悪魔に捧げる鎮魂歌 -Black Cross-

紫月音湖(旧HN/月音)

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第1部

背徳螺旋

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 金色の髪をした優しい聖者の葬式は、冷たい雨に弔われて静かに行われた。



 誰からも好かれていた彼は、最期に人々の信望を失い、数少ない友人たちによってさみしく見送られようとしていた。
 まだらに佇む、黒い影。慰めにもならない讃美歌は、小さな雨音にさえ掻き消されていく。
 神聖な輝きを放つ銀の十字架を刻む、重く厚い黒の棺。その中に眠る遺体は、生前の彼の姿を少しも留めないただの肉の塊にすぎない。
 潔癖すぎるほどの白。神を象る十字架。死者を慰める讃美歌も、すべては彼の中で生まれ育まれていた。そう思えるほど彼は誰よりも清らかで、そして純粋に優しかった。

 それなのに。



『――――レベッカ』



 彼は最期に、自らの罪を告白して逝ってしまった。


『どうか、私の罪を許さないで下さい』


 彼の美しい筆跡で書かれた手紙は、教会の奥に造られた神父の自室で見つかった。
 買ってきたばかりの紅茶を飲みながら他愛ない会話を交わしていたあのテーブルの上に、その手紙は読まれる事を望むように開かれて置かれていた。


『私は、決して許されない罪を犯しました』


 鮮血に染められた聖堂を凝視したまま、レベッカはどれだけそこに立ち尽くしていただろう。右手に握りしめていた剣がずり落ちて、静かな闇に金属音を響かせていく。それでもレベッカは、まだ正気を取り戻せないでいた。


『聖職者でありながら、この身は誰よりも穢れていたのです』


 数時間前まで言葉を交わしていたはずなのに。その熱は、確かにそこにあったのに。
 今レベッカの目の前にその姿を晒しているのは、もうあの優しかった神父ではなかった。神父でも、ましてや人でもなかったのだ。


『ひとりの女性を、愛しました』


 瞳の奥を突き刺す残酷な光景。
 むせかえるような、濃い血臭。
 赤い塊に突き刺さる、細い黒の十字架。
 そこに、レベッカが知っているものは何ひとつなかった。

 声を出そうとして、咳き込んだ。咳き込んだ拍子に、視界が歪む。
 意識のはるか遠くで、神父の声が聞こえたような気がした。


『彼女を誰にも渡したくないと思いました。浅ましい思いに打ち勝つ事が出来ず、私は闇に堕ちてしまったのです』


 気がついた時には、あらん限りの声を振り絞って絶叫していた。何も考えることなど出来なかった。ただ、ただ泣き喚くことしか出来なかった。


『自分の欲望を満たす為に悪魔と契約をし、毎夜快楽の夢を貪りました。抵抗しても、芽生えてしまった思いの前では、私はただの男にすぎなかったのです』


 闇を吹き飛ばす朝日が町を照らす頃、レベッカは駆けつけた自警団によって気絶しているところを保護された。そして、神父の懺悔を記した手紙が発見されたのである。
 肉塊と成り果てた、神父の遺体と共に。


『最期に彼女を汚すことなく逝けた事だけが、闇に堕ちた私に許されたたったひとつの救いでした』


 若い女性を襲った殺人鬼。それは、エレンシアにおいて誰からも信頼されていた、心優しき神父であった。
 事件の真相に驚く者や失望する者は少なくなく、彼の葬式に参列したのはごく僅かな友人たちだけで、天も彼を許さないかのように冷たい雨を落していた。


『多くの罪なき命を奪いました。償っても、私の罪は消えることはないでしょう』


 埋葬される彼の棺を、レベッカはひとりで静かに見つめていた。その瞳は棺に向けられているようで、実際は何も映し出してはいない。虚ろな瞳によみがえるのは、穏やかに微笑む神父の姿それだけだった。

 もう戻らない彼の姿。
 彼の声。
 彼の微笑み。
 白い部分も黒い部分も、真実の姿をすべて飲み込んで、彼は冷たい土に埋もれようとしていた。


『私は愚かな自分を許す事が出来ません。だからどうか……どうか貴女も私を許さないで下さい。貴女の声も涙も、私には要らない。貴女の慰めを知ったら、きっと私はまた救いを求めて光に手を伸ばしてしまうだろうから』


 神父は、未来永劫に苦しむ事を願った。


『私は暗い闇の底で、許されない罪を永遠に償い続けます。それが私に残された、ただひとつの道なのです』


 物悲しい鐘の音が、冷たい雨に濡れた町に響き渡る。
 灰色の空に飛び立つカラスの群れを見上げたレベッカの白い頬を、涙が一粒滑るように零れ落ちていった。


『私には許されない言葉です。けれど……貴女に会えて、良かった』



 ――――レベッカ。



『どうか、私を忘れて下さい』

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