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第3章 異端の子
不機嫌なライリ
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「なぁなぁ、ちょっと俺らに付き合ってくんない?」
気持ちの良い朝……と言っても、太陽は昼のような位置にいるのだけれども。
ちょっぴり遅い目覚めを迎えたレフィスは、ちょっとした買い物の帰りに、このあからさまで芸も品もないナンパ文句で呼び止められた。今までこういう風に声をかけられた事などなかったが、初々しい乙女にありがちな恐れや怯みなどレフィスにある訳がなく……レフィスは先程道具屋で買ったばかりの硝子玉――属性魔法を封じ込めた、初心者御用達のアイテムを袋の中から取り出そうとさえしていた。
「いやぁ、それにしても君、すごく綺麗だね。今までこんな綺麗な子、見た事ないよ」
そのたった一言で、ナンパ男に投げられるはずだった硝子玉が袋の中に逆戻りする。何だか胸もちょっとだけ高鳴ったようだ。
レフィスだって年頃の女の子だ。誉められれば素直に嬉しい。例え相手がナンパ男であろうとも、普段誰からも言われない言葉でレフィスを誉めたのだ。付いていく気はないが、笑顔のひとつくらいは見せてあげてもいいだろう。そう思い、自分なりに最高級の笑顔を浮かべたレフィスが、勿体つけるようにゆっくりと後ろを振り返った。
「そんな事言っても何も出ないわよ。でも名前くらいなら教えてあげても……」
うふふと笑ったレフィスの前で、いかにもなナンパ男が二人、月色の髪をしたエルフに話しかけていた。
「なぁ、ちょっとでいいから相手してくんねぇ? 損はさせないよ」
「そうそう、楽しませてやるからさぁ」
声をかけられたのが自分ではない事に気付いて一瞬顔を真っ赤にさせたレフィスだったが、よくよく見れば絡まれているエルフに見覚えがあるような気がして、自然と足がそちらへ向いていく。
「……その自信がどこから来るのか、全くもって謎だね。君たちに呼び止められた時点で、既に損してるんだけど」
こちらに背中を向けてはいるものの、その後姿と聞き覚えのある声、そして毒すら含んでいるであろう鋭い棘を持つ言葉。間違いないと、レフィスはなぜか寂しい溜息をついた。
「まずよく磨かれた鏡を買う事を勧めるよ。そして眼鏡も買った方がいい。視力が悪い訳ではないなら……その瞳は無用の長物だね。特別に僕が安くで抉り取ってあげようか」
言葉の最後にはどす黒いオーラを巻きつけて、月色の髪をしたエルフ……ライリが男たちに向かって人差し指を突き出した。その細い指先に、不似合いな黒い邪気が見る間に絡み付いていく。
「おぁ! やべぇっ、こいつライリだ! 殺されるっ」
「ライリっ? ライリって……闇堕ちのっ?」
「何、その闇堕ちって。変な二つ名付けないでくれる?」
この上なく不機嫌な音を言葉に纏わせたライリが、邪気の絡みついた人差し指を男たちの目に向かって弾いた。宙を漂う黒い邪気はライリの意図した通り、男たちの両目にべっとりと張り付いて離れない。それはさながら黒い目隠しをしているようでもあった。
「うわっ、うわぁ!」
「目がぁぁっ! 目がぁぁぁっ!」
どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、男たちが両目に張り付いたそれを必死で引き剥がそうとする。あちこちぶつかっては転がって、行き交う人々に不審な眼差しで見つめられながら、哀れな男たちはそのままレフィスの視界から無様に消えていった。
「……それで? 何か用?」
突然かけられた声に、ライリのすぐ後ろで見物していたレフィスがぎくんと肩を竦めた。無意識に後ずさりして逃げようとするも空しく、数歩下がったところでライリがこちらを振り返った。何だか目を合わせるのも怖くて、レフィスは思わずその場にしゃがみ込むと、地面に落ちていた何だか物凄く煌く透明の石を今しがた発見しましたと言わんばかりの勢いで掴み上げた。
