【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら

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想い

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 別室に連れて行かれ、カークは椅子に座るよう指示された。店の音楽は遠くにしか聞こえない。おそらく防音の部屋なのだろう。壁には絵画が掛けてあり、装飾が施されている。特別な客用の部屋なのかもしれない。真っ赤な革のソファに深々と腰掛け、しばらく一人で待つ。
 シチャを救いたい一心で突き進んだ三年間。ナルが提示した金額を超える報酬をもらった今、ミウケの条件は揃っている。
 ただ一つ、不安なのはシチャがミウケに同意するか否かだ。今まで通り【レイヴン】に入れば衣食住は困らないし、何よりダンスができるのだ。ただ――ヒートの地獄は続く。おそらくこの先ずっと。それを救いたいとミウケをしたところで――【レイヴン】から離れたとて、彼は住むところも食うところもないのだ。金の工面は数年くらいの支援ならできないことはない。しかしシチャはこの先一人で暮らせるのか。
 ミズキとドニーには彼をあくまでも解放してやりたいだけ、自分は一人で生きていくだなんて豪語しておきながら心の奥底では彼を救い、一緒にいてあげたいと願っている。痩せてしまった彼を見てさらにその想いが強くなってしまった。しかし彼は望まないだろう。後天性アルファと一緒に住むことを。
 もしかしたらミウケ自体、彼のプライドをさらに傷つける可能性があるのだ。
 だが、それでも突き進むしかなかった。

 拳を強く握っているとドアが開きナルが入ってきた。そして彼の後にいたのは……
「――シチャ」
 床に視線を落としたままのシチャはカークに名を呼ばれても、視線を上げない。そして消え入りそうな声で発した。
「もう、忘れたかと思ってた」
 三年ぶりのシチャの声はナイフのように鋭くカークの胸を切り裂いた。忘れてなどいない、お前のことばかり考えていた――そう叫びたいのに。いまそれを言ったとて、薄っぺらい言葉にしか聞こえないだろう。
 ナルはシチャと一緒に椅子に座り、何故ここにカークがいて自分を呼んだのかを説明する。
「いいか、シチャ。奴がお前をミウケしたいと言ってる。ミウケのルールは知ってるな?」
 シチャの体が震え、顔を上げると視線が床からナルにむかう。
「……僕を、ミウケ?」
 そうだとナルが答えると、ようやくシチャの視線がカークに向く。近くでみると頬が少しこけていた。
「お金……」
「それは心配ないぜ。見てみろよ」
 ナルはカークのカバンを勝手に開けて、シチャに見せた。その中身を見て彼は顔が青ざめ、息を呑んだ。
「これ」
 シチャが何かを言おうとした時、ドアがノックされナルが様子を見に行く。その間もシチャは金を凝視していた。さらりと赤髪が流れうなじが現になる。そこに噛み跡がないことを確認するとカークは安堵した。番はできないとはいえ、つい見てしまうのはアルファの性なのだろう。
 しばらくしてナルが頭をかきながら戻ってくる。
「カウンターの奴が具合悪くてよ、次の奴が来るまでここで待ってくれ。数時間くらい待てるだろ」
「……ああ」
「ミウケについてよく話し合うんだな。トラブルはもうご免だからな」
 そういうと、ナルは部屋を後にし残った二人。重たい沈黙が流れる。シチャは相変わらずカークと視線を合わせない。仕方がないか、と小さなため息をついた時、シチャのほうが口を開いた。
「お金、どうしたの? まさか何か、良くないことを――」
 彼からしてみるとカークがこんな大金を持っているとは信じられないのだろう。犯罪に手を染めたのではないか、と考えたようだ。その考えがシチャらしくて、カークは思わず吹き出す。
「真剣に心配してるのに!」
 シチャは憤慨しカークに抗議する。その様子は昔と変わらない。ようやく彼と視線が合い、カークは優しく微笑む。
「ごめん、あまりに可愛いこというから」
「……」
 さっきまでの張り詰めていた糸がほんの少し緩む。
 重い空気が換気されたかのように、するりとカークはシチャに話しかけることができた。
「この金は、自分で稼いだものだ。――君が薬に向き合えって背中を押してくれただろう?」
 その言葉を聞き、シチャはハッと気が付く。数週間前に客から聞いた話を。【リナッシタ】薬害事件は落ちぶれアルファの仕業ではなく、異物混入されていたこと、そして新薬が発表されたと。
「――もしかして、新薬の開発を?」
「俺だけじゃないけど……」
 シチャの心の奥で何かが弾けた。ああ、やはりアルファなんだ。挫折を味わってもなお、這い上がる能力。――くやしい。
 めまいのような感覚でシチャは思わず前屈みになり頭を抱えてしまう。その様子を見てカークが大丈夫かとシチャの体に触れようとした時――
「触らないで」
 大きな声をシチャは発した。それは三年前のあの夜に聞いたような声。思わず眉をひそめ、カークは手を止めた。
「シチャ……」
 バンとテーブルを叩き、カークを睨みつける。その瞳が潤んでいて今にも涙が落ちそうだ。
「同じ街にいたはずなのに、陽の当たるところに行く。俺は相変わらずここにいて、伸びた髪さえ切らずに――」
 とうとう、シチャの目から涙が落ちる。するとカークは彼に近づいてテーブルを叩いた手を取り優しく撫でた。
「変わりたいんだろう? だからミウケを受けて欲しいんだ。この環境からまず離れよう」
「でも」
「このままあの地獄を繰り返すつもりか? いつまで続くかわからないのに」
「僕は妊娠もしないし、番もできない。どうやって数ヶ月に一度のヒートを回避しろと?」
「……自分を愛してくれる人を見つけるんだ。君を大事にしてくれる人を」
 一瞬の間をおいて、シチャは全身から力が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。カークは慌ててシチャの体を支える。ふわりと香る柑橘の香水。
「大丈――」
 声をかけようとした、その時。消え入りそうな声でシチャが絞り出すように呟く。そして縋るような瞳でカークを見つめると、体を支えているその腕を強く握った。
「愛してくれる人を見つけろって……それを、あなたがいうの?」
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