山伏と狼

柏木あきら

文字の大きさ
3 / 5

3

しおりを挟む
 浅間がヤマと二人で暮らすようになって半月が過ぎた頃のある日。
「川に行ってくるから」
「いってらっしゃい、アサマ」
 ヤマはもう会話ができるくらいになっていた。教えているとはいえ、上達具合が著しく早い。たまに教えた覚えのない様な言葉を投げかけてくるので、浅間は驚くこともある。先日はひょんなことからヤマの機嫌を損ない『アサマのアホウ』と言ってきたときには絶句した。
 ふと浅間は山伏の修行をしているとき仲間から聞いた話を思い出していた。物怪物怪の唾液を摂取すると言葉がわかる、という。ヤマが口に咥えて持ってきた肉を浅間が食うのだから、もしかしたらその力なのか。いずれにしても言葉を交わせるということに感謝した。

 斜面を下り、少し開けた場所にある小さな川にたどり着くと、腰を落ちつかした。鳥の囀りと、川のせせらぎが心地よい。しばらく休んだ後に山野草の収穫をしていると、後ろから足音がして浅間は思わず振り返る。
 この場所は山深く、一般の者は立ち入らない。入ってくるとすれば……
「浅間ッ!」
 名前を呼ばれ、浅間は立ち尽くした。そこにいたのは同じく山伏として修行していた羽黒はぐろだった。羽黒も浅間の姿を見ながら呆然としている。
「お前どこ行ってたんだ! みんな心配してたんだぞ」
「……すまない」
 ヤマと出会って以来、浅間は一度も山を降りず山伏仲間の元に戻らなかった。羽黒の話では、修行が辛くて逃げ出す輩は今までにも居たが、浅間は真面目でそんなことはしない、と皆心配して探していたらしい。
 何も言わずに居なくなったことは、逃げ出した輩と同じことだと責められてもいいのに、目の前の羽黒は笑顔を見せる。
「しかし痩せたな、お前大丈夫か?」
 背中をさすりながらそう言う羽黒に、浅間は居た堪れなくなり、手に持った山野草を強く握った。そしてそんな二人の様子を木々の向こうからヤマが立ちすくんで見ていた。

 一緒に戻らないのか、と羽黒に何度も聞かれたが浅間は首を縦にしなかった。一度荷物を取りに行くから、と主張する浅間に羽黒は訝しげな顔を見せたが、どうにも浅間の頑固さに折れた。
『絶対、戻ってこいよ』と言った時の羽黒の鋭い視線を受けながら、浅間は逃げるようにその場を離れた。
 小走りになりながら、ヤマの待つ場所に戻ったが姿が見えない。いつもなら浅間が帰ってきたら飛びついてくるのに。
「ヤマ?」
 暫く待っても、あたりを探してもヤマはいない。あまりにも戻らないヤマを心配して浅間は探す範囲を広げていく。
 (何かあったのだろうか) 
 もしかしたら、崖から落ちて身動きがとれないのか。あるいは狼のままで人に遭遇して、怪我でもしてるのではないか……。最悪なことしか頭の中をよぎっていた時、茂みの奥に茶色の何かを見つけた。それは本来の姿をしたヤマだった。こめかみの大きな傷跡は狼に戻っても消えないので、ヤマだと分かるのだ。
「ヤマ」
 ようやくヤマを見つけ出して安堵した浅間が、茂みをかき分けて近寄ろうとしたとき。
 ヤマは喉を鳴らしものすごい剣幕で吠えてきたのだ。手を出していた浅間は驚き思わず仰反る。もしかしたら、ヤマではない狼なのかもしれないと思ったがこめかみの傷と、瞳の色は間違いなくヤマなのだ。
「ヤマ、どうした?」
 何度も浅間が声をかけるが、目の前の狼はただ吠えてばかり。しかも牙を剥き出しにして襲いかかってきそうなほどの気迫。浅間は混乱していた。さっきまでいってらっしゃいと、笑いながら手を振っていたヤマ。突然敵意をむき出しにして、まるで知らない人間に会ったかのように、何故吠えるのか、と。
 それでも浅間が歩み寄ろうとしたとき、ヤマは浅間の方へと飛びかかってきた。
「うわっ!」
 浅間の頬の真横に飛びかかってきたものだから、思わず尻餅をつく。ヤマは一瞬だけ、浅間の方を振り向くとそのまま駆けていく。そして、それが浅間の見た、ヤマの最後の姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

『2度目の世界で、あなたと……』 ― 魔法と番が支配する世界で、二度目の人生を ―

なの
BL
Ωとして生まれたリオナは、政略結婚の駒として生き、信じていた結婚相手に裏切られ、孤独の中で命を落とした。 ――はずだった。 目を覚ますと、そこは同じ世界、同じ屋敷、同じ朝。 時間だけが巻き戻り、前世の記憶を持つのは自分だけ。 愛を知らないまま死んだ。今度こそ、本物の愛を知り、自ら選び取る人生を生きる。 これは、愛を知らず道具として生きてきたΩが、初めて出会った温もりに触れ、自らの意思で愛を選び直す物語。 「愛を知らず道具として生きてきたΩが転生を機に、 年上αの騎士と本物の愛を掴みます。 全6話+番外編完結済み!サクサク読めます。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

サラリーマン二人、酔いどれ同伴

BL
久しぶりの飲み会! 楽しむ佐万里(さまり)は後輩の迅蛇(じんだ)と翌朝ベッドの上で出会う。 「……え、やった?」 「やりましたね」 「あれ、俺は受け?攻め?」 「受けでしたね」 絶望する佐万里! しかし今週末も仕事終わりには飲み会だ! こうして佐万里は同じ過ちを繰り返すのだった……。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。 ※8/10 本編の後に弟ルネとアルフォンソの攻防の話を追加しました。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...