山伏と狼

柏木あきら

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 狼の子は、人間の姿のまま浅間と過ごしている。出会った当初より態度は軟化し、気がつくといつの間にか浅間に懐く様になった。足らなくなった山野草を取りに行くときについてきたり、浅間が食事する時には隣で真似事をするほどに。緊張していた顔もいつのまにか笑顔が増えている。その笑顔を見ているうちに浅間も口元が緩むようになりやがて人間の子に扮している狼に名前をつけてやろうと考えるようになった。
 (その方がきっと寂しくないだろう、この狼も自分も)
 浅間は両親を流行病で亡くし、兄弟もいない。この二匹の狼が初めての家族のよう。まるで弟のようなこの子に、名前をつけてやりたい。
「ヤマ」
 夜、寝るときに必ず隣にいるその子に、頭を撫でながら名前を与えてやった。ヤマ、と呼ばれた子はそれが名前だと理解したのかは分からないが、嬉しそうに浅間に擦り寄った。

 ヤマの手からでないと薬を飲まなかった母狼が、浅間の手でも大人しく飲む様になった頃。ヤマは簡単な言葉を覚えるようになっていた。浅間が教えてやると、何度も反芻はんすうして発声しようとする。
「アサマ、ご飯」
 夕七つの時刻になると村から聞こえる鐘の音を合図に、飯を食べる。ヤマは初め、浅間に獲物を差し出したりしていた。さすがの浅間も、毛むくじゃらの獣を差し出されたときはギョッとしたが、それもまた礼のつもりなのかも知れない、と思い、それらを受けとっていた。毛皮は冬のための防寒用に使えるし、肉は焼き、乾燥させれば保存食にもなる。
 何よりヤマの気持ちが嬉しく感じた。
 しかし、浅間は多少憂いていた。母狼は落ち着いてきたし、自分の食糧の問題もある。山野草と、ヤマのとってくる肉だけではさすがに身が持たない。
 毛皮を使う前にこの洞穴生活は終えるかも知れないな、と浅間は思っていた。

 だが状況は一日で変わった。ある日、母狼の容体が急変し、そのまま息を引き取ってしまったのだ。最期の時、母狼は浅間の膝に前脚を乗せて、浅間を見ていた。その瞳はまるで子供を頼むと伝えるかの様に。横ではヤマが狼の姿に戻り、ずっと母狼の体をさすっていた。最後の力を振り絞り、母狼がヤマの顔を舐めると、ヤマも母狼の顔を舐めていたがやがて、母狼はその瞳を閉じてしまった。

 洞穴の中に横たわったままの母狼の死骸に、狼の姿のまますがっていたのは三日間。浅間は洞穴から離れ、別の場所で山野草を採っていると背後から足音が聞こえた。振り向くとそこには子供の姿のヤマがいる。
「薬、ありがとう、アサマ」
 しっかりとした声でそうヤマから言われて、浅間は胸が痛んだ。これからヤマは一人で生きるのだろう。それは狼として当然のことだが、浅間はいたたまれなくなる。そう思ったのは一緒に暮らしたからだろうか。
「ヤマ」
 浅間はヤマに近づいて頭を撫でて、そのまま小さな体を抱きしめた。
「悲しいときや、寂しいときは思い切り泣け」
 泣いてもいいんだぞ、と言うと意味がわかったのかヤマは大きな声を出して浅間の胸の中で号泣した。浅間はそんなヤマの背中をずっと撫でていた。 

 浅間はそれ以降もヤマと暮らしていた。洞穴にあった死骸を土に還し、浅間が弔ってやり、その場を離れてた。もう薬をやる必要もないので、ヤマといる必要はない。それなのに離れないのは母狼の最期の訴えと情だ。
 (あまり長くはいてやれないが、せめてもう少しは)
 ヤマは狼の姿に戻らない。それはヤマも浅間とまだ一緒にいたいという、意思表示だろう。
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