに、千尋は思わず手を引っ込めた。

「すみません！」

慌てて謝る千尋に、洋介は何も言わず、ただ静かに資料を渡した。彼の表情は、相変わらず冷静だったが、千尋には彼の瞳の奥に、何か複雑な感情が宿っているように見えた。

そんな千尋の心の揺れに気づかないはずがない人物がいた。

恋人の中田和也だ。

「千尋、最近、元気ないんじゃないか？社長が代わって、忙しいのか？」

ある日のデート中、和也は心配そうに千尋の顔を覗き込んだ。和也の優しさは、千尋の心を癒してくれる。しかし、同時に、洋介の存在が、千尋の心をざわつかせる。

「ううん、大丈夫だよ。慣れない仕事で、ちょっと疲れてるだけ」

千尋は、笑顔で誤魔化した。和也には、洋介との過去を話してない。話せるはずも、なかった。自分がかつて、「振られた」と思っていた相手と、まさか職場で再会し、しかも彼の秘書として働くことになろうとは。


しかし、千尋の心は、洋介の出現によって確実に変化していた。和也と過ごす穏やかな時間は心地よい。

だが、洋介といると、胸が締め付けられるような痛みと、同時に、彼に認められたいという、かつての感情が蘇ってくるのを感じる。

ある日の夜、洋介が残業している千尋に声をかけた。

「春山さん、まだ残るのか？」

「はい。少し片付けが残っていますので」

「無理はするな。身体を壊したら元も子もない」

彼の言葉は、以前の洋介の優しさを思いださせた。千尋は、思わず尋ねた。

「あの‥広瀬社長は、どうしてあの時、急にいなくなってしまったのですか‥？」

その言葉は、千尋が五年もの間、ずっと胸に秘めていた問いだった。

洋介の顔から、一瞬にして表情が消え失せた。彼の瞳の奥に、深い悲しみが宿ったように見えた。

「‥君には、関係のないことだ」

洋介の冷たい返事に、千尋は思わず息を飲んだ。そして、自分は、本当に彼に捨てられたのだと、再び突きつけられた気がした。

だが、その言葉の裏に隠された洋介の真意を、千尋はまだ知らなかった。そして、彼の心を深く傷つけていた「ある出来事」が、二人の運命をすれ違わせたことを、彼女は知る由もなかった。

千尋の心は、優しい和也との安定した関係と、忘れられない洋介への複雑な感情の間で、激しく揺れ動いていた。

この三角関係の行方は、まだ誰にも予測出来なかった。