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第2章 にゃんだふるライフ
共同生活
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「どうしてこう、お前はいつも厄介事を持ち込むんだ」
結局レフィスはユリシスに連れられて、再び彼の部屋に戻って来ていた。
「私だって好きで猫になったんじゃないわよ」
「俺だって好きでお前と過ごすわけじゃない」
返された言葉に胸を痛ませたレフィスが、目を大きく見開いて床の上で硬直した。そんなレフィスに気付きもせず、ユリシスは上着を脱いで、いつもの倍疲れた体をベッドの上に投げ出した。
「……悪かったと思ってるわよ。皆に迷惑かけて……」
明らかに落ち込んだ声音に、ユリシスがベッドに寝転んだまま顔だけを床へと向ける。レフィスは俯いたまま、床の上にちょこんと座っていた。人間の姿で言うなら、きっと正座しているだろう。
「ちょっとお金が入用で……焦ってたの。でもこれでおいしい話には裏がある事を勉強したわ」
「……その年で学習する事か」
呆れた声音に恐る恐る顔を上げると、ベッドに寝転んでいたはずのユリシスがいつのまにかそこに腰掛けて、床上のレフィスを真っ直ぐに見つめていた。
「何で金が必要なんだ」
「……えっと……宿を、追い出されちゃって」
「馬鹿か」
即答。
「何、その即答ぶり!」
「呆れていた」
「呆れるような事は何もないわよ! 冒険者になる前からベルズにはいたんだもの。バイトしてても出費は重なるの! やっと冒険者になれたって思ったのに、報酬は全部前に泊まってたとこの宿代に消えちゃうし」
言いながら、自分の惨めさに涙まで出そうになる。
冒険者を目指し、夢を沢山抱えてベルズに来た。しかし道のりは険しく、やっとの思いで冒険者になれたのはいいが、ランクはコーラルにも満たない石っころ。仲間と一緒に任務をこなせど、石っころのレフィスが貰える手取りは他の三人よりもはるかに少なかった。
宿賃も払えず、毎日が死活問題と向かい合わせの中で、目の前のユリシスは自分よりもはるかにいい部屋を借り、明日の食事の心配をしなくてもいい環境にいる。
そこまで考えて、レフィスは更に自分で自分をどん底に突き落としてしまった。
「……何だか物凄く惨めになってきた。宿は追い出されるわ、猫になるわ……散々」
どよーんとした空気を背負ったまま部屋の片隅へ移動し、レフィスが壁に頭を押し付けたままいじけ始めた。
「大体何でこんないい宿に泊まってるのよ。部屋は広いし綺麗だしお風呂ついてるし……神様は不公平だわ」
「壁際でいじけるな。キノコが生える」
「生えないわよ!」
むっとして振り向いたレフィスの視界が、くんっと上昇した。まるで空を飛ぶような浮遊感。一瞬の事で何が起こったのか分からなかったレフィスだが、めまぐるしく変化する視界が落ち着いた頃には、自分の居場所も正確に判断する事が出来た。
「うわっ! 何っ、ユリシス?」
「疲れた。少し寝る」
そう言ったユリシスは、レフィスを抱いたまま再びベッドに横になっている。至って平然に、何の躊躇いもなくレフィスを腕に抱いている。勿論、猫のままだが。
「暴れるな」
「そう言われても……」
「あったかいからな」
ぽつりと呟かれたそれに、高鳴りかけていた鼓動がぴたりと止まる。人間であるより女であるより猫であるより、今のレフィスはユリシスにとってただの湯たんぽ代わりでしかなかった。
「どうせ体温高いですよ!」
憎まれ口を叩きつつも、レフィスはそこから動こうとはしなかった。湯たんぽ代わりにはいい気分がしなかったが、ユリシスの腕の中は不本意ながらも居心地が良い。
頭の上から聞こえるかすかな笑いに、レフィスもいつの間にか穏やかな気分になっていった。
「今度目を覚ました時、また元に戻ってたら……その時は覚悟しておけよ」
ぎょっとして開いた口は、ユリシスの大きな手のひらに塞がれて、レフィスはとうとう最後まで反論する事が出来なかった。
目を覚ましたのは深夜近くだった。
眠ったのが夕方少し前。我ながらよく寝たものだと、レフィスはベッドの中で大きく伸びをする。
「ユリシス?」
ぼやけた意識のまま名を呼んだが、返事は返って来なかった。
のろのろとベッドから顔を出し、部屋の中を見回してみる。人の気配のない部屋は闇に包まれていて、レフィスはその暗闇の大きさに体をかすかに震わせた。
「ユリシス? いないの?」
返事がない事を知りながら、闇に向かってそう問いかける。ベッド脇のテーブルには、冷めたミルクが置いていた。
「どこに行ったのかしら」
さほど気にしない様子で呟いて、レフィスは自分の為に用意されていたミルクをありがたく頂戴した。
夜中に出かけるユリシスの事が全く気にならないわけではなかったが、それほど重要な事でもないのだろうと、この時まではまだ深く考える事はなかった。
しかしその次の夜も、そしてやっぱりその次の夜も、ユリシスはレフィスが眠っている間に部屋を出てどこかへ出かけていくのだった。
「ねぇ、いつも夜中どこに行ってるの?」
三日目の朝、レフィスは堪りかねて単刀直入に聞いてみた。しかしユリシスはレフィスをちらりと見ただけで、答えを返そうとはしない。
「教えてくれてもいいじゃない」
「プライベートにまで首を突っ込む気か?」
そう言われると、さすがのレフィスも言葉を呑み込むしかなかった。
