16 / 69
第3章 異端の子
不吉な予感
しおりを挟む
むさくるしい男たちに紛れて、ギルドに入ろうとしていた真紅の美女が、誰かに呼ばれたような気がして後ろを振り返った。途端、激しい力で抱きしめられる。
「イーヴィー! 聞いてよっ、ライリったら酷いのよ! 外道なのよ!」
「あら、レフィス。それにライリも」
振り返りざま抱き付かれたと言うのに少しも動じる事なく、真紅の服を着たイーヴィがにっこりと笑顔を浮かべて二人を見やった。
「二人で仲良く散歩? 珍しいわね」
「違うわよ! ライリったらね、邪気ぷんぷんの怪しげな術で私の目を塞ぐのよ! あの得体の知れない物が張り付いた時の感触、忘れようにも忘れられないわ。ぷるんぷるんしてるのに、触れた箇所全部に小さな突起って言うか触手って言うか、それはもう説明するのも嫌になるぶつぶつが、しかも動くの! ざわざわって! もう信じられないでしょっ。ライリ最低!」
思い出したのか、ぶるっと大きく身震いしたレフィスが、現実を求めようとイーヴィに強くしがみ付いた。その背後ではライリが呆れた表情を浮かべて溜息をついている。なぜか鼻の頭と額が赤い。
「そういう君こそ、ぎゃーぎゃー叫んで僕にしがみ付いたじゃないか。肋骨を折るくらい強い力で。おまけに離れないし暴れるし、僕を巻き込んで派手に転んで、挙句僕を下敷きにした君は無傷じゃないか」
それで鼻の頭と額が赤いのかと納得したイーヴィが、ライリに気付かれないようにくすりと笑みを零した。何だかんだ言っても、この二人、結構仲がいいのではないかと思ったものの、それを口にするほどイーヴィも馬鹿ではない。
「まぁまぁ、喧嘩はそのくらいにして……二人とも、まだ知らないの?」
話の矛先を上手に変えたイーヴィに、レフィスとライリはそう誘導されたとは解らないまま、イーヴィが口にした言葉に注意を引き寄せられた。
「何の事?」
やっと離れたレフィスが訊ね、その後ろではライリも訳が解らないと言うように眉間に皺を寄せている。
「昨夜、フレズヴェールの所にエルフの女性が助けを求めに来たらしいの。噂ではそのエルフ、今まで見た事もないほどやつれていたそうよ」
「エルフが? 誰かに襲われたとか?」
「詳しい事はまだ何も解っていないわ」
「新しい情報とか、入ったのかな。ねぇ、ギルドに行ってみようよ」
そう言うなり、レフィスがさっさとギルドに入っていった。二人が来ない事をまるで疑わない足取りで先に行ってしまったレフィスに、イーヴィが小さく声を漏らして笑いながら後に続く。最後に残ったライリも暫くはその場で迷っていたが、やがて溜息をひとつ吐いてからギルドの扉を嫌そうに開けて入っていった。
「ライリじゃないか! ちょうど良かった。今お前を探しに行こうとしてたんだよ」
ギルドに入るなり、フレズヴェールが大声でライリを呼びながら奥から急ぎ足で歩いてきた。
「ちょっと奥に来てくれないか。あぁ、お前さんたちも一緒で構わないから」
「その申し出はありがたく辞退するよ、フレズヴェール」
上品な微笑を浮かべて帰ろうとするライリの首根っこをむんずと掴んで、フレズヴェールが逃がすまいと力任せに引き寄せた。
「いやいや、ちょっとでいいんだ。頼むから来てくれ」
懇願しつつも、フレズヴェールはライリの後ろ襟を掴んだまま、半ば強引に彼を奥へと引き摺っていく。仕方ないと諦めたのか、引き摺られるままになったライリの後を、イーヴィとレフィスが駆け足で追っていった。
ギルドの二階はフレズヴェールの自宅になっている。とは言っても仕事場も兼ねているので、どの部屋も紙屑もどきの資料で埋め尽くされて、文字通り足の踏み場もない。廊下にまで及ぶ資料の山を踏み越えて辿り着いた一番奥の部屋の前で、フレズヴェールがやっとライリから手を離して三人をまじまじと見つめた。
「最初に言っておくが、俺は神に誓って何もやってないからな。第一俺には心に決めた人が……」
「もしかして、エルフの女でも囲ってたりするの?」
「なぁっ! おまっ、お前何でその事を! 千里眼かっ」
