山伏と狼

柏木あきら

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 浅間はゆっくりと顔を上げヤマの瞳を見る。するとヤマは落ち着いた様子で聞いてきた。
「どうして、ここに戻ってきた? 仲間、迎えにきてた。痩せてるって心配してた」
 消え入りそうなヤマの声。淺間は胸の奥を掴まれたような痛みを感じながら答えた。
「ここにいたらアサマ、痩せるし、ひとりぼっち。仲間のとこに帰れ」
「……お前のせいじゃない」
「俺のせいだ」
 ヤマの目が再び睨んできた。それを見た浅間は再び、ヤマを抱き寄せる。
「お前、私を心配して……」
 きっとヤマは自分のせいで浅間が麓へ戻れなくなったことが、堪らなくなったのだろう。それならいっそのこと自分が居なくなれば、と思ったに違いない。あの時、頬の真横に飛びついて牙を出しても、浅間を傷つけなかった理由はそれなのだ。
 「ヤマ、大丈夫だよ。私は大丈夫だから、一緒に暮らそう」」
 ただ単に情だけではないことを、浅間は気づいていた。ヤマの笑顔や仕草に、そしてその優しさに惹かれていたことを。
「戻らない? ……本当に? 寂しくないのか」
 ヤマは浅間の肩越しにそう聞いてきた。その声が掠れている。
「ヤマがいない方が寂しい。だから戻らない。帰る場所はお前のそばだけ」
 すると、ヤマは声を出して泣きはじめた。
「……アサマ、寂しかった」
 力強く浅間にしがみつく細いヤマの腕。もう決して離すまいと、浅間も強く体を抱きしめた。

 もう真っ暗になった山の洞穴の中で、頭を撫でながらヤマを落ち着かせる浅間。膝枕をした格好でヤマはだんだんと落ち着いてきていた。安心しきった顔で浅間の足にゴロゴロと擦り寄っているその姿が愛おしい。
(もう手放さない)
 浅間はヤマの額に触れ大切な宝物を扱うように、ゆっくりと優しく口付ける。ヤマは不思議そうに視線を向け、手を伸ばして浅間の頬に触れると浅間がそうしたように、そっと口付けた。

 ***

「あんたの配合した薬、よく効くね。この前ウチの坊が腹を下した時、すぐ良くなって」
 恰幅のいい女は笑いながら、籠に米や野菜を入れていく。それは薬の対価だ。食料の時もあれば、金の時もある。
「山伏由来の薬なんて、檀家じゃないワシらには、なかなかまわってこないからね、助かるよ」
 籠を渡されて、浅間は笠の端に手をやり一礼した。
「じゃあまた」
 背中に四角の箱を背負い、歩きはじめた浅間。その後ろ姿を女が見ていると、隣にいた男が話しかけてきた。
「山伏由来ってなんだ?」
「ああ、なんでもあの薬売りさん、元々山伏だったそうだよ。向こう村の婆さんが言ってた。修行をやめて薬売りになったらしいけどねぇ、それがまた律儀な人でなあ、山伏たちが廻る檀家のある場所では気を遣って売らんらしいの」
「へぇ」
 ヤマと暮らすことを決意した浅間は、翌日羽黒たちの元へ戻り、修行をやめることを正式に報告した。羽黒たちは驚いたものの、正座して深々と土下座する姿に反対するものはいなかった。
「そのまま逃げることもできたのに。やはりお前は真面目だな」
 羽黒は浅間と二人になったときにそう告げると、浅間は苦笑いした。二人はすっかり冬景色となった山を見ながら、歩く。
「薬売りになるんだって?」
「ああ」
「お前らしいな」
 ふっと羽黒が笑うと、浅間もつられて笑った。

 村外れの人が来ないような森の中に、二人の住まいはあった。それは小さな小屋のような家。以前誰かが住んでいたのかもしれない。
 家と同様に小さい畑を手入れするのはヤマの仕事だ。その畑の向こう側に浅間の姿を見つけて、ヤマは笑顔で駆け寄っていく。
「おかえり、アサマ!」
 浅間は笠をとりながら、突進してきたヤマを両手で迎えて抱きしめた。
「ただいま、ヤマ」
 浅間から笠を奪い取ると、ヤマは自分の頭にそれを乗せてはしゃぐ。その様子が可愛くて浅間は微笑む。
 遠くから鐘の音が風に乗って聞こえてきた。それは夕七つの合図で、二人にとっては夕飯の合図だ。夕焼けの中、二人は手を繋ぎ家へと入った。

【おわり】










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