けれど、きっと今日も出かけるのだろうと思うと、なぜかレフィスの胸がちくりと痛んだ。
結局レフィスはユリシスに連れられて、再び彼の部屋に戻って来ていた。
「私だって好きで猫になったんじゃないわよ」
「俺だって好きでお前と過ごすわけじゃない」
返された言葉に胸を痛ませたレフィスが、目を大きく見開いて床の上で硬直した。そんなレフィスに気付きもせず、ユリシスは上着を脱いで、いつもの倍疲れた体をベッドの上に投げ出した。
「……悪かったと思ってるわよ。皆に迷惑かけて……」
明らかに落ち込んだ声音に、ユリシスがベッドに寝転んだまま顔だけを床へと向ける。レフィスは俯いたまま、床の上にちょこんと座っていた。人間の姿で言うなら、きっと正座しているだろう。
「ちょっとお金が入用で……焦ってたの。でもこれでおいしい話には裏がある事を勉強したわ」
「……その年で学習する事か」
呆れた声音に恐る恐る顔を上げると、ベッドに寝転んでいたはずのユリシスがいつのまにかそこに腰掛けて、床上のレフィスを真っ直ぐに見つめていた。
「何で金が必要なんだ」
「……えっと……宿を、追い出されちゃって」
「馬鹿か」
即答。
「何、その即答ぶり!」
「呆れていた」
「呆れるような事は何もないわよ! 冒険者になる前からベルズにはいたんだもの。バイトしてても出費は重なるの! やっと冒険者になれたって思ったのに、報酬は全部前に泊まってたとこの宿代に消えちゃうし」
言いながら、自分の惨めさに涙まで出そうになる。
冒険者を目指し、夢を沢山抱えてベルズに来た。しかし道のりは険しく、やっとの思いで冒険者になれたのはいいが、ランクはコーラルにも満たない石っころ。仲間と一緒に任務をこなせど、石っころのレフィスが貰える手取りは他の三人よりもはるかに少なかった。
宿賃も払えず、毎日が死活問題と向かい合わせの中で、目の前のユリシスは自分よりもはるかにいい部屋を借り、明日の食事の心配をしなくてもいい環境にいる。
そこまで考えて、レフィスは更に自分で自分をどん底に突き落としてしまった。
「……何だか物凄く惨めになってきた。宿は追い出されるわ、猫になるわ……散々」
どよーんとした空気を背負ったまま部屋の片隅へ移動し、レフィスが壁に頭を押し付けたままいじけ始めた。
「大体何でこんないい宿に泊まってるのよ。部屋は広いし綺麗だしお風呂ついてるし……神様は不公平だわ」
「壁際でいじけるな。キノコが生える」
「生えないわよ!」
むっとして振り向いたレフィスの視界が、くんっと上昇した。まるで空を飛ぶような浮遊感。一瞬の事で何が起こったのか分からなかったレフィスだが、めまぐるしく変化する視界が落ち着いた頃には、自分の居場所も正確に判断する事が出来た。
「うわっ! 何っ、ユリシス?」
「疲れた。少し寝る」
そう言ったユリシスは、レフィスを抱いたまま再びベッドに横になっている。至って平然に、何の躊躇いもなくレフィスを腕に抱いている。勿論、猫のままだが。
「暴れるな」
「そう言われても……」
「あったかいからな」
ぽつりと呟かれたそれに、高鳴りかけていた鼓動がぴたりと止まる。人間であるより女であるより猫であるより、今のレフィスはユリシスにとってただの湯たんぽ代わりでしかなかった。
「どうせ体温高いですよ!」
憎まれ口を叩きつつも、レフィスはそこから動こうとはしなかった。湯たんぽ代わりにはいい気分がしなかったが、ユリシスの腕の中は不本意ながらも居心地が良い。
頭の上から聞こえるかすかな笑いに、レフィスもいつの間にか穏やかな気分になっていった。
「今度目を覚ました時、また元に戻ってたら……その時は覚悟しておけよ」
ぎょっとして開いた口は、ユリシスの大きな手のひらに塞がれて、レフィスはとうとう最後まで反論する事が出来なかった。
目を覚ましたのは深夜近くだった。
眠ったのが夕方少し前。我ながらよく寝たものだと、レフィスはベッドの中で大きく伸びをする。
「ユリシス?」
ぼやけた意識のまま名を呼んだが、返事は返って来なかった。
のろのろとベッドから顔を出し、部屋の中を見回してみる。人の気配のない部屋は闇に包まれていて、レフィスはその暗闇の大きさに体をかすかに震わせた。
「ユリシス? いないの?」
返事がない事を知りながら、闇に向かってそう問いかける。ベッド脇のテーブルには、冷めたミルクが置いていた。
「どこに行ったのかしら」
さほど気にしない様子で呟いて、レフィスは自分の為に用意されていたミルクをありがたく頂戴した。
夜中に出かけるユリシスの事が全く気にならないわけではなかったが、それほど重要な事でもないのだろうと、この時まではまだ深く考える事はなかった。
しかしその次の夜も、そしてやっぱりその次の夜も、ユリシスはレフィスが眠っている間に部屋を出てどこかへ出かけていくのだった。
「ねぇ、いつも夜中どこに行ってるの?」
三日目の朝、レフィスは堪りかねて単刀直入に聞いてみた。しかしユリシスはレフィスをちらりと見ただけで、答えを返そうとはしない。
「教えてくれてもいいじゃない」
「プライベートにまで首を突っ込む気か?」
そう言われると、さすがのレフィスも言葉を呑み込むしかなかった。
けれど、きっと今日も出かけるのだろうと思うと、なぜかレフィスの胸がちくりと痛んだ。
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