「うわぁ! 何これ綺麗な石。透明なんて珍しいし、持って帰って皆に見せようそうしようーっと、あれ、ライリじゃない」
完璧――と心の中でガッツポーズして、レフィスがこれまた今しがた気付いた風に装ってライリを見上げた。逆光なので表情はよく見えないが、何だかとても綺麗な笑顔を浮かべているような気がする。
「そんなところに屈み込んでどうしたのさ。……あぁ、転送石だね」
いつもと同じ感じで話すライリに、レフィスもほっと胸を撫で下ろしながら、その透明の石の話題をもう少しだけ引き伸ばす。
「転送石?」
「そう。魔法陣が繋がれていない辺境の場所なんかに行く時に持ってると重宝する。何時でもどこでも、瞬時に自分が思い浮かべた場所に行く事が出来るんだよ。さっきの愚かな男たちが落したようだね。それを使って逃げれば良かったのに」
「そう言えばそうね。パニックになりすぎて、こんないいもの落していくなんて、よっぽどライリが怖かったんじゃ……」
そこまで言って、しまったと硬直したレフィスだったが、時既に遅し――してやったりとほくそ笑むライリが至近距離でレフィスを見つめていた。
「ふぅん……やっぱり見てたんじゃないか」
「ななな何の事? 別にライリが女に間違われるなんておかしくないじゃない、ね?」
言って、また後悔する。ライリに見つめらたレフィスは、まさに蛇に睨まれた蛙状態。だらだらと嫌な汗が全身から噴出していくのが解る。
「レフィス」
いつもは石女としか呼ばないライリが、レフィスの名前を口にした。それだけでレフィスの心臓がどくんと跳ね上がる。勿論、怖い意味で。
「のぞき見は良くないよ。君の目も無用の長物だね」
にっこりと笑ったライリが、先程男たちにしたのと同じように、細い指をレフィスの目元へ優雅に伸ばした。
数秒後。
耳の奥を掻き毟るような、醜く潰れた悲鳴が通りに細く長く響き渡った。
気持ちの良い朝……と言っても、太陽は昼のような位置にいるのだけれども。
ちょっぴり遅い目覚めを迎えたレフィスは、ちょっとした買い物の帰りに、このあからさまで芸も品もないナンパ文句で呼び止められた。今までこういう風に声をかけられた事などなかったが、初々しい乙女にありがちな恐れや怯みなどレフィスにある訳がなく……レフィスは先程道具屋で買ったばかりの硝子玉――属性魔法を封じ込めた、初心者御用達のアイテムを袋の中から取り出そうとさえしていた。
「いやぁ、それにしても君、すごく綺麗だね。今までこんな綺麗な子、見た事ないよ」
そのたった一言で、ナンパ男に投げられるはずだった硝子玉が袋の中に逆戻りする。何だか胸もちょっとだけ高鳴ったようだ。
レフィスだって年頃の女の子だ。誉められれば素直に嬉しい。例え相手がナンパ男であろうとも、普段誰からも言われない言葉でレフィスを誉めたのだ。付いていく気はないが、笑顔のひとつくらいは見せてあげてもいいだろう。そう思い、自分なりに最高級の笑顔を浮かべたレフィスが、勿体つけるようにゆっくりと後ろを振り返った。
「そんな事言っても何も出ないわよ。でも名前くらいなら教えてあげても……」
うふふと笑ったレフィスの前で、いかにもなナンパ男が二人、月色の髪をしたエルフに話しかけていた。
「なぁ、ちょっとでいいから相手してくんねぇ? 損はさせないよ」
「そうそう、楽しませてやるからさぁ」
声をかけられたのが自分ではない事に気付いて一瞬顔を真っ赤にさせたレフィスだったが、よくよく見れば絡まれているエルフに見覚えがあるような気がして、自然と足がそちらへ向いていく。
「……その自信がどこから来るのか、全くもって謎だね。君たちに呼び止められた時点で、既に損してるんだけど」
