ゲイバーを出て目覚めたら異世界でした

柏木あきら

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 ふう、とため息をついたとき遠くから雷鳴が響く。嵐になるのだろうか。ふと前の嵐の日のことを思い出す。そう言えばあの時、アピチェは震えていた。これから先、自分がいなくなったらアピチェはひとり、部屋の隅で震えながら嵐を過ぎ去るのをじっと待つようになってしまう。そして一人でご飯を食べて、寝て。
 以前、アピチェに一人で住んでいて寂しくないのかと聞いたことがあった。
『いままでは平気だったよ。そういうものだと思ってたし。みんな親と離れたら一人だ。でも今は潤がいるから楽しい』
 二人で暮らす幸せを与えてしまった以上、一人になることは以前以上に辛くなるのではないかと潤は気がついて拳を握る。
 (他人と一緒にいる心地よさを教えておきながら突き放すとか……俺は最低だな)

 ふと気がつくとどんどん雷鳴は近くなってきた。窓から閃光が見え、アピチェが心配になり部屋にいこうとしたとき、扉が開いた。その先には毛布を持っているアピチェがいる。怯えたような顔で、潤を見た。
「潤……」
 きっと一人で部屋にいるのが耐えられなくなったのだろう。おそらく今までなら一人で耐えていただろうに、前回、潤がそばにいてあげたから、もうアピチェは一人で耐えられたくなっている。怒っていてもこうして頼ってしまうほど、アピチェは潤を頼っているのだ。
 そんな彼が愛しくてたまらない。潤はアピチェに近づき、思い切りその体を抱きしめた。
「ごめん、アピチェ。俺、この前ひどいこと言った」
 その言葉に、アピチェは少し驚きながらも、腕を潤の体に回す。そしてゆっくりと力を入れて潤の体に抱きついてきた。
「僕、好きなのは潤だからね。そりゃイラーレにそっくりなところは、認めるけど……。潤とイラーレじゃ、性格が全然違うもの。イラーレはなんでも出来るから、潤とは大違いだよ」
「褒めてるのか、けなしてるのか、どっちなんだよ」
 潤がポツリと呟くとふふっとアピチェは笑う。少し涙を浮かべていたその目尻を、潤は指で拭ってやった。
「ホントにごめんな」
 そう潤が言った途端、窓の外が光って、ひゃあ、とアピチェが悲鳴をあげた。
「アピチェ、今日は一緒に寝ようか」
 少し体を離して、アピチェの顔を見る潤。オッドアイの瞳。綺麗なその瞳が愛しくて潤の手が顔に触れる。そしてそのまま、潤はアピチェに口付けた。

 一緒にベッドに入った潤は自分のことをアピチェに全て打ち明けた。異世界で働いていた自分がこっちに来たこと。テンセイという妖精の仕業で、さらに元の世界に連れて帰ろうとしてること。アピチェは当初ピンと来ていなかったが、帰ると聞き慌てて声を荒げた。
『やだ!潤がここからいなくなるなんて、絶対嫌だ』
 力強く腕にしがみつくアピチェ。苦笑いしながら潤はアピチェの頭を撫でる。
『もう、戻らないよ。向こうにも未練はないし……まあ職場の奴らには悪いけど』
 そういうと、アピチェは心配そうな顔をしながらも潤に頬擦りしてきた。

 ***

「へ?帰らない?」
 翌晩、テンセイが潤の前に現れたとき、潤は開口一番に『元の世界には戻らない』と断言した。それを聞き、テンセイは驚いて潤の顔をじっと見ていた。
「あー、たまにいるんだよね。僕が飛ばした先の世界に残りたいっていうサラリーマン」
 腕組みをしながらテンセイはふう、とため息をついた。その姿に、もしかしたら戻らないという選択は出来ないのかと潤は心配になり、テンセイを見ながら潤は恐る恐る尋ねた。
「こっちで生きていくという選択は出来ないのか?」
「出来るよ。まあ僕は怒られるけどね、一人の人生変えちゃったから……」
 まあ仕方ないや、とテンセイは笑う。向こうの世界に戻っても、潤は寂しく一生を終えるようなビジョンしかテンセイには見えない。
 それなら、いまここでアピチェと一緒に暮らす方が幸せな人生だ。
 テンセイにとってはちょっとした悪戯だったかもしれないが、潤にとってはこれは運命だったのだ。
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