ライリから思いっきり体を仰け反らせて驚愕したフレズヴェールを見て、イーヴィとレフィスが堪えきれずに笑い出した。
「相変わらず面白いわね、フレズヴェール。昨夜の事は、もう噂になっているのよ」
「そうそう。エルフの子が何か助けを求めに来たんでしょ? でもどうしてライリなの? ライリの知り合い?」
レフィスの言葉にライリの表情が一瞬だけ曇ったが、それに誰かが気付く前に、部屋の扉が中から静かに開けられた。
中から顔を出したのは、レフィスたち三人が誰一人として思い描いていなかった人物だった。
「煩い。部屋の前で騒ぐな」
そう言って眉間に深い皺を寄せたのは、ユリシスだった。
「何でユリシスがここに」
「ちょうどギルドにいたのを、俺が引き止めてたんだ。どうせなら仲間同士で話を聞いた方が早い」
「依頼なの?」
それまでの微笑を消して訊ねたイーヴィを見て、フレズヴェールが頷きかけた頭を微妙に横に傾けた。
「うーん、どうだかなぁ。それっぽいんだが、肝心の内容をまだ聞いてないんだよ。ただ、ライリ……お前さんの名前だけ何度も呼んでた」
皆の視線を受けていると分かっているはずなのに、当の本人はそ知らぬ顔で窓の外を眺めている。その顔に僅かな影が落ちている事を、その場にいた誰もが気づいてしまった。
「とりあえず中へ入ろう。どうするかは、それからだ」
漂い始めた沈黙を破って、フレズヴェールが寝室の扉を静かに開けた。
かちゃりと響く小さな音。
それはライリがずっと閉じ込めてきたものを再び曝け出す合図として、心に深く鋭く爪痕を残していった。
「イーヴィー! 聞いてよっ、ライリったら酷いのよ! 外道なのよ!」
「あら、レフィス。それにライリも」
振り返りざま抱き付かれたと言うのに少しも動じる事なく、真紅の服を着たイーヴィがにっこりと笑顔を浮かべて二人を見やった。
「二人で仲良く散歩? 珍しいわね」
「違うわよ! ライリったらね、邪気ぷんぷんの怪しげな術で私の目を塞ぐのよ! あの得体の知れない物が張り付いた時の感触、忘れようにも忘れられないわ。ぷるんぷるんしてるのに、触れた箇所全部に小さな突起って言うか触手って言うか、それはもう説明するのも嫌になるぶつぶつが、しかも動くの! ざわざわって! もう信じられないでしょっ。ライリ最低!」
思い出したのか、ぶるっと大きく身震いしたレフィスが、現実を求めようとイーヴィに強くしがみ付いた。その背後ではライリが呆れた表情を浮かべて溜息をついている。なぜか鼻の頭と額が赤い。
「そういう君こそ、ぎゃーぎゃー叫んで僕にしがみ付いたじゃないか。肋骨を折るくらい強い力で。おまけに離れないし暴れるし、僕を巻き込んで派手に転んで、挙句僕を下敷きにした君は無傷じゃないか」
それで鼻の頭と額が赤いのかと納得したイーヴィが、ライリに気付かれないようにくすりと笑みを零した。何だかんだ言っても、この二人、結構仲がいいのではないかと思ったものの、それを口にするほどイーヴィも馬鹿ではない。
「まぁまぁ、喧嘩はそのくらいにして……二人とも、まだ知らないの?」
話の矛先を上手に変えたイーヴィに、レフィスとライリはそう誘導されたとは解らないまま、イーヴィが口にした言葉に注意を引き寄せられた。
「何の事?」
やっと離れたレフィスが訊ね、その後ろではライリも訳が解らないと言うように眉間に皺を寄せている。
「昨夜、フレズヴェールの所にエルフの女性が助けを求めに来たらしいの。噂ではそのエルフ、今まで見た事もないほどやつれていたそうよ」
「エルフが? 誰かに襲われたとか?」
「詳しい事はまだ何も解っていないわ」
「新しい情報とか、入ったのかな。ねぇ、ギルドに行ってみようよ」
そう言うなり、レフィスがさっさとギルドに入っていった。二人が来ない事をまるで疑わない足取りで先に行ってしまったレフィスに、イーヴィが小さく声を漏らして笑いながら後に続く。最後に残ったライリも暫くはその場で迷っていたが、やがて溜息をひとつ吐いてからギルドの扉を嫌そうに開けて入っていった。
