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ドニーという男
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低い声は昔から変わらない。いや年齢を重ねてさらに凄みが出ている。そしてあの頃と変わらない、カークを軽蔑するような視線。ドニーは口元を緩めニヤリと笑う。
「ああ、いまは違うか。なあ『落ちぶれアルファ』」
ドニーはカークが研究塔に来た頃から知っている。彼が後天性アルファであることも。そして【リナッシタ】を完成させ、国王に報告する日の朝。皆が祝福の言葉をかける中、冷ややかな視線を送ってきたことを、カークは覚えている。両親は魔法士の育成理事会の重鎮、家族親族全てアルファという名家の彼にとって、カークの存在は煩わしいものだったのだろう。。
「久々にお前に会いたくなってな。食事を持ってくるのを代わってもらったんだ」
落ちぶれたカークを見にきたのだろう。カークは頭を下げそのトレイを無言で受け取りそれを机に置く。
「ミズキのやつがしつこくてさ。お前を探してくれって。本当は今回で終わりだったんだがなあ」
突然、カークの手首をドニーが掴んだ。
「……っ!」
あまりに強く掴んでくるので、カークは思わず手を振り払おうとしたがドニーはそうはさせまいとさらに力を入れた。
「原因究明と新薬を作るんだって? これ以上研究塔の信頼を損ねるつもりか」
「……」
「いいか、お前のせいでどれだけ迷惑を被ったのか分かってるのか?」
鋭い視線をカークに投げ乱暴に手を離し、カークの体を押しはねる。咄嗟のことだからよろめき、カークは思わず睨み返した。だがドニーは怯むことなく冷ややかな視線で一瞥し、踵を返して部屋を出た。椅子に腰掛け、カークは天井を仰ぐ。研究塔に自分が戻ったことを他のアルファが知れば皆、ドニーのような反応を起こすだろう。この部屋をあてがったミズキ、いや国王の判断は賢明だ。
――早く進めなければならない。ここにいることを周りに知られる前に。
それからカークはさらに研究に没頭するようになり、食事をすることさえ惜しんで作業を進めていた。雪景色の街並みがすっかり春めき、新緑を迎えたころ、薬害の症状に共通する毒素をようやく掴んだのは、カークが戻り一年半が経過していた。しかしその毒素を発生させる物質が存在しない。手帳から【リナッシタ】の成分表を確認する。成分の変異以外にも可能性はありとあらゆることを考えた。たとえば第三者による意図的な混入なども。しかしそれを加味しても結論に至らない。
カークはお手上げとばかり、頭を抱えた。何が起因で毒素が発生するのか。まるで魔法のよう――
ふいに頭の奥底で、何かが引っかかった。それはまるで小さな魚の骨のように、喉に不快に残る。
――もし、混入されたものが魔法で成分を変えられていたとしたら。結果ありきの結論は危険だと思いつつも、頭の片隅にある疑念は膨らんでいくばかり。
そもそも原子単位のものを魔法をかけることなど、可能なのか。悩み抜いて数時間後、カークはミズキを呼び出した。
「ドニーに協力依頼を?」
話を聞いたミズキは思わず大きな声を出す。幸いここがカークの部屋だったので問題はないのだが、彼がそんな声を出すことはあまりない。それほど心底驚いたようだ。
「ああ。これまでこんな調査したことはあるか?」
「ないね。混入はあるかもしれないと色々調査したけれど……魔法でなんて」
さすがにカークの仮説はいままで唱えられなかったようだ。腕組みをしたミズキは思わず首を傾げた。
「しかしドニーは君をえらく嫌っている。そこにこんな協力依頼をするだなんて」
「嫌われついでさ。それに俺はあいつを信頼してる」
へぇ? とミズキが首を傾げた。
「とことん調べるはずだ。魔法士がそんなことをするわけがないとね。それに混入させるなら研究塔の助けもいるはずだ。痛みはあっちだけじゃない」
つまりカークは魔法士、研究塔の『共犯』を疑っているのだ。思わずミズキは息を呑む。もしそうなら大変なことになるだろう。
「……もし、君の仮説が違ったら?」
「また調べ直すさ」
カークの飄々とした受け答えに、ミズキは呆れ顔をみせた。
「受けてくれるか分からないけど、伝えてみるよ。あまり期待しないで」
「怒鳴り込んでくるだろうな、あいつのことだから」
「ああ、いまは違うか。なあ『落ちぶれアルファ』」
ドニーはカークが研究塔に来た頃から知っている。彼が後天性アルファであることも。そして【リナッシタ】を完成させ、国王に報告する日の朝。皆が祝福の言葉をかける中、冷ややかな視線を送ってきたことを、カークは覚えている。両親は魔法士の育成理事会の重鎮、家族親族全てアルファという名家の彼にとって、カークの存在は煩わしいものだったのだろう。。
「久々にお前に会いたくなってな。食事を持ってくるのを代わってもらったんだ」
落ちぶれたカークを見にきたのだろう。カークは頭を下げそのトレイを無言で受け取りそれを机に置く。
「ミズキのやつがしつこくてさ。お前を探してくれって。本当は今回で終わりだったんだがなあ」
突然、カークの手首をドニーが掴んだ。
「……っ!」
あまりに強く掴んでくるので、カークは思わず手を振り払おうとしたがドニーはそうはさせまいとさらに力を入れた。
「原因究明と新薬を作るんだって? これ以上研究塔の信頼を損ねるつもりか」
「……」
「いいか、お前のせいでどれだけ迷惑を被ったのか分かってるのか?」
鋭い視線をカークに投げ乱暴に手を離し、カークの体を押しはねる。咄嗟のことだからよろめき、カークは思わず睨み返した。だがドニーは怯むことなく冷ややかな視線で一瞥し、踵を返して部屋を出た。椅子に腰掛け、カークは天井を仰ぐ。研究塔に自分が戻ったことを他のアルファが知れば皆、ドニーのような反応を起こすだろう。この部屋をあてがったミズキ、いや国王の判断は賢明だ。
――早く進めなければならない。ここにいることを周りに知られる前に。
それからカークはさらに研究に没頭するようになり、食事をすることさえ惜しんで作業を進めていた。雪景色の街並みがすっかり春めき、新緑を迎えたころ、薬害の症状に共通する毒素をようやく掴んだのは、カークが戻り一年半が経過していた。しかしその毒素を発生させる物質が存在しない。手帳から【リナッシタ】の成分表を確認する。成分の変異以外にも可能性はありとあらゆることを考えた。たとえば第三者による意図的な混入なども。しかしそれを加味しても結論に至らない。
カークはお手上げとばかり、頭を抱えた。何が起因で毒素が発生するのか。まるで魔法のよう――
ふいに頭の奥底で、何かが引っかかった。それはまるで小さな魚の骨のように、喉に不快に残る。
――もし、混入されたものが魔法で成分を変えられていたとしたら。結果ありきの結論は危険だと思いつつも、頭の片隅にある疑念は膨らんでいくばかり。
そもそも原子単位のものを魔法をかけることなど、可能なのか。悩み抜いて数時間後、カークはミズキを呼び出した。
「ドニーに協力依頼を?」
話を聞いたミズキは思わず大きな声を出す。幸いここがカークの部屋だったので問題はないのだが、彼がそんな声を出すことはあまりない。それほど心底驚いたようだ。
「ああ。これまでこんな調査したことはあるか?」
「ないね。混入はあるかもしれないと色々調査したけれど……魔法でなんて」
さすがにカークの仮説はいままで唱えられなかったようだ。腕組みをしたミズキは思わず首を傾げた。
「しかしドニーは君をえらく嫌っている。そこにこんな協力依頼をするだなんて」
「嫌われついでさ。それに俺はあいつを信頼してる」
へぇ? とミズキが首を傾げた。
「とことん調べるはずだ。魔法士がそんなことをするわけがないとね。それに混入させるなら研究塔の助けもいるはずだ。痛みはあっちだけじゃない」
つまりカークは魔法士、研究塔の『共犯』を疑っているのだ。思わずミズキは息を呑む。もしそうなら大変なことになるだろう。
「……もし、君の仮説が違ったら?」
「また調べ直すさ」
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「怒鳴り込んでくるだろうな、あいつのことだから」
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