【完結】落ちぶれ後天性アルファと踊り子オメガの小夜曲

柏木あきら

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カーク対ルモンド

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 しばらくしてナルが部屋に戻ってきた。そして戻ってくるなり、二人の様子を見て頭を抱えることになる。
「……確かに話し合えとは言ったけどよ、こんな短時間にそうなっちゃうかねぇ」
 部屋に出る前の、緊張感すらあった重い空気は甘いものになっていてソファの横で二人は手を握っている。二人の表情もすっかり柔らかくなっていた。
「――まあ予想通りだったけどな。でもこれからが本番だ。シチャ、おまえは部屋から出ろ」
「でも」
「知ってるだろ。ミウケの交渉は踊り子は入れないと」
 ナルが狐目を見開き金色の瞳をシチャに向けた。さすがのシチャも従うしか術がなく、心配そうな視線を向けるがカークは彼の頭を撫でると大丈夫だからと告げた。
 シチャは立ち上がりそのまま、部屋を出る。するとナルはカークの正面に座りまずは値段の話からということになった。その額は以前教えてもらった額よりも高い。しかしそうなることを見越していたカークはその額ですら支払う用意ができていた。それを聞き、ナルは思わず口笛を吹く。
「研究塔の職員ってのは儲かるんだな」
「いつもこんなにもらえるわけがないだろ。あとは何が必要なんだ」
「あとは本人の同意だけ。これもクリアだな。でもカーク悪いな、相手がシチャならもう一つ難関があるぜ」
 その可能性もカークは予想していた。シチャは特別な後天性オメガでルモンドのお気に入り。つまり――驚かないカークに、ナルはニヤリと笑う。
「もう分かっているようだな。それなら話が早い。いまから奴が来るさ。呼んでやったから」
 するとドアが開く音がしてカークが振り返ると、そこにはルモンドがいた。口元はうっすら笑みを浮かべて。
「やあ、落ちぶれアルファくん。汚名は晴らしたらしいね」
 ナルが立ち上がり、その席にルモンドが腰を下ろす。首元の蛇のタトゥーはやはり【フライス党】のシンボルと一致していた。ルモンドの言葉に返事をすることなく、カークは本題に入る。
「シチャをミウケしたい」
 まっすぐにルモンドを見据え、曇りなき宣言にルモンドの眉が動く。一瞬冷たい視線を送るがすぐに余裕ある微笑みを浮かべた。
「ナルから聞いたよ。も申し分ないってね」
「あの子は商品じゃない、人間だ」
「どうだか。お前も買おうとしているじゃないか」
「俺はこの店からシチャを救うためだ」
 その言葉を聞くとルモンドは声を出して笑う。下品な笑い声にカークは眉をひそめる。
「何が救う、だ! シチャは幸せになるとでも? あいつはここで暮らすほうがよほど幸せだろ。ダンスもできて衣食住困らない。ヒートのときは、たくさんの客に満たされるしな」
 わざと煽っているのだろう。カークは拳を強く握り罵倒したい気持ちをどうにか抑える。その後もルモンドはシチャとカークを侮辱する。煽らせるだけ煽らせて――あとは、反逆に出るのだ。
 やがてルモンドが一息入れると、カークが口を開いた。
「言いたいことはそれだけか」
「……は?」
「お前が祝ってくれたとおり、薬害は事件だった。国民にはそうとしか発表されていないが……明日【フライス党】に国から強制調査が入る。――意味はわかるな?」
 ルモンドの顔が曇る。薬害事件に関与していることは彼は知らなかっただろうが話の流れで党が何かに関わったことに気づいたのだろう。そして無意識に――手で首を触っている。
「それがどうした」
「その手の下にある蛇のタトゥーは【フライス党】のマークだろう。純正のアルファとオメガの至上主義。後天性は排除するんだったな?」
「……よく知ってるじゃないか。だが、強制調査が入っても俺は何も関係ないぜ。脅しても――」
「ああ。関係ないだろうな。ただ、お前が後天性オメガを雇っている――いや、養護施設から引き取り、育て、商品にしているなど【フライス党】が知ったらどうなるだろうな? 排除すべき人種で金儲けしてるなど」
 思わずルモンドは立ち上がる。その顔は明らかに狼狽し言葉を詰まらせた。隣のナルも驚いている。
「――取引しようじゃないか。ルモンド。お前がシチャを手放してくれるなら何も見なかったことにしてやる。手放さないなら――そして今後も後天性オメガを商品にするなら俺はこのまま【フライス党】本部へ出向く」
 カークの提案に部屋の中が凍りつく。体を硬直させたルモンドがようやく声を発したが、その声は枯れていた。
「……汚い真似を」
「何とでも言うがいいさ。ああちなみに――」
 カークは立ち上がるとルモンドに顔を近づけ、煽るように耳元で囁く。
「いまこの部屋は魔法塔の幹部が見ている。なあに、古い友人だ。お前がおかしなことをしない限りは『閲覧』だけですむんだがな」
 青ざめるルモンド。魔法塔に睨まれていることを知ると逃げきれないと感じたのか肩を落とす。
「……わかったよ、お前の勝ちだ。カーク。条件を飲もう。シチャを連れていけ」
「それだけじゃないだろ」
「後天性オメガの商売はもうしねえよ。そもそも今まで三人だけなんだ。……まぁ目星つけてる子はいたがな」
 それを聞き、カークはゾッとした。もう少し遅ければシチャのように商品にされボロボロになる子がいたのだ。
「――ゲス野郎が」
「……アルファなんざそんなものさ。まあ大人しくしとくさ。まさかお前がここまでやるとはな。後天性アルファも捨てたもんじゃないな」
 ルモンドは立ち上がるとナルの肩に手を置き小さく叩いた。
「俺の完敗だ。あとは頼んだぞ」
 そう言って部屋を後にした。その後ろ姿を見送り、カークは一つ大きく息を吐くとナルが近寄ってきた。
「大したもんだな、ルモンドに勝つなんて。……魔法塔の奴はまだ見てるのか」
「初めから見てない。俺の友人は暇じゃないんでね。でも何かあったら、と名前は教えている」
「……一枚上手だな。交渉は終わりだ」
「ナル。お前はどうする」
「ルモンドがオーナーである限りは続ける。あいつとは腐れ縁なんでね。実は『三人の後天性オメガ』の始まりは俺なんだ」
 カークは目を見開く。ナルがオメガだと全く気が付かなかったからだ。
「俺はあいつの異母兄弟で、ベータだった。あいつは一人っ子だったから仲がよかったんだ。だけどある日後天性アルファだと診断された。――ルモンドの家族は【フライス党】に入っていた。だから俺は本来処分されるはずだったんだが――彼はこの店に俺を任した。分かるか?
 カークは思わず息を呑む。あのルモンドが? と思わずにはいられなかった。ナルは視線を合わせることなく微笑む。
「こんな店だが俺にとっては――唯一の居場所だからな」
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