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第6章 交差する思いの果て
十年目の再会
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少しだけ強い風が吹いた。
庭園に咲く薔薇の花弁が、黄昏色に染まり始めた空に舞い上がっていくのを見つめながら、レフィスはフィスラ遺跡で起こった出来事を少しずつ思い返していた。
赤黒い魔法陣に封印されていた小さな結晶石と、それを欲したリーオンと言う名の、邪悪で恐ろしい男。
上品な貴族を思わせる佇まいでありながら、穏やかな笑みのまま、何の躊躇いもなく死の刃を振るう。その冷たい刃を思い出して、レフィスが無意識に胸元へ手を当てた。命を奪いかねない程の深い傷は癒えかけてはいるものの、レフィスの体にはまだ白い包帯が巻かれている。傷跡が完全に消える事はないだろうと医者に言われはしたが、命が助かっただけでも良かったとレフィスは心の底から思った。なぜならリーオンは、レフィスを殺すつもりで剣を振り下ろしたのだから。
『君の名に興味はないけれど、僕には君の血が必要なんだ』
ただ怯えていたレフィスを置いて、周りの状況は目まぐるしく変化していた。
リーオンと、アデイラ。彼らが纏い、放つ力の邪悪さは魔族の持つそれと似ていたが、実際に目にした力の強大さは魔族をはるかに凌いでいた。凄まじく強い魔力を持つ者と言えば、神族の末裔であるルナティルスの神魔族を置いて他にない。
フィスラ遺跡に眠る秘宝を狙い、十年前に反乱の起きたルナティルスが動いた。なぜなのかは、レフィスには分からない。分からない事が、多すぎるのだ。
神魔族の二人。彼らが欲した小さな結晶石。そしてリーオンが口にした、彼の名前。
「ユリシス……ルーグヴィルド」
何か得体の知れない不安を感じながら、レフィスはその名を覆い隠すように唇を噛み締めた。
「まだいたのか。ルージェスが心配していたぞ」
突然聞こえた声に慌てて顔を上げると、庭園の入り口の方からユリシスが歩いてくるのが見えた。
先程口にした名を聞かれたかと一瞬だけどきりとしたが、いつもと同じ様子のユリシスにレフィスはほっと胸を撫で下ろした。
「考え事か?」
「う、ん。……あ、薬貰ったよ」
かすかな動揺を隠す口実に、レフィスが手に握ったままの小瓶をユリシスに見せた。
「そうか。昨日頼んでおいたんだが、案外早かったな」
「カロンさんを脅したんじゃないの?」
「脅すか、馬鹿」
レフィスの手に握られた小瓶をじっと見つめて、ユリシスがほんの少しだけ寂しそうに笑う。その笑みに気付けないまま、レフィスはぼんやりと庭園に咲く薔薇の花を見つめていた。
「ひとりでもちゃんと飲めるようにした。その薬がなくなる頃には、お前の傷も癒えているだろう」
「子供じゃないんだから、薬くらいひとりで飲めるわよ」
「その割には、毎回苦戦していたようだが?」
事実を告げられ、レフィスの顔が見る間に赤く染まった。言い返そうと開いた口から言葉は出ず、苦肉の策で顔を背けてみるも、かすかに聞こえる声からユリシスが意地悪く笑っている姿が容易に想像できた。
「だ、だいたい、傷なんてもうほとんど治ってるんだから! こうやって動けるようになったし、そろそろ戻らないとイーヴィたちも心配してるだろうから……」
そう言った途端、空気が変わったのを感じた。それはかすかで、吹き抜ける風に攫われてしまいそうなほどに小さな変化。
けれど、レフィスはそれを感じ取ってしまった。
フィスラ遺跡の事を思い出す度に、胸をざわめかせた不安。触れてしまえば元には戻れないと、心のどこかで漠然とそう思っていた。だから考えないようにしてきた。あえてそれに触れないようにしてきた。
それなのに、瞳に映るユリシスは悲しいほどに静かで、覚悟を決めた瞳で真っ直ぐにレフィスを見つめ返している。
「お前に話しておきたい事がある」
どきりと、胸が鳴った。
声も出せずに、ただ見つめるしか出来なかったレフィスの前で、ユリシスの髪の色がゆっくりと変化していく。黄昏色の空が漂い始める夕闇に染まり行くように、ユリシスの髪も金髪から深い漆黒へと塗り上げられていく。
頭の奥で、遠い日の記憶の一片が静かに色を得た。
深い雪の降る季節。
白い絨毯を染める鮮血の花と、夜の漆黒を纏う少年。
