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触れる唇
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彼が【レイヴン】に来なくなってもうどれくらい経っただろうか。心配になるほど、店に通ってくれた優しい目をしたアルファ。いつもカウンター席からダンスを見てくれていた彼はもういない。
――あの夜。自分の感情に任せて彼を罵倒してしまった。そのあとは、よく覚えていない。バッドトリップに入るといつも記憶が曖昧だ。かすかに覚えているのは、カークとルモンドが言葉を交わし、そのあとルモンドに連れて行かれていつものように彼に抱かれ眠った。
目を覚まし昨夜の出来事を思い出したとき、血の気が引いた。『途中からアルファになった奴にはわからないだろう?』そんなことを言ったような気がする。他にも八つ当たりとしか思えないような言葉を彼に投げつけた。ヒート中で自分の感情を抑えられなかったとはいえ、なんてことを。
自分が情けなくて暗闇のベッドの上でどれだけ泣いただろうか。一刻も早く、謝りたかった。
――大好きな人を深く傷つけてしまった。優しく包み込んでくれた、唯一のアルファ。
しかし、彼は翌日から姿を見せることはなかった。ナルに聞いても彼は来ていないというばかり。それでも当初はまだ望みはあると待ち望んでいた。だけど、季節が移り変わるたびに――僕はもう彼を待つことをやめた。
そうなると不思議なもので、あれほど好きだったダンスがどうでも良くなってしまった。ただここで生きるためには踊らなければならないから――客の好みに合わせた、腰をくねらせ誘うような官能的なダンスに変えた。月夜にあの廃墟に行くこともなくなり、僕は――なんの楽しみもなく生きている。もう誰にも、何も望まない――
気がつけば三年経っていて、伸ばしていた髪がまとわりつく。切ってしまったら、彼と永遠に逢えないような気がして。諦めたはずの彼は心の奥底で確かに存在しているのだ。
そんな日々を送っていた、寒い冬の足音が聞こえそうになった今夜。彼の姿が――あのカウンター席にあった。
***
「シチャ」
「分かってる……僕は……どうしようもない人間なんだ。あなたが羨ましくてたまらない。あなたを見てると、自分の小ささに胸が押しつぶされそうになる。アルファだったから――とかじゃない。持って生まれた性格なんだ」
自分を助けようと来てくれた彼に今夜もまた卑屈な言葉を浴びせてしまった。あの夜のことをあれほど、後悔していたはずなのに。今こうしてまた同じ過ちを繰り返してしまう。見限られても仕方ない。それなのに、矛盾した胸の痛みがシチャを苦しめる。
「……ごめんなさい。あの夜のことをずっと、謝りたかった。今更遅いけど」
強くしがみついていた腕から手を離し、彼は涙を流しながら寂しそうに微笑み、呟いた。
「こんな奴を助けなくていいよ、このお金は自分のために使って」
カークは彼が自分の中で葛藤していることを知る。葛藤しながらも彼は――それでもカークのことを思い離れようとしている。こんな彼を置いて離れるなんて――そんなこと、できるわけない。
カークは離れようとしたシチャの手を強引に引っ張り、彼の体を強く抱きしめた。
「君を愛してくれる人を、探さなくていい。俺が……君を愛するから」
シチャが望むなら――いや、一番望んでいるのは自分だ。もう正直に、貪欲に生きていこう。
「誰にも渡さない。君は……俺が幸せにする」
カークの言葉に、シチャは声をあげて泣く。まるで子供のように。
「本当に? そばにいてくれるの? 僕を、愛してくれるの」
腕の中の愛しい人の涙を指でぬぐい、その潤んだ赤い瞳を見つめると、彼もまた、カークを見つめている。
「ああ、神に誓うよ」
「……どうしてそんなにあなたは優しいの。こんなどうしようもない僕なのに」
「君を愛しているからさ」
そう言うとカークは自分の唇をシチャの唇に重ねた。柔らかな感触とカサついた唇。それはあの月夜以来のキスだった。そっと唇を離すと、今度はシチャから唇に触れてきた。重ねて離して、また重ねて――何度もキスをする。長い時間を埋めるかのような甘いキスに、二人は酔いしれていた。
以前とは少し大人びた彼の顔に、カークは可愛らしいという感情以外の――触れたいという欲望にかられる。そっと耳たぶに唇をあてると彼の体がビクッと揺れた。そして見上げるその赤い瞳。もう一度唇を重ね、ゆっくりと舌を口内に滑らせるとシチャはカークの腕を掴む。
「ん……」
舌を絡め、想いを込めた深く甘い口づけにしばらく二人は酔いしれた。
――あの夜。自分の感情に任せて彼を罵倒してしまった。そのあとは、よく覚えていない。バッドトリップに入るといつも記憶が曖昧だ。かすかに覚えているのは、カークとルモンドが言葉を交わし、そのあとルモンドに連れて行かれていつものように彼に抱かれ眠った。
目を覚まし昨夜の出来事を思い出したとき、血の気が引いた。『途中からアルファになった奴にはわからないだろう?』そんなことを言ったような気がする。他にも八つ当たりとしか思えないような言葉を彼に投げつけた。ヒート中で自分の感情を抑えられなかったとはいえ、なんてことを。
自分が情けなくて暗闇のベッドの上でどれだけ泣いただろうか。一刻も早く、謝りたかった。
――大好きな人を深く傷つけてしまった。優しく包み込んでくれた、唯一のアルファ。
しかし、彼は翌日から姿を見せることはなかった。ナルに聞いても彼は来ていないというばかり。それでも当初はまだ望みはあると待ち望んでいた。だけど、季節が移り変わるたびに――僕はもう彼を待つことをやめた。
そうなると不思議なもので、あれほど好きだったダンスがどうでも良くなってしまった。ただここで生きるためには踊らなければならないから――客の好みに合わせた、腰をくねらせ誘うような官能的なダンスに変えた。月夜にあの廃墟に行くこともなくなり、僕は――なんの楽しみもなく生きている。もう誰にも、何も望まない――
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***
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「……ごめんなさい。あの夜のことをずっと、謝りたかった。今更遅いけど」
強くしがみついていた腕から手を離し、彼は涙を流しながら寂しそうに微笑み、呟いた。
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カークは離れようとしたシチャの手を強引に引っ張り、彼の体を強く抱きしめた。
「君を愛してくれる人を、探さなくていい。俺が……君を愛するから」
シチャが望むなら――いや、一番望んでいるのは自分だ。もう正直に、貪欲に生きていこう。
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腕の中の愛しい人の涙を指でぬぐい、その潤んだ赤い瞳を見つめると、彼もまた、カークを見つめている。
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そう言うとカークは自分の唇をシチャの唇に重ねた。柔らかな感触とカサついた唇。それはあの月夜以来のキスだった。そっと唇を離すと、今度はシチャから唇に触れてきた。重ねて離して、また重ねて――何度もキスをする。長い時間を埋めるかのような甘いキスに、二人は酔いしれていた。
以前とは少し大人びた彼の顔に、カークは可愛らしいという感情以外の――触れたいという欲望にかられる。そっと耳たぶに唇をあてると彼の体がビクッと揺れた。そして見上げるその赤い瞳。もう一度唇を重ね、ゆっくりと舌を口内に滑らせるとシチャはカークの腕を掴む。
「ん……」
舌を絡め、想いを込めた深く甘い口づけにしばらく二人は酔いしれた。
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