ユウとリナの四日間

奈月沙耶

文字の大きさ
上 下
22 / 32

22

しおりを挟む
 リナは窓越しに空の上の雲を見つめる。おにいさんが描く絵を見つめていてリナにもわかってきた。おにいさんが絵が上手なのは、そのものをとてもよく見ているからだ。だからリナも雲をじいっと見つめてみる。見つめている間にも風に吹かれてかたちを崩していってしまう。それで逆に気がつけた。空の上の雲はリナが画用紙に描いたみたいに真っ白なんかじゃない。うっすらと灰色の部分がある。あれは、影なのかな……。
 リナは黒色の絵の具を取って、ほんのちょっとだけパレットに出す。黒は強い色だから、ほんの少しでいい。白色と混ぜて薄い灰色をつくる。雲の下の方、下の方が影になっている。リナは慎重に白い雲に影をつけていく。これは、地上の影なのかな。地上の山や木々や建物や、人々や、もしかしたら心も……。
 思いながら、筆を小さく動かして雲の形を描いていく。夢中になっていたら時計の針は三時をとっくにすぎて四時になろうとしていた。昨日はおにいさんはこのくらいの時間に帰ってきた。今日も同じ時間に帰ってくるんじゃないかな。
 リナは筆を置いて立ち上がる。靴を履いて玄関から出る。通路の階段のところまで行ってみた。下り坂のカーブの先を見ていたら。おにいさんのほわほわした髪の毛の頭が見えた。とことこ歩いて坂道を上がってくる。今日もまた白いビニール袋を手にぶらさげている。自分が見られているなんて思いもしないのか、おにいさんはずっと俯いて歩いて来る。とんとんとんとん、と階段を上がってくる。リナの足が視界に入ったのか、そこで初めて顔を上げて、リナの姿にびっくりする。体を少しのけぞらせたから後ろ向きに落っこちてしまうのじゃないかと思った。
「おかえりなさい」
 リナが言うと、やっぱり驚いた表情のままこくこく頷いた。

 部屋に戻ってリナの絵を見たおにいさんは、やっとびっくりした顔をやめてリナの雲の絵――青い空に雲だらけになってしまった――に見入った。
「勝手に使ってごめんなさい」
 リナが小さな声で謝ると、かぶりを振って「上手」と言った。真顔で言われたことが嬉しかった。おにいさんはまたクッキーを持って帰ってきていた。昨日の分だってまだあるのに。今日はふたりで一緒にクッキーをかじった。ある程度食べて麦茶を飲んだ後、おにいさんは新しい画用紙を出し、パレットに赤と黄色の絵の具を出した。
しおりを挟む

処理中です...