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第3章 異端の子
氷刃の拒絶
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「ライリ!」
部屋に入るなり、ベッドに座っていたエルフの女が叫ぶようにしてライリの名を呼んだ。予め予想していた事ではあったが、女の驚きと喜びの入り混じった感慨深い声を耳にすると、流石に目を丸くして反射的にライリを見てしまう。
慌てて起き上がろうとした女を諌めるように、フレズヴェールが大股でベッドに近寄ると、有無を言わさず女の体を再びベッドへと押し戻した。
「ライリ! 本当にライリなのね。……会いたかった」
「……セルリア。……君か」
再会を喜ぶ女とは逆に、ライリは驚いたと言うよりはうんざりしたように目を細めて、今まで聞いた事もないくらい低い声で女の名を呼んだ。
「ライリが冒険者になっているって聞いて……。でも本当に会えてよかった」
「今更僕に何の用があるって言うんだ」
低い声音のまま吐き捨てて、ライリがセルリアと呼んだ女から目を背けた。これ以上何も話したくないと全身でセルリアを拒絶するライリに代わって、フレズヴェールがやんわりとした口調で会話をさりげなく引き継いだ。
「お前さん、セルリアって名前なんだな。昨夜は真っ青な顔して倒れるもんだからびっくりしたぞ」
「……すみません」
「完璧とまではいかないが、だいぶ良さそうだな」
言いながらサイドテーブルから水の入ったグラスをセルリアに手渡し、彼女がそれを一口飲むくらいの間を空けてから、フレズヴェールが静かに口を開いた。
「ここにいる三人はライリの仲間だ。だから何も心配する事はない」
「仲間……」
繰り返すセルリアの視線が、レフィスたち三人を順に流れていく。最後にライリで止まった視線は、けれどまだ繋がる事はなかった。
「セルリア。お前さん、何だか特殊な毒にやられてたみたいだな。お前さんを診てくれた医者が言ってたぞ。一体何があったんだ?」
まだライリを見つめていたセルリアが、フレズヴェールの言葉を耳にするなり体をびくんと震わせた。
「……森に……」
喘ぐようにやっと声を絞り出したセルリアが、大きく見開いた瞳でフレズヴェールを真っ直ぐに見上げる。瞳いっぱいに溜めた涙を瞬きで押し出して、気持ちを落ち着かせる為に深くゆっくりと息を吸い込んだ。
「森に、見た事のない魔獣が現われたんです。私たちは森を守る為、武器を取りました。……けれど、魔獣は傷付けられた部分から赤い瘴気の毒を噴出し、それをまともに浴びた者は叫ぶ間もなく倒れていきました。体を傷付ける武器では、あの魔獣は倒せません。でも私たちは弓しかなく、策を練っている間にも、大気に混じった瘴気で倒れる者が後を絶たないのです」
「エルフの中にも、多少魔術を扱える奴がいるんじゃないのか?」
冷静に考えて口を挟んだユリシスを見て、セルリアが悲しげに目を伏せる。
「魔術で瀕死にまで追い込んでも、無駄だったんです。あの魔獣は瘴気に倒れた者から生命力を奪うようで……」
「そんな魔獣、聞いた事ないわね。ある意味不死だわ」
信じられないと驚く表情を浮かべるイーヴィの横で、ユリシスがいつもの難しい顔に加えて更に深い皺を眉間に刻んだ。
「……ルナティルスの実験体、なのかもしれない」
「そりゃぁ、また……穏やかじゃないな。ここんとこルナティルスでの目立った動きはないが、水面下で何かしらやらかしててもおかしくないしな」
ルナティルス。少し前に、ユリシスを尾行した先で聞いた国名を再び耳にして、レフィスが視線をセルリアからユリシスへと戻した。
その瞬間。
「それで?」
ふいに背後から聞こえた、驚くほど冷たい声音に、レフィスのみならずセルリアも体を大きく震わせて声の主へと目を向けた。
「ライリ?」
名を呼んだレフィスではなく、ライリの凍った瑠璃色の瞳はセルリアを見据えていた。今まで一緒に依頼をこなしてきたが、敵を前にしてもいつも余裕たっぷりだったライリからは考えられないほど、今セルリアを見据えた瞳は氷よりもはるかに冷たい光を燻らせている。こんなライリを、レフィスは見た事がなかった。恐ろしくもあり、同時に驚きでもある。あのライリが、怒りをあらわにしていた。
「随分と虫のいい話だな。僕が手を貸すとでも思ったのか」
「ごめんなさいっ。ライリ、ごめんなさい! でもっ……でも、もうライリしか頼る人がいなかったの。何でもするから、だからお願い。森の皆を――助けて」
息すら忘れて体を氷付けにしてしまいそうなほど冷酷なライリの殺気に怯みながら、それでもセルリアがベッドのシーツをぎゅっと握り締めて、そこに頭を擦り付けながら何度も謝っては懇願する。そんなセルリアを、ライリの冷めた視線が容赦なく突き刺していく。
少しの慈悲もない、明らかに蔑み嫌悪しきった視線。そこに触れようと少しでも手を伸ばせば、即座に切り捨てられてしまいそうなほど鋭く尖ったライリの気配に、レフィスは初めて彼が怖いと思った。
「今更お前たちにして欲しい事など何もない。あえて言うなら、二度と僕の目の前に現われないでくれ」
「ライリ!」
「……お前たちが心底忌み嫌った闇によって死んでいく様は、ひどく滑稽だろうね。その姿が見られなくて残念だよ。――さよなら、セルリア」
今まで口にした事もない残酷な言葉を吐き捨てて、ライリはそのまま一度も振り返らずに部屋を出て行った。荒々しく閉じられた扉の中では、セルリアが唇を噛み締めて、必死に声を殺して泣いているだけだった。
