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さようなら、【ダスク】
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カークが部屋を出た後、ナルはソファに腰掛けた。誰にもルモンドとのことは言うつもりはなかったのに、話してしまったのは自分の気持ちを整理するためだったのかもしれない。
――ナルを匿った当初のルモンドはまだ若く、ナルのヒートに抗えなかった。初めこそ戸惑っていたルモンドはいつの間にか欲望に抗えなくなりナルもまた受け入れていた。
そしてルモンドはそれを商売にすることを思いつく。妊娠しないオメガを使うということを。恩のあるナルには何も言えなかった。せめて――と、二人目のオメガをミウケに出しカークをシチャと会わせた。
後天性オメガを助けてやりたい、と言う思いからなのかルモンドを独り占めにしたいという思いなのかと問われれば両方だ。 ――今後は彼が後天性オメガに手を出さないようにしなければ。ひとりナルは微笑みを浮かべた。
***
部屋を出てきたカークを見かけ、シチャは小走りに近づき、心配そうな顔を見せる。すると彼の頭に手を伸ばして赤い髪を撫でた。
「――交渉は成功した。これで君は自由だ」
それを聞くとシチャの瞳からポロポロと涙を落とし周りの客のことなどお構いなしに、カークに抱きつく。
――自由になったことが嬉しくて泣いたのではない。カークが無事に部屋から出てきたことに安堵して自然に涙が溢れた。
踊り子のシチャが客に抱きついている姿に、あたりはざわめいていた。
「ミウケか……あいつ終わりだな」
「シチャも落ちたもんだ」
客たちの言葉や笑い。それでもふたりの耳にははいらない。どんなに見られようが、関係ない――やがて店内が紫の照明で照らされた。
「おっ、次の子のお出ました!」
舞台には新しい踊り子が登場し、客たちの視線は二人から離れていく。
カークとシチャは手を握ると二人は客を押しのけて扉へと向かう。大音量の音楽とタバコの煙があたりを包む。むせ返りそうな匂い。シチャは足を止めて振り返り店内を見渡した。この狭い店が――自分の世界のすべてだった。でも今夜からはもう違う。シチャの様子を見て、カークは手を強く握ると彼は踵を返す。
「行こう」
愛しい人の声に、シチャは笑顔で頷いた。
冷たい風が吹く中で二人は身を寄せ合い街を歩く。カークは研究塔の部屋に住み込みだったため定住の地はない。シチャも店が準備していた部屋に住んでいた。荷物が少ないため後日取りに行くことにし、今夜はカークと一緒に宿泊施設に泊まることにした。
【ダスク】にはいい宿がないため、少し離れているが首都の街へと向かい宿を決めた。
初めて見る大きなベッドに清潔で真っ白なシーツに、シチャは興奮しシャワーを終えたあと体を横たえてカークを呼ぶ。
「とても気持ちいいね、こんなところで眠るなんて贅沢」
まるで子供のようだと苦笑いする。先ほどまでの緊迫した時間がまるで遠い過去のよう。
ベッドに入り、灯りを消すとシチャはすぐカークの腕にすり寄ってきた。ふんわりと石鹸の香りがする。
「カーク、本当にありがとう。僕をミウケしてくれて」
「俺の方こそ待たせてすまなかった」
――ナルを匿った当初のルモンドはまだ若く、ナルのヒートに抗えなかった。初めこそ戸惑っていたルモンドはいつの間にか欲望に抗えなくなりナルもまた受け入れていた。
そしてルモンドはそれを商売にすることを思いつく。妊娠しないオメガを使うということを。恩のあるナルには何も言えなかった。せめて――と、二人目のオメガをミウケに出しカークをシチャと会わせた。
後天性オメガを助けてやりたい、と言う思いからなのかルモンドを独り占めにしたいという思いなのかと問われれば両方だ。 ――今後は彼が後天性オメガに手を出さないようにしなければ。ひとりナルは微笑みを浮かべた。
***
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「――交渉は成功した。これで君は自由だ」
それを聞くとシチャの瞳からポロポロと涙を落とし周りの客のことなどお構いなしに、カークに抱きつく。
――自由になったことが嬉しくて泣いたのではない。カークが無事に部屋から出てきたことに安堵して自然に涙が溢れた。
踊り子のシチャが客に抱きついている姿に、あたりはざわめいていた。
「ミウケか……あいつ終わりだな」
「シチャも落ちたもんだ」
客たちの言葉や笑い。それでもふたりの耳にははいらない。どんなに見られようが、関係ない――やがて店内が紫の照明で照らされた。
「おっ、次の子のお出ました!」
舞台には新しい踊り子が登場し、客たちの視線は二人から離れていく。
カークとシチャは手を握ると二人は客を押しのけて扉へと向かう。大音量の音楽とタバコの煙があたりを包む。むせ返りそうな匂い。シチャは足を止めて振り返り店内を見渡した。この狭い店が――自分の世界のすべてだった。でも今夜からはもう違う。シチャの様子を見て、カークは手を強く握ると彼は踵を返す。
「行こう」
愛しい人の声に、シチャは笑顔で頷いた。
冷たい風が吹く中で二人は身を寄せ合い街を歩く。カークは研究塔の部屋に住み込みだったため定住の地はない。シチャも店が準備していた部屋に住んでいた。荷物が少ないため後日取りに行くことにし、今夜はカークと一緒に宿泊施設に泊まることにした。
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初めて見る大きなベッドに清潔で真っ白なシーツに、シチャは興奮しシャワーを終えたあと体を横たえてカークを呼ぶ。
「とても気持ちいいね、こんなところで眠るなんて贅沢」
まるで子供のようだと苦笑いする。先ほどまでの緊迫した時間がまるで遠い過去のよう。
ベッドに入り、灯りを消すとシチャはすぐカークの腕にすり寄ってきた。ふんわりと石鹸の香りがする。
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「俺の方こそ待たせてすまなかった」
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