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月あかりの舞台
しおりを挟む「じゃ、いこう。こっちだよ」
熱を帯びた頬を感じつつ、シチャはカークの手をとり建物の奥へと足早に進んだ。
シチャが「舞台」として選んだのは、天井が朽ちた部屋。壁は崩れかけていて、床に月光が差し込んでいる。見上げた夜空には優しく輝く月といくつもの星。手を離し数歩前に出て彼はカークに一礼する。そして――
いつもより数倍も体を自由に動かしながら水を得た魚のように、彼は生き生きとダンスをする。店のステージより何倍もひろい空間を使って体を動かす。聞こえるのは風の音と、彼のステップを踏む足音だけだ。
しなやかな腕、脚。青白い月光が彼を包みこむ。その様子はまるで天女の舞のようで、カークは息を呑むしかなかった。
しばらくして、シチャの足が止まり、手を下ろして一礼すると今度は先程よりいくぶんゆったりとした舞い方になった。その動きに、カークはふと気がつく。その気品ある所作に、カークはふと昔の記憶を思い起こす。城の舞踏会で見た、男女が体を寄せ合って踊る社交ダンスだ。
そして彼の手がスッとカークの方に伸びる。一緒に踊ろう、と無言で誘われてその手をとりカークはシチャの体に初めて触れた。音楽もないのにシチャの動きに先導され、月光の舞台で二人は踊る。
手を添えた腰が熱い、とシチャは体を動かしながら実感していた。他人に触れられてもこんなに熱くなることはないのに、なぜカークだとこんなにも熱いのか。彼はその答えを薄々気づいている。胸の鼓動もダンスのせいではないことも。
少し背の高いカークを見上げたとき、彼の背中ごしに輝く月が見えた。そして輝く髪から青い瞳に視線を移した時。二人の視線が絡みついた。ドクン、と一層鼓動が高鳴る。カークの瞳に、自分と同じ熱を見た。鼓動が重なり、呼吸が混ざる。その瞬間、二人の世界に聞こえるのは遠くで鳴くフクロウの声だけ。まるで森の中二人、取り残されたような感覚に陥る。
そしてシチャはゆっくりと目を閉じると、腰を強く押し付けられる。――時間が止まったようだった。唇に、温かい感触が落ちてきた。
「……ん」
それはほんの少しの時間だった。柔らかい唇は一瞬で離れてしまった。その熱をまだ味わう前に。そっとシチャが目を開けるとカークは視線を逸らす。
「すまない……我慢できなくて」
彼の言葉に体が熱くなる。――ということは、今まで我慢していたの? いつから? シチャは浮かれる気持ちを抑えつつ、カークの手を取った。
「嬉しい」
手を引っ張り、彼の顔を近づけると今度はシチャのほうから、唇を重ねた。すると体を強く抱きしめられ――柔らかな唇の感触に胸が疼き体が熱くなる。この瞬間をどこかで期待していた自分がいた。
甘い口付けを堪能したあと、ふたりは何も言わず手を絡めて――再度社交ダンスを踊った。崩れかかった廃屋で踊る二人はまるで城で踊っているかのように、輝いていた。そして夜は静かに更けていった。
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