部屋に入るなり、ベッドに座っていたエルフの女が叫ぶようにしてライリの名を呼んだ。予め予想していた事ではあったが、女の驚きと喜びの入り混じった感慨深い声を耳にすると、流石に目を丸くして反射的にライリを見てしまう。
慌てて起き上がろうとした女を諌めるように、フレズヴェールが大股でベッドに近寄ると、有無を言わさず女の体を再びベッドへと押し戻した。
「ライリ! 本当にライリなのね。……会いたかった」
「……セルリア。……君か」
再会を喜ぶ女とは逆に、ライリは驚いたと言うよりはうんざりしたように目を細めて、今まで聞いた事もないくらい低い声で女の名を呼んだ。
「ライリが冒険者になっているって聞いて……。でも本当に会えてよかった」
「今更僕に何の用があるって言うんだ」
低い声音のまま吐き捨てて、ライリがセルリアと呼んだ女から目を背けた。これ以上何も話したくないと全身でセルリアを拒絶するライリに代わって、フレズヴェールがやんわりとした口調で会話をさりげなく引き継いだ。
「お前さん、セルリアって名前なんだな。昨夜は真っ青な顔して倒れるもんだからびっくりしたぞ」
「……すみません」
「完璧とまではいかないが、だいぶ良さそうだな」
言いながらサイドテーブルから水の入ったグラスをセルリアに手渡し、彼女がそれを一口飲むくらいの間を空けてから、フレズヴェールが静かに口を開いた。
「ここにいる三人はライリの仲間だ。だから何も心配する事はない」
「仲間……」
繰り返すセルリアの視線が、レフィスたち三人を順に流れていく。最後にライリで止まった視線は、けれどまだ繋がる事はなかった。
「セルリア。お前さん、何だか特殊な毒にやられてたみたいだな。お前さんを診てくれた医者が言ってたぞ。一体何があったんだ?」
まだライリを見つめていたセルリアが、フレズヴェールの言葉を耳にするなり体をびくんと震わせた。
「……森に……」
喘ぐようにやっと声を絞り出したセルリアが、大きく見開いた瞳でフレズヴェールを真っ直ぐに見上げる。瞳いっぱいに溜めた涙を瞬きで押し出して、気持ちを落ち着かせる為に深くゆっくりと息を吸い込んだ。
「森に、見た事のない魔獣が現われたんです。私たちは森を守る為、武器を取りました。……けれど、魔獣は傷付けられた部分から赤い瘴気の毒を噴出し、それをまともに浴びた者は叫ぶ間もなく倒れていきました。体を傷付ける武器では、あの魔獣は倒せません。でも私たちは弓しかなく、策を練っている間にも、大気に混じった瘴気で倒れる者が後を絶たないのです」
「エルフの中にも、多少魔術を扱える奴がいるんじゃないのか?」
冷静に考えて口を挟んだユリシスを見て、セルリアが悲しげに目を伏せる。
「魔術で瀕死にまで追い込んでも、無駄だったんです。あの魔獣は瘴気に倒れた者から生命力を奪うようで……」
「そんな魔獣、聞いた事ないわね。ある意味不死だわ」
信じられないと驚く表情を浮かべるイーヴィの横で、ユリシスがいつもの難しい顔に加えて更に深い皺を眉間に刻んだ。
「……ルナティルスの実験体、なのかもしれない」
「そりゃぁ、また……穏やかじゃないな。ここんとこルナティルスでの目立った動きはないが、水面下で何かしらやらかしててもおかしくないしな」
ルナティルス。少し前に、ユリシスを尾行した先で聞いた国名を再び耳にして、レフィスが視線をセルリアからユリシスへと戻した。
その瞬間。
「それで?」
ふいに背後から聞こえた、驚くほど冷たい声音に、レフィスのみならずセルリアも体を大きく震わせて声の主へと目を向けた。
「ライリ?」
名を呼んだレフィスではなく、ライリの凍った瑠璃色の瞳はセルリアを見据えていた。今まで一緒に依頼をこなしてきたが、敵を前にしてもいつも余裕たっぷりだったライリからは考えられないほど、今セルリアを見据えた瞳は氷よりもはるかに冷たい光を燻らせている。こんなライリを、レフィスは見た事がなかった。恐ろしくもあり、同時に驚きでもある。あのライリが、怒りをあらわにしていた。
「随分と虫のいい話だな。僕が手を貸すとでも思ったのか」
「ごめんなさいっ。ライリ、ごめんなさい! でもっ……でも、もうライリしか頼る人がいなかったの。何でもするから、だからお願い。森の皆を――助けて」
息すら忘れて体を氷付けにしてしまいそうなほど冷酷なライリの殺気に怯みながら、それでもセルリアがベッドのシーツをぎゅっと握り締めて、そこに頭を擦り付けながら何度も謝っては懇願する。そんなセルリアを、ライリの冷めた視線が容赦なく突き刺していく。
少しの慈悲もない、明らかに蔑み嫌悪しきった視線。そこに触れようと少しでも手を伸ばせば、即座に切り捨てられてしまいそうなほど鋭く尖ったライリの気配に、レフィスは初めて彼が怖いと思った。
「今更お前たちにして欲しい事など何もない。あえて言うなら、二度と僕の目の前に現われないでくれ」
「ライリ!」
「……お前たちが心底忌み嫌った闇によって死んでいく様は、ひどく滑稽だろうね。その姿が見られなくて残念だよ。――さよなら、セルリア」
今まで口にした事もない残酷な言葉を吐き捨てて、ライリはそのまま一度も振り返らずに部屋を出て行った。荒々しく閉じられた扉の中では、セルリアが唇を噛み締めて、必死に声を殺して泣いているだけだった。
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