こちらに背中を向けてはいるものの、その後姿と聞き覚えのある声、そして毒すら含んでいるであろう鋭い棘を持つ言葉。間違いないと、レフィスはなぜか寂しい溜息をついた。
「まずよく磨かれた鏡を買う事を勧めるよ。そして眼鏡も買った方がいい。視力が悪い訳ではないなら……その瞳は無用の長物だね。特別に僕が安くで抉り取ってあげようか」
言葉の最後にはどす黒いオーラを巻きつけて、月色の髪をしたエルフ……ライリが男たちに向かって人差し指を突き出した。その細い指先に、不似合いな黒い邪気が見る間に絡み付いていく。
「おぁ! やべぇっ、こいつライリだ! 殺されるっ」
「ライリっ? ライリって……闇堕ちのっ?」
「何、その闇堕ちって。変な二つ名付けないでくれる?」
この上なく不機嫌な音を言葉に纏わせたライリが、邪気の絡みついた人差し指を男たちの目に向かって弾いた。宙を漂う黒い邪気はライリの意図した通り、男たちの両目にべっとりと張り付いて離れない。それはさながら黒い目隠しをしているようでもあった。
「うわっ、うわぁ!」
「目がぁぁっ! 目がぁぁぁっ!」
どこかで聞いたようなセリフを吐きながら、男たちが両目に張り付いたそれを必死で引き剥がそうとする。あちこちぶつかっては転がって、行き交う人々に不審な眼差しで見つめられながら、哀れな男たちはそのままレフィスの視界から無様に消えていった。
「……それで? 何か用?」
突然かけられた声に、ライリのすぐ後ろで見物していたレフィスがぎくんと肩を竦めた。無意識に後ずさりして逃げようとするも空しく、数歩下がったところでライリがこちらを振り返った。何だか目を合わせるのも怖くて、レフィスは思わずその場にしゃがみ込むと、地面に落ちていた何だか物凄く煌く透明の石を今しがた発見しましたと言わんばかりの勢いで掴み上げた。
「うわぁ! 何これ綺麗な石。透明なんて珍しいし、持って帰って皆に見せようそうしようーっと、あれ、ライリじゃない」
完璧――と心の中でガッツポーズして、レフィスがこれまた今しがた気付いた風に装ってライリを見上げた。逆光なので表情はよく見えないが、何だかとても綺麗な笑顔を浮かべているような気がする。
「そんなところに屈み込んでどうしたのさ。……あぁ、転送石だね」
いつもと同じ感じで話すライリに、レフィスもほっと胸を撫で下ろしながら、その透明の石の話題をもう少しだけ引き伸ばす。
「転送石?」
「そう。魔法陣が繋がれていない辺境の場所なんかに行く時に持ってると重宝する。何時でもどこでも、瞬時に自分が思い浮かべた場所に行く事が出来るんだよ。さっきの愚かな男たちが落したようだね。それを使って逃げれば良かったのに」
「そう言えばそうね。パニックになりすぎて、こんないいもの落していくなんて、よっぽどライリが怖かったんじゃ……」
そこまで言って、しまったと硬直したレフィスだったが、時既に遅し――してやったりとほくそ笑むライリが至近距離でレフィスを見つめていた。
「ふぅん……やっぱり見てたんじゃないか」
「ななな何の事? 別にライリが女に間違われるなんておかしくないじゃない、ね?」
言って、また後悔する。ライリに見つめらたレフィスは、まさに蛇に睨まれた蛙状態。だらだらと嫌な汗が全身から噴出していくのが解る。
「レフィス」
いつもは石女としか呼ばないライリが、レフィスの名前を口にした。それだけでレフィスの心臓がどくんと跳ね上がる。勿論、怖い意味で。
「のぞき見は良くないよ。君の目も無用の長物だね」
にっこりと笑ったライリが、先程男たちにしたのと同じように、細い指をレフィスの目元へ優雅に伸ばした。
数秒後。
耳の奥を掻き毟るような、醜く潰れた悲鳴が通りに細く長く響き渡った。
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