山伏と狼

柏木あきら

文字の大きさ
4 / 5

4

しおりを挟む
 木枯らしが吹き、木々に葉がなくなった頃。山野草を配合した薬を籠に入れ、山伏たちは檀家のある村へと向かう。それぞれの檀家を廻ながら、調合した薬を置き、家内安全の祈願をしていく。冬山の修行までの間、それが山伏たちの務めだ。その山伏たちのなかに、浅間もいた。
「ありゃ、山伏さま。手がかじかんどる。いま温かいものを持ってくるけ」
 檀家の老婆が、薬を差し出した浅間の手を見て奥から白湯を茶碗に入れて持ってきた。
「ほら、飲みな」
 暖かい湯の感触と、老婆の気持ちに浅間はホッとする。

 山から戻ってきた浅間を、羽黒をはじめ山伏たちは安堵した表情で迎えてくれた。もっぱら浅間の痩せた姿に皆、驚きながらも何があったのかは深く聞いてこなかった。ヤマと別れた日から、浅間は彼を当分探したものの、やはり出会うことはなかった。失意のままに下山した浅間はそれ以降、修行に以前にもまして励んだ。
 もしかしたら山が見せた幻覚だったのか、と浅間は考えることもあったがやがてそれをやめた。

 白湯を飲んでいると、ぴゅうと風が吹く。そろそろ冬が近くなっているのだ。日が落ちるのも早くなっている。
 (ヤマは冬を越す術をわかってるのだろうか)
 相手は狼だ。知らなくとも自然の摂理で本能的に過ごすのだろうけれど、浅間は心配せずにいられなかった。少しの間過ごしただけなのに、こんなに情が映るとは。
 ふと、その時。山の向こうから何か音が聞こえた。風の音かと耳を澄ませたのだが、また聞こえたのは、遠吠えだった。野犬だろうか。
「あらあ、また吠えよるな」
 老婆が山の方を見てそう言った。
「よく吠えるんですか」
「ここ最近だけどな。ほぼ毎日、この時間になったら吠えよる。ありゃあ狼の遠吠えよ。昔、親に教わったわ」
「狼……」
「夕七つの鐘が鳴る頃になるとな、切なそうに遠吠えがするもんでな。ほれ、あの木が葉っぱ落ち出した頃から聞こえとる」
 葉っぱが落ち出した頃。それはヤマがいなくなり、浅間が下山した頃だ。一緒に暮らしていた時、夕七つの鐘が村から聞こえて、飯を二人で食べる合図にしていた。
 (この遠吠えは、もしかして)
 ヤマではないのか、と浅間は立ち上がった。その耳にまた聞こえた遠吠え。長く響くその声は確かに寂しそうで……
「白湯、ありがとうございました」
 茶碗を老婆に手渡し、浅間はその場を離れた。

 浅間はそのまま、獣道を駆けていく。まだ遠吠えが聞こえ、その声の方へと向かって全速力で。きっとヤマは寂しがってる。それを紛らわすために吠えているんだろう。
『悲しいときや、寂しいときは思い切り泣け』
 自分の言葉をヤマは覚えていて、きっと泣いているのだろうと浅間は思いながら夕焼けの中を駆ける。場所は分かっていた。木の枝や石が足元に転がり、幾度となく足を掬われそうになりながらも、必死に走りやっとその場に辿り着く。
 そこはあの母狼とヤマと一緒に暮らした洞穴。浅間は足を止めてそっと茂みから伺う。すると目の前にはこめかみに傷のある狼がいた。ヤマだ。
 もう一度、遠吠えをするヤマ。その声が切ない。
 浅間は居ても立っても居られなくなり、飛び出した。
「ヤマ!」
 ヤマはすぐ浅間の方を向き、睨みつけたかと思ったら飛びかかってきて、浅間は茂みに押し倒されるような形となった。
 牙を剥いて浅間の顔の前で息を荒くしている。だが、それ以上は近づかない。浅間を傷つけようとは思っていないようだ。
「泣くな、ヤマ。私が一緒に居てやるから」
 その浅間の言葉にヤマが一瞬、怯んだ。浅間はゆっくりとヤマの体をさすり始める。
「頼むから」
 体をさすりながら、浅間が懇願する。一緒に居てやる、と言いながらも一緒に居たいと強く願うのは浅間自身だった。目頭が熱くなり、温かい涙が頬を伝う。そんな浅間を見ながら、ヤマは牙を収めゆっくりと人間の姿になっていく。姿が変わっても浅間はヤマを抱きしめたままだ。
 ふいに、ヤマは浅間の涙を舌で舐めた。
「アサマ、泣くな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...