「ライリじゃないか! ちょうど良かった。今お前を探しに行こうとしてたんだよ」
ギルドに入るなり、フレズヴェールが大声でライリを呼びながら奥から急ぎ足で歩いてきた。
「ちょっと奥に来てくれないか。あぁ、お前さんたちも一緒で構わないから」
「その申し出はありがたく辞退するよ、フレズヴェール」
上品な微笑を浮かべて帰ろうとするライリの首根っこをむんずと掴んで、フレズヴェールが逃がすまいと力任せに引き寄せた。
「いやいや、ちょっとでいいんだ。頼むから来てくれ」
懇願しつつも、フレズヴェールはライリの後ろ襟を掴んだまま、半ば強引に彼を奥へと引き摺っていく。仕方ないと諦めたのか、引き摺られるままになったライリの後を、イーヴィとレフィスが駆け足で追っていった。
ギルドの二階はフレズヴェールの自宅になっている。とは言っても仕事場も兼ねているので、どの部屋も紙屑もどきの資料で埋め尽くされて、文字通り足の踏み場もない。廊下にまで及ぶ資料の山を踏み越えて辿り着いた一番奥の部屋の前で、フレズヴェールがやっとライリから手を離して三人をまじまじと見つめた。
「最初に言っておくが、俺は神に誓って何もやってないからな。第一俺には心に決めた人が……」
「もしかして、エルフの女でも囲ってたりするの?」
「なぁっ! おまっ、お前何でその事を! 千里眼かっ」
ライリから思いっきり体を仰け反らせて驚愕したフレズヴェールを見て、イーヴィとレフィスが堪えきれずに笑い出した。
「相変わらず面白いわね、フレズヴェール。昨夜の事は、もう噂になっているのよ」
「そうそう。エルフの子が何か助けを求めに来たんでしょ? でもどうしてライリなの? ライリの知り合い?」
レフィスの言葉にライリの表情が一瞬だけ曇ったが、それに誰かが気付く前に、部屋の扉が中から静かに開けられた。
中から顔を出したのは、レフィスたち三人が誰一人として思い描いていなかった人物だった。
「煩い。部屋の前で騒ぐな」
そう言って眉間に深い皺を寄せたのは、ユリシスだった。
「何でユリシスがここに」
「ちょうどギルドにいたのを、俺が引き止めてたんだ。どうせなら仲間同士で話を聞いた方が早い」
「依頼なの?」
それまでの微笑を消して訊ねたイーヴィを見て、フレズヴェールが頷きかけた頭を微妙に横に傾けた。
「うーん、どうだかなぁ。それっぽいんだが、肝心の内容をまだ聞いてないんだよ。ただ、ライリ……お前さんの名前だけ何度も呼んでた」
皆の視線を受けていると分かっているはずなのに、当の本人はそ知らぬ顔で窓の外を眺めている。その顔に僅かな影が落ちている事を、その場にいた誰もが気づいてしまった。
「とりあえず中へ入ろう。どうするかは、それからだ」
漂い始めた沈黙を破って、フレズヴェールが寝室の扉を静かに開けた。
かちゃりと響く小さな音。
それはライリがずっと閉じ込めてきたものを再び曝け出す合図として、心に深く鋭く爪痕を残していった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
東京ダンジョン物語
さきがけ
ファンタジー
10年前、世界中に突如として出現したダンジョン。
大学3年生の平山悠真は、幼馴染の綾瀬美琴と共に、新宿中央公園ダンジョンで探索者として活動していた。
ある日、ダンジョン10階層の隠し部屋で発見した七色に輝く特殊なスキルストーン。
絶体絶命の危機の中で発動したそれは、前代未聞のスキル『無限複製』だった。
あらゆる物を完全に複製できるこの力は、悠真たちの運命を大きく変えていく。
やがて妹の病を治すために孤独な戦いを続ける剣士・朝霧紗夜が仲間に加わり、3人は『無限複製』の真の可能性に気づき始める。
スキルを駆使して想像を超える強化を実現した彼らは、誰も到達できなかった未踏の階層へと挑んでいく。
無限の可能性を秘めた最強スキルを手に、若き探索者たちが紡ぐ現代ダンジョンファンタジー、ここに開幕!
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる