【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら

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仮説

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 その言葉通り、数日後に顔を真っ赤にしたドニーが部屋に現れたかと思うと有無を言わさずカークの頬を殴った。名門のアルファにあるまじき行為だ。
 痛む頬をさすりながらドニーを冷静にみつめる。罵詈雑言もカークに響かない。やがてドニーの方が疲れ果ててしまい『クソ!』と壁を殴ると、どかっとベッドに腰掛けた。
「お前は何がしたいんだ? 研究塔の崩壊でも目論んでやがるのか」
「原因究明をしたいだけだ」
「名誉をとりもどしたいだけだろう? 自分のせいではなかったと!」
「俺は研究塔にいないことになっている人間だ。原因が分かっても、新薬を開発しても自分の名前は出さないよ」
 名誉挽回などどうでもいいのだ。奇跡のアルファと煽てられ、落ちぶれアルファと蔑まれ。人の評価など冬の天気のように変わりやすい。そんなものに一喜一憂する生き方などうんざりだ。
「ではお前は何のために」
「金だよ」
 報酬をもらい、シチャを救う。金と彼への想いこそ変わらない確かなもの。
「とことん、俺を嫌ってもらっても構わない。だが協力してくれないか」
 ドニーは絶句し、しばらくカークを見つめていた。重たい沈黙が流れる。カークは分かっていた。ミズキに頼まれたとはいえ、断らずに自分を探していた彼。上長に見つかれば降格処分だ。にもかかわらず探していたのはどこかでカークの能力を認めていたから。名門の出身だからというだけで、副責任者などなれない。彼の能力と国民第一主義の精神、それが評価されているのだ。
 ――金目当ての自分とは、大違いだ。
 すると突然ドニーが立ち上がりカークの瞳を睨みつけると、ひとつ大きなため息をついた。そしてカークの手元の手帳を奪い取った。
「……それで? 何を調べればいいんだ」
 唸るような低い声。その言葉にカークは口を緩めた。

 それからしばらくしたある日。ドニーがカークの指示通りに魔法で変化させた物質をもとの【リナッシタ】に加え調合すると、薬害のもとになった毒素と成分が一致した。
「すごい、完全に一緒じゃないか」
 ミズキとドニーは成分表を見ながら思わず声を荒げた。これで突然変異ではなく魔法で成分を変えられたものが混入して薬害となってしまったことはつきとめられた。しかし誰が、何のために――
 するとミズキは手にしていた名簿を机に置き、二人に見せた。薬害が発生したのちに研究塔を去ったものたちも含まれた研究塔のスタッフリストだ。
「この中の誰かが魔法士と組んでいたということか」
 ドニーはそのリストをしばらくめくっていたが、ある名で指がピタリと止まった。
「おい。こいつは辞めたのか」
 名前の横に赤い文字で日時が書かれている。薬害が発生した数日後だ。ミズキは頷いた。
「ああそうだ」
「こいつの兄貴が、魔法士にいるんだ」
 顎に触りながらドニーの顔が険しくなっていく。ミズキとカークはそんな彼の様子を不思議そうに見ていた。
「なにかあるのか」
「仕事はできるやつなんだが、ある活動家の一員でな。思想が危険でマークされてた時期があったんだ」
「危険?」
「【フライス党】の幹部なんだ」
 【フライス党】はアルファ至上主義の活動をしている。純正アルファと純正オメガ以外は認めない――つまり後天性アルファ、後天性オメガは排除するという考えのもと、活動しているのだ。そんな党の幹部の兄が魔法士で、弟が研究塔にいた。そして【リナッシタ】を完成させ、世間から認められる後天性アルファのカークがいた。
 ――それは十分過ぎる動機ではないか。
 カークは胸の中に何か冷たいものを感じ、手がわずかに震えた。ミズキは言葉を出すこともなくその場に立ち尽くしている。二人の肩をドニーが掴んだ。その目は燃えるように赤くなっている。
「仮説であることを、願いたいが。……少し時間をくれ」
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