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田舎編
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家に戻っている最中に、多くの子供達とすれ違った。あんな小さい子たちがいたっけなと思っていたら、どうやらこの秋祭りに合わせて若夫婦たちが帰省しているようだ。昔は平日に開催していたらしいが、人が集まらず土曜日になったという。秋祭りも人集めに大変なのだ。
(そういや昔、祭りに行ったなあ)
明彦が生まれ育った街でも、小さいながら祭りがあった。町内の子供達で小さな神輿を担いだ覚えがある。
だがいつの間にか見なくなっていたことに、今気づいた。今の子供達にとって祭りは『自分たちの住む街』の行事ではなく、『田舎』の行事なのだろう。
風呂に入り、ラフな格好に着替えて家を出た。そんなに早くから行く必要もないし、少し覗くくらいでいいだろう。話のネタになれば山野さんや他の人たちも喜んでくれるだろうし。
そんな気持ちで明彦は神社へ向かった。
歩いているうちに笛と小太鼓の音が風に乗って聞こえてきた。夜になるとうっすら冷えた空気が心地いい。神社に到着すると夜店が出ていて夜空にオレンジの裸電球の灯りが煌々と灯る。親連れや、孫を連れて嬉しそうな人達とすれ違った。中に顔見知りの客もいて、挨拶がてら明彦は声をかけてはお辞儀する。
「こんなに若い人が担当なんじゃね、お母さん。嬉しかろう」
帰省した娘にそう言われコラ、と佐々木のおばちゃんが笑う。秋祭りはこうした交流の場でもある。山野が来たらどうかと誘ってくれたのは『営業としての顔を広めろ』と言う意味もあったのかもしれない。
夜店を抜けて境内に入ると、賑やかな正面を避けて裏へ回る。その後もあれやこれやと話しかけられて、少し疲れた明彦はそこて一息ついた。三十分位居ただろうか。そろそろ帰るかな、と思った時。
背後からひときわ大きな歓声がした。
何だろう、と境内の正面の方へ行ってみる。
そこでは大勢の人が敷物の上に座って、境内に作られた舞台の方を見ている。中には立ち見している子供、舞台の正面であんぐりと口を開けて見ている子供がいる。明彦が不思議そうに舞台を覗き込んでいると、横から新井が声をかけてきた。
「来とったんね。今からええとこじゃけ見ていき」
「えっと、これは……」
「神楽、見た事ない? もう終盤の場面じゃけと」
聞いたことはあるが、観るのは初めてだった。神社の境内という狭いスペースに、舞台を組んでするくらい地域に密着しているとは知らなかった。
舞台左側では烏帽子をかぶり袴姿の4人が笛や太鼓など音楽を奏でている。さっき、歩きながら聞こえていたのはこの音色だったのだ。
そして中央には大きなお面をつけた鬼が衣装を纏い、棒状のものを持って舞っている。
その鬼と対峙しているのは2人の男だ。二人とも布を頭に巻いた長髪。一人は弓を模した棒を、一人は太刀を模した棒を持っている。この武士2人が鬼を退治する話なのだと新井が教えてくれた。
単純に殺陣を組むのではなく、鬼も武士もくるくる回りながら切りつけて行くように舞う。歌舞伎に似たような仕草だが、スピードが全く違っていた。鬼は大きく棒状の武器を床に叩きつけて二人に抵抗しながら舞う。武士の二人は鬼を切りつけながら、舞う。
そしてそのスピードが一段と早くなった時。普通の衣装が一瞬にして豪勢な、金銀の刺繍がしてある鎧のような衣装に切り替わった。
会場から歓声が起こる。
三人が回るたびに衣装の金銀が反射し神々しくさえある。もともと神楽は神様に捧げる舞だと新井が教えてくれた。そのせいもあってか、舞台はもう異次元のようにさえ見えた。斬られまいと、鬼はなお抵抗しつつも手の内から幾重にも広がる白い紐を突然投げつけた。
舞台中にその糸がまるで蜘蛛の巣のように飛び散り、武士の体に巻きつく。
がんじがらめになりつつも、太刀で糸を切り、二人はなお鬼に向かう。この頃になるともう回るスピードは最高潮だ。衣装はスカートのように開き、金銀の鎧がキラキラと浮かぶ。
観客はその迫力に息をのみながら見入っていた。
目と鼻筋に化粧を施した武士二人と、恐ろしいほど大きな面をつけた鬼の攻防戦はそれからも続き、ようやく武士が鬼を切った時、鬼の体から赤い糸が飛び出す。それが鬼を倒した合図となっているようだ。
打ち取った瞬間に観客達は我に帰り、大きな声援と拍手を送った。
その後も、勝ち取った祝いの舞を二人はゆっくりと舞い、舞台裾に消えていった。
「はー、やっぱり『土蜘蛛』は迫力があるのぉ。どうじゃった、明彦くん」
新井は満足そうに明彦に声をかけるが、返事がない。明彦はずっと舞台の方を向いたまま、硬直している。
