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第十六話 自覚と慢心

16-1.適材適所

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 新年度を迎えた四月の通勤ラッシュほど鬱陶しいものはない。フレッシュマンを迎える立場になった去年、嫌というほど味わっていたから、その日も村上達彦は早々に仕事を片づけ帰宅した。
 早く仕事をこなせばゆっくりロータスに寄り道することもできる、有意義な時間の使い方だ。

 内心ご満悦でいたのに、タイミングを間違えて高校生の下校ラッシュに嵌まってしまった。阿保まるだしのガキどもほど見てられないものはない。
 やれやれとため息をつきつつ、ちょうど横切った河川を眺めた。

 駅に着いて込み合う階段から人が減るのをホームで待つ。エスカレーターに乗った人間たちが皆右側を見ているのが気になって達彦も視線を投げる。
 おお、と色めき立った。なんという脚線美。ヒラヒラのミニスカートからすらりと伸びたおみ足がゆっくりと階段を上っていく。見えそうで見えないところがなんとも、とほくほくしながら視線をじっくり上げていく。

 ほっそりした腰つきからぴんと姿勢の良い背中……。そこでようやく気がつく。
「何やってんだ」
 あんな短いスカートはいてと男のエゴ丸出しで不機嫌になる。どいつもこいつもじろじろ見やがって。

 自分のことは棚に上げて苛々していたら、下から駆け上がってきた男が手にした携帯を妙な角度で突き出しているのが目に入る。
「野郎……っ」
 盗撮だ。この距離で聞こえるはずもないのに耳にシャッター音が響いた気がした。

 後ろに目が付いているかのような動きで、彼女が片手で男の腕をねじり上げた。零れ落ちそうになった携帯をもう片方の手でキャッチする。
「現行犯逮捕だね」

「実に理想的」
 達彦の後ろから大柄な男が現れる。
「何をやらせてるんだ」
 瞬時に悟って怒ってやったが、志岐琢磨はどこ吹く風で眉をあげた。
「適材適所だろ。女子高生をターゲットにしてるというから制服を着てもらいたかったんだが、まあ良かった」

 捕まえた盗撮犯を鉄道警察に引き渡した後、中川美登利はすっきりした様子で頬笑んだ。
「良いことすると気分が良いね」
「おまえにとっちゃ数少ない善行だな」

 にしてもまわりからじろじろ見られすぎだ。そりゃあ、むしゃぶりつきたくもなるが。思っていたら美登利に虫けらを見るような眼で見られた。堪らない。

「そんな短いスカート持ってるんだね」
「くれる人がいるんです」
 どこのどいつだ。そしてやっぱり見られすぎだ。
 やれやれと琢磨が着ていた上着を脱いで美登利に羽織らせた。膝まで脚が隠れる。
「どうもありがとう」
「早くやれよ」
「うるせ」
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