【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら

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月夜の研究塔

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 酷使した目を押さえて時間を見ると、すでに日を超えていた。今日はここまでにするかと作業台の器具を片付けて出窓に近づいた時、窓の外から青白い光が部屋に入り込んでいることに気がついた。外を覗くと驚くほど満月が大きく輝いている。その月光がまるで朝を思わせるほどあたりを照らしていたのだ。その美しさに息が止まる。
 ――年に数回、月が大きくて明るい時があるんだよ。
 ふいにいつの日か聞いたシチャの言葉を思い出した。何故かは知らないけれどそんな日があるんだと笑顔を見せていた。彼の笑顔を思い出すと胸が痛む。一番最後に見たあの夜の顔が重なるからだ。
 彼と踊ったあの廃屋での夜。あの日も今夜のような明るい月だった。年に数回の日だったのかもしれない。
 シチャはまだあの店で踊っているのだろうか。月夜にはあの廃屋にいるだろうか。そして――自分を思い出してくれているだろうか。
 今は感情的になっている場合ではない。一刻も早く解決させて新薬を作らなければ。しかし、月が明るい夜は彼を思っても許されるだろう。カークはしばらく月を眺めたあと、そっと窓辺を離れた。

 薬害の原因が判明し、カークは同時進行していた新薬の開発に本格的に取り掛かっていた。異物混入さえなければ【リナッシタ】がいまの病に効果あるのかと言われたら答えは残念ながら首を振らざるを得ない。十年前より菌は強力に変異している。その変異に打ち勝つ薬――それには【リナッシタ】を基盤にした改良が必要だ。
 作業はミズキと一緒に行っているが、彼の仕事ぶりは以前より格段に良くなっていた。あれから十年も経っているし、元々彼は優秀だ。この手際なら研究塔の上部にも行けるだろう。
 そんな彼の様子も刺激となり、十年ぶりの『仕事』にカークは熱中した。没頭する彼にミズキが無理矢理食事を取らせる始末。昔から君は没頭すると周りが見えなくなるよねとミズキが笑いながら言っていた。
 そして寝る前には【フライス党】についても調べていた。党の名前が知れ渡ったのは後天性アルファが被害者となった国内の活動だ。偽物のアルファとオメガはいらない――と熱狂的な信者が数カ所で殺傷事件を起こした。逮捕者も出たというのに、いまだに党が解散しないのは彼らがアルファだからだ。田舎からここにきてすぐ研究塔にはいったカークはそんな事件を知らなかったのだ。
 本に描かれた【フライス党】のシンボルマークは金の瞳を持つ大蛇。ふいにその絵に見覚えがあった気がしてしばらく考え――思い出したのだ。ルモンドの首にあった蛇のタトゥー。あれも金の瞳ではなかったか。
 ――いやしかし、彼が【フライス党】のはずはない。シチャという後天性オメガを迎え入れ、働かせているのだから。
 そんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえ、ミズキと一緒にドニーが入ってきた。
「よお。新薬はかなり進んでるらしいな」
「ああ。九割といったところかな。あとは治験を行い安全性が確認できれば完成だ。それでも数ヶ月はかかる」
 そうか、と言いながらすっかりドニーの特等席となったベッドに腰掛ける。その神妙な顔を見るなり、彼がなぜここに来たかを悟った。
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