「大丈夫か?」
「何すか、これ……むちゃくちゃかっこいい」
惚けた明彦の口から出た言葉に、新井は思わず笑う。
これが明彦と神楽の出会いだった。
(そういや昔、祭りに行ったなあ)
明彦が生まれ育った街でも、小さいながら祭りがあった。町内の子供達で小さな神輿を担いだ覚えがある。
だがいつの間にか見なくなっていたことに、今気づいた。今の子供達にとって祭りは『自分たちの住む街』の行事ではなく、『田舎』の行事なのだろう。
風呂に入り、ラフな格好に着替えて家を出た。そんなに早くから行く必要もないし、少し覗くくらいでいいだろう。話のネタになれば山野さんや他の人たちも喜んでくれるだろうし。
そんな気持ちで明彦は神社へ向かった。
歩いているうちに笛と小太鼓の音が風に乗って聞こえてきた。夜になるとうっすら冷えた空気が心地いい。神社に到着すると夜店が出ていて夜空にオレンジの裸電球の灯りが煌々と灯る。親連れや、孫を連れて嬉しそうな人達とすれ違った。中に顔見知りの客もいて、挨拶がてら明彦は声をかけてはお辞儀する。
「こんなに若い人が担当なんじゃね、お母さん。嬉しかろう」
帰省した娘にそう言われコラ、と佐々木のおばちゃんが笑う。秋祭りはこうした交流の場でもある。山野が来たらどうかと誘ってくれたのは『営業としての顔を広めろ』と言う意味もあったのかもしれない。
夜店を抜けて境内に入ると、賑やかな正面を避けて裏へ回る。その後もあれやこれやと話しかけられて、少し疲れた明彦はそこて一息ついた。三十分位居ただろうか。そろそろ帰るかな、と思った時。
背後からひときわ大きな歓声がした。
何だろう、と境内の正面の方へ行ってみる。
そこでは大勢の人が敷物の上に座って、境内に作られた舞台の方を見ている。中には立ち見している子供、舞台の正面であんぐりと口を開けて見ている子供がいる。明彦が不思議そうに舞台を覗き込んでいると、横から新井が声をかけてきた。
「来とったんね。今からええとこじゃけ見ていき」
「えっと、これは……」
「神楽、見た事ない? もう終盤の場面じゃけと」
聞いたことはあるが、観るのは初めてだった。神社の境内という狭いスペースに、舞台を組んでするくらい地域に密着しているとは知らなかった。
舞台左側では烏帽子をかぶり袴姿の4人が笛や太鼓など音楽を奏でている。さっき、歩きながら聞こえていたのはこの音色だったのだ。
そして中央には大きなお面をつけた鬼が衣装を纏い、棒状のものを持って舞っている。
その鬼と対峙しているのは2人の男だ。二人とも布を頭に巻いた長髪。一人は弓を模した棒を、一人は太刀を模した棒を持っている。この武士2人が鬼を退治する話なのだと新井が教えてくれた。
単純に殺陣を組むのではなく、鬼も武士もくるくる回りながら切りつけて行くように舞う。歌舞伎に似たような仕草だが、スピードが全く違っていた。鬼は大きく棒状の武器を床に叩きつけて二人に抵抗しながら舞う。武士の二人は鬼を切りつけながら、舞う。
そしてそのスピードが一段と早くなった時。普通の衣装が一瞬にして豪勢な、金銀の刺繍がしてある鎧のような衣装に切り替わった。
会場から歓声が起こる。
三人が回るたびに衣装の金銀が反射し神々しくさえある。もともと神楽は神様に捧げる舞だと新井が教えてくれた。そのせいもあってか、舞台はもう異次元のようにさえ見えた。斬られまいと、鬼はなお抵抗しつつも手の内から幾重にも広がる白い紐を突然投げつけた。
舞台中にその糸がまるで蜘蛛の巣のように飛び散り、武士の体に巻きつく。
がんじがらめになりつつも、太刀で糸を切り、二人はなお鬼に向かう。この頃になるともう回るスピードは最高潮だ。衣装はスカートのように開き、金銀の鎧がキラキラと浮かぶ。
観客はその迫力に息をのみながら見入っていた。
目と鼻筋に化粧を施した武士二人と、恐ろしいほど大きな面をつけた鬼の攻防戦はそれからも続き、ようやく武士が鬼を切った時、鬼の体から赤い糸が飛び出す。それが鬼を倒した合図となっているようだ。
打ち取った瞬間に観客達は我に帰り、大きな声援と拍手を送った。
その後も、勝ち取った祝いの舞を二人はゆっくりと舞い、舞台裾に消えていった。
「はー、やっぱり『土蜘蛛』は迫力があるのぉ。どうじゃった、明彦くん」
新井は満足そうに明彦に声をかけるが、返事がない。明彦はずっと舞台の方を向いたまま、硬直している。
「大丈夫か?」
「何すか、これ……むちゃくちゃかっこいい」
惚けた明彦の口から出た言葉に、新井は思わず笑う。
これが明彦と神楽の出会いだった。
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