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第十五話 浮気と毒

15-9.お月様をくれた人

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「気持ちいいか?」
「うん」
「自分で動いてみろ」
「うん……」

 腰を前後に動かしてみる。もどかしいくらいの緩やかさでじわじわと感度が上ってくる。その感覚がたまらなくてゆるゆる体を上下させていると、奥の方からじんわり広がってくるものがあった。本当に溢れてくる感触に怖くなって力が入る。

「力抜け」
 耳を噛まれ、ぞわりと自然と気を散らしてしまう。あ、と思う間もなく流れ出てくるのと同時に鈍いしびれが頭の中にまで広がった。視界までぼんやりする。
 イッたのだとすぐにはわからなかった。今までの昇り詰める感じとまるで違う。

 思う間もなく彼が腰を進めてきて、彼女は堪らず背中をのけ反らせてカウンターに肘をついた。
 攻められて奥からまた溢れてくる。聞いたことのないいやらしい音がする。恥ずかしいのに頭は真っ白で何も考えられない。
 脱力した体はされるがままで、だけど中が勝手に締まってうねっているのが自分でもわかる。気持ちがよすぎて声も出ない。

 二度目の絶頂を得たとき涙がこぼれた。男に抱かれて切なさではなく悦楽で泣いたのはこれが初めてだった。




 親に呼ばれたこともあって結局また帰省した。バスを降りると芝生の広場に美登利が佇んでいた。
「ひどい顔」
 斜面を下りて近づく誠を指差して嗤ってくれる。
「誰のせいだ」
「仲直りしようか」
「そうだな」

 お互いに謝罪の言葉は口にしなかった。誠は彼女が悪いと思っているだろうし、美登利は、もうどうでもいいと思えた。

 ――俺はおまえを信じていない。

 それなら彼にとって彼女の裏切りはあたりまえのことで謝る必要なんかないだろう。信じてもらいたいと思っているわけでもない。どうせ全部自分が悪い。

 ――おれはあなたの心を信じる。おれはあなたを責めたりしない。

 そう言ってくれた人は去っていった。もう誰に何を思われようがどうでもいい。
 それでも、約束だけは守りたいと思うのは我儘だろうか。

「お休みまだあるよね。何をしようか」
「何も思いつかないな、今は」
「そうだね」
 いろいろなことが変わっていく。目まぐるしく、すさまじく。自分の望みはかなわないかもしれない。だけど、彼にだけは幸せになってほしい。

 お月様をくれた人。元気でいてね。また願って彼女は目を閉じた。
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