差し伸べた手を振り払って顔を上げたその瞳は、今と同じ深く綺麗な紫紺の色に輝いていた。
「……――ユー、リ……?」
庭園に咲く薔薇の花弁が、黄昏色に染まり始めた空に舞い上がっていくのを見つめながら、レフィスはフィスラ遺跡で起こった出来事を少しずつ思い返していた。
赤黒い魔法陣に封印されていた小さな結晶石と、それを欲したリーオンと言う名の、邪悪で恐ろしい男。
上品な貴族を思わせる佇まいでありながら、穏やかな笑みのまま、何の躊躇いもなく死の刃を振るう。その冷たい刃を思い出して、レフィスが無意識に胸元へ手を当てた。命を奪いかねない程の深い傷は癒えかけてはいるものの、レフィスの体にはまだ白い包帯が巻かれている。傷跡が完全に消える事はないだろうと医者に言われはしたが、命が助かっただけでも良かったとレフィスは心の底から思った。なぜならリーオンは、レフィスを殺すつもりで剣を振り下ろしたのだから。
『君の名に興味はないけれど、僕には君の血が必要なんだ』
ただ怯えていたレフィスを置いて、周りの状況は目まぐるしく変化していた。
リーオンと、アデイラ。彼らが纏い、放つ力の邪悪さは魔族の持つそれと似ていたが、実際に目にした力の強大さは魔族をはるかに凌いでいた。凄まじく強い魔力を持つ者と言えば、神族の末裔であるルナティルスの神魔族を置いて他にない。
フィスラ遺跡に眠る秘宝を狙い、十年前に反乱の起きたルナティルスが動いた。なぜなのかは、レフィスには分からない。分からない事が、多すぎるのだ。
神魔族の二人。彼らが欲した小さな結晶石。そしてリーオンが口にした、彼の名前。
「ユリシス……ルーグヴィルド」
何か得体の知れない不安を感じながら、レフィスはその名を覆い隠すように唇を噛み締めた。
「まだいたのか。ルージェスが心配していたぞ」
突然聞こえた声に慌てて顔を上げると、庭園の入り口の方からユリシスが歩いてくるのが見えた。
先程口にした名を聞かれたかと一瞬だけどきりとしたが、いつもと同じ様子のユリシスにレフィスはほっと胸を撫で下ろした。
「考え事か?」
「う、ん。……あ、薬貰ったよ」
かすかな動揺を隠す口実に、レフィスが手に握ったままの小瓶をユリシスに見せた。
「そうか。昨日頼んでおいたんだが、案外早かったな」
「カロンさんを脅したんじゃないの?」
「脅すか、馬鹿」
レフィスの手に握られた小瓶をじっと見つめて、ユリシスがほんの少しだけ寂しそうに笑う。その笑みに気付けないまま、レフィスはぼんやりと庭園に咲く薔薇の花を見つめていた。
「ひとりでもちゃんと飲めるようにした。その薬がなくなる頃には、お前の傷も癒えているだろう」
「子供じゃないんだから、薬くらいひとりで飲めるわよ」
「その割には、毎回苦戦していたようだが?」
事実を告げられ、レフィスの顔が見る間に赤く染まった。言い返そうと開いた口から言葉は出ず、苦肉の策で顔を背けてみるも、かすかに聞こえる声からユリシスが意地悪く笑っている姿が容易に想像できた。
「だ、だいたい、傷なんてもうほとんど治ってるんだから! こうやって動けるようになったし、そろそろ戻らないとイーヴィたちも心配してるだろうから……」
そう言った途端、空気が変わったのを感じた。それはかすかで、吹き抜ける風に攫われてしまいそうなほどに小さな変化。
けれど、レフィスはそれを感じ取ってしまった。
フィスラ遺跡の事を思い出す度に、胸をざわめかせた不安。触れてしまえば元には戻れないと、心のどこかで漠然とそう思っていた。だから考えないようにしてきた。あえてそれに触れないようにしてきた。
それなのに、瞳に映るユリシスは悲しいほどに静かで、覚悟を決めた瞳で真っ直ぐにレフィスを見つめ返している。
「お前に話しておきたい事がある」
どきりと、胸が鳴った。
声も出せずに、ただ見つめるしか出来なかったレフィスの前で、ユリシスの髪の色がゆっくりと変化していく。黄昏色の空が漂い始める夕闇に染まり行くように、ユリシスの髪も金髪から深い漆黒へと塗り上げられていく。
頭の奥で、遠い日の記憶の一片が静かに色を得た。
深い雪の降る季節。
白い絨毯を染める鮮血の花と、夜の漆黒を纏う少年。
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「……――ユー